765 冷徹な追い込みマシーン
「たもっちゃんさあ……」
「だってぇ……だってぇ……知りたいでしょ……? 旬の食材とか……いいお肉とか入ったら……。食材はさ……新鮮な内に引き取りに行きたいでしょ……?」
トルニ皇国はこの大陸から遠く離れた海に浮かぶ島なので、食文化や素材についても全くの異文化。
それはもう、そこにしかない摩訶不思議ななにかがいつ手に入るか解らないのだ。
「だからぁ、だからぁ、あの、あれ。いい素材入ったら連絡欲しくてぇ……それに、あの、ラーメンとか食べに行く時にも事前に電話予約って言うかぁ……向こうの都合もあるからぁ……通信魔道具で連絡取れる様にしててぇ……」
「それはまあ……確かに……」
確かに……。
食材の仕入れ状況とか、お店の都合もありますし……。
最初は私もなんとなくの感じでメガネを責めていたのだが、そう言われたら、まあ、それは確かに……。
あと私はメガネの普段の挙動不審さを過信して、なんかあったらとりあえずメガネを責めがちのようにも思う。
よく聞くとメガネもそんなには悪くないパターンもだいぶまれにあるので、そこはちょっと反省したほうがいいような、でも普段の挙動不審さがなにも信用ならぬと強く叫んでいるような気もする。もうなにも解らない。
とにかく、今回の場合はこのローバストに移住した皇国のラーメン屋夫婦と、その息子がトルニ皇国の帝都に構えるラーメン屋とをつなぐ形で一対の通信魔道具を配備。いつでも連絡が取れる状態になっていたらしい。
いい食材が入ったり、なにかあって皇国に用がある時にはラーメン屋の夫婦からまたさらに事務長へ依頼して、以前事務長がそれはうちにもないとダメだろと強めの感じで持って行った通信魔道具でメガネに連絡を取ってもらう方式だそうだ。
まあ、解る。遠隔地との連絡、取りたいよね。あっちとこっちのラーメン屋にしたら、親子で離れて暮らしてる訳ですし。解る。解るが、たもっちゃんさあ……。
「それ私、聞いてたっけ……?」
「俺も誰に何を言って何を言ってないのか正直全然解んない」
「ああ……」
わかる……。
イラスト投稿サイトでブックマークしてた作品が気付くと非公開か削除になってしまってて、好きでブックマークしたはずなのにそうなるとそこになにがあったのかなにも思い出せないあの感じだろ……わかるよ……。
なにも覚えてないのに寂しいよね。わかる。今の話は多分これではないような気もする。
もうなにも解らないと言うことだけに強い確信を持つ我々は、私の解りにくい例えも手伝ってだいぶぐだぐだと話を終えた。
いや、なにも解決していないので厳密には全然終わってないのだが、ローバストの発展と税収倍増に並々ならぬ執念を燃やす事務長が一見すると関係なさそうなこの話にもぐいぐいと食い込みとにかくなんにでもよく効く薬をどうにかしてトルニ皇国の皇帝に届ける感じで方針が決まった。
我々も一応の主張はした。
「ムリだよお。怪しいよお」
「そうだよぉ。皇国まで行けるとしてもだよ、まぁ行けるけど。さすがにお城の中まで忍び込んで皇帝に怪しい薬飲ませるのは無理があるよぉ」
最近はマシになってきたとは言っても、かの国はまあまあ国交が閉じている国だ。
外部の、それも前に行った時にはゴリゴリの地下牢に収容された宿屋の主人やまだなにもやってないのになぜか捕まってた隠密を連れて逃げた我々が、皇国で一番えらい人物に薬を届けるのはだいぶ難易度がバカ高すぎた。
怪しい。とても。
そんな怪しさしかない我々から提供される謎のお薬。
ムリすぎる。
しかし、事務長は引かなかった。
「為せば成る。あれだ。あの、ドアの。訳の解らないスキル。あれで行くと良い。頑張れ。いつも無駄に動き回って騒がせているのだから、これくらいは軽いはず」
行ける行けると事務長は、いつになくメガネのそばへとぐいぐいよって肩をバシバシ叩いてはげます。
「事務長の様子がおかしい」
怪しい。
我々の生活態度ほどではないのかも知れないが、これはこれで怪しさしかない。
ブルーメの、と言うかローバスト領の発展と税収にしか興味を持たない冷徹な追い込みマシーンであるはずの事務長が、なぜ遠い異国の皇帝に対してここまで健康状態を気に掛けるのか。
と、思ったら、割と普通の理由があった。
「皇国のラーメンの評判が広がり、ローバストでの売り上げも堅調で……しかし本格的なラーメンには皇国の食材が必要だと言う……輸入にはコストも時間も掛かるが、全く入ってこないとなると税収に影響が……」
「あっ、おかしくなかった。いつもの事務長だった。大丈夫だった」
「そっか……いつもが大丈夫じゃないから……」
税収だった。
皇国からの移住組がもはやローバストでぶいぶいなじんでいるために、事務長的にも皇国には穏健に、そして悪政からの改革を経た現在の感じでうまいことやっておいてもらいたいようだ。
そして、だから、話は改革後である現在のトルニ皇国を率い、また象徴するのキーパーソンがかの若き皇帝であると言うところへ話が帰結することになる。
「なるほどね……皇帝元気でみんなニッコリなんだな……。なるほどね……」
「確かに……。動機がなんとなく不純な感じするけど、誰も損はしないんだ……」
どこか釈然としない気持ちをかかえつつ、たもっちゃんと私はもやもやとした納得を覚える。
全然すっきりしないけど、解るのは解る。
まあ、我々もね。行きますよ。さすがに。
ラーメンは食べたい。
それに皇帝の病気もよくなって欲しい。
だからね、行くのは行きますけれども。
「難しいと思うよ……穏便にってのは。難しいよぉ……俺達だもん……。行くけど。何らかの騒ぎにはなると思うよぉ……」
たもっちゃんはそんな、これまでの我々について自覚のありすぎる発言をしつつ事務長と協議。
その結果なぜか、まず最初にしたのは皇国ではめずらしいはずの、この大陸の様式でしつらえた豪華なクローゼットの調達だった。
「ドア大きいやつ。ドアなるべく大きいやつ」
これから作るのでは時間が掛かりすぎるのでよく言えば由緒ありげなアンティーク――身も蓋もなく言うと中古の品を探す際には、そうした注文も忘れない。
それを聞いて私は思った。
大きめのドアが付いたクローゼットをまず皇国の、それも帝都の城の中へとどうにか運び、そんでそっからドアのスキルできちゃったとうまいこと忍び込む計画なんやなと。
どう考えても不法侵入ですね。
それもうっかり密入国で、皇帝が暮らすお城への。
しかもそのために大きめの豪華な家具をプレゼントと見せ掛けて搬入すると言う、トロイのなにかめいた計画性。よくない。
裁判になったら情状酌量の余地とかなくて、裁判長も苦笑いのやつだ。裁判長が笑ってくれるならまだいいまである。
ただし、実際それしかないように思われなくもない。
えらい人がいるお城、多分絶対警備厳しい。
わかる。どう考えても忍び込むの難しい。私は詳しいんだ。時代劇とかで御庭番がしゅばばば出てくるの見て育ったんだ。
世は太平。
マジでなんの事件もなくて忍びの者もお庭の落ち葉とか集めるだけの毎日で、たまに侵入者とか出たら不謹慎な勢いでそわそわ張り切っちゃったりしたんだろうな……。かわいそう……かわいい……。
それはともかく、そもそも、人様の住まいに忍び込まなきゃいけないのが色んな意味でよろしくはない。
よろしくはないが、やらねばならぬ。
なのであくまでも全て納得の上で手を尽くし、いいクローゼットを見付けてきたのは事務長だった。
事務長はいつでも全力なのだ。
回り回った税収とかに対して。
けれどもいかに事務長といえど、たもっちゃんの注文に合った、そして皇国の皇帝に贈られても不足ないちょうどいい品を見付けるのは少々苦労したようだ。
かなり急いでくれてはいたが、これには少し日数が掛かった。
そうして、雨期の合間の渡ノ月をすごしたり、公爵家の私塾に通うじゅげむの送り迎えをしたり、なぜ貴様は我がいとし子を肩に乗せて譲らぬのか? と急に気が付いてきたらしき金ちゃんに勝負を挑まれたスヴェンがどすこいと普通に負けて大体毎日吹っ飛ばされて、でも全然こりずにじゅげむを担いでいとこのお兄ちゃんムーブでぶいぶい言わせてまた金ちゃんにどすこいと吹っ飛ばされるのを見守りながらに時間を溶かすなどした。




