763 チート付き異世界
たもっちゃんのドアのスキルは便利だが、便利すぎてなんとなく誰にでもは知られないほうがいいような気がする。
と、いかにもふわふわした感じではあるがなんも深刻に考えず大体の雑さで生きる我々もさすがに、ドアのスキルと容量バカなアイテムボックスについては一応、ちょっと隠そうとする傾向だけはある。
そのため、テオのかつての仕事仲間で恋愛が絡むと感情的になりすぎてしまうが念入りに誤解を解いて慎重に話せば意外とちゃんとしてなくもないオットーや、その連れのアンドレアスとスヴェンにもとりあえず隠す方針でいた。
のだが、これはまあまあ早々にぐだぐだになって無に帰した。
だって付いてくるって言うから……。
まだ全然解散しないから……。
隠したままだと一番だるい移動の時間が長くなりすぎる……。
あれよね。
ちょっと特殊でめずらしいスキル、都合よく使われたり悪用されたりしたらやだから隠そうとはするけど、結局は便利さに負けてあんまり隠せないパターン。あるよね。特に我々には割とよく。
なんでそんな配慮してもらえるのかよく解らないまま、そこはかとなくだいぶお目こぼしいただいてる体感だけがすごくある。
チート付き異世界、皆様の善意に甘えてどうにかやらせてもらってますね。ありがとうございます。
そうした、我々の雑さ。
加え、あらぬ疑いを一方的に数年に渡って掛けてきた贖罪を兼ねてのことなのか、倫理観の高さから貧乏くじを引きがちなテオの安全は俺が守るみたいな様子を急に出してきたオットーたちの意志の強さ。
それらの要素が絶妙にめんどくさいケミストリーを発揮して、もう知らん。なるようになる。と、いつもの我々が頭をもたげて普通にドアからドアへ移動するメガネのスキルで軽率に足を向けたのは、ブルーメ国内のローバスト領。我々にはなじみの深い某クマの村である。
我々も一応、軽率だなとうっすら自覚してはいたのだが、この判断にいたるには少し急ぎだったのもいくらか影響していたと思う。
では、なぜ急ぐことになったのか。
これはめずらしく、どこか深刻さにじむローバストの事務長が早急に話がしたいと通信魔道具で連絡をよこしてきたからだ。
いや、あの事務長が深刻に苦々しげな様子でいるのは大体いつもだ。
だからめずらしいのは意外にも、我々がかもしだす傍若無人ぶりなどの諸般の事情でまあまあ強引に徴収された通信魔道具を、事務長がお説教を言うためでなく呼び出しに使ったことだった。
これまで、ほぼなかったような気がする。都合の悪い話を忘れてるだけの可能性もある。
事務長から連絡がきたら大体いつもキレ気味に、キミたちはなにやってるんだ。おとなしくできないのかおとなしく。などと、頭ごなしに小言を浴びせられすぎてきたために、細かいことはもうなにも解らない。
で、我々を呼んだ事務長はクマの村でメガネが以前、我が身ながらについぞ知らなかった渡ノ月のバグの余波でうっかり滅ぼし掛けたこの村で、実際にそのせいでぶっ壊れてしまった家の代わりにがんばって建て、今はクマのおばあちゃんやその孫に管理してもらっている大きめの家。
その台所に面したリビング的な空間で広いテーブルを囲んだ状態でこう言った。
「トルニ皇国の皇帝が病に倒れたらしい」
「ごめん全然なんの話か見えない……」
「なんか大変なのは解るけどなんの話なのか解らない……」
なにそれ。
いやなにそれって言うか、トルニ皇国は知っている。
以前、そうだラーメンの国に行こうと大体の感じで観光しに行ったところ、あれやこれやありまして最終的には無実のなにかで捕らえられていた宿屋の旦那や無実でもないのだがまだなんもしてないのになぜか捕まっていた隠密を連れ出すことになり、宿屋の身内やメガネが持ち込んだダンジョン産の調味料に食い付いたラーメン屋夫婦をメンバーに加えてダッシュで逃げ出してきた国なので。
なお、逃亡ダッシュはドアからドアへ移動するメガネのスキルを軽率に駆使すると言う意味だ。誰よりも我々が便利なスキルをあんまり人には言えない感じで運用している。
また、トルニ皇国の皇帝とも我々はうっかり面識があった。
その人物はまだ幼さの残るような子供で、皇国の城下町をお忍びで普通に歩いていたのだ。さながら暴れん坊の上様である。
我々が皇国を脱出するまでには色々と見逃し、みちびき、影ながら便宜を図ってくれていた気すらする。
その若き上様が病気と言うなら、確かにものすごく心配になる。なるのだが、しかし、その話題が事務長から出るのはなぜなのか。
この、我々が大体の感じで連れてきたトルニ皇国からの移住者をいくらか受け入れていると言うほかは特にかの国とは関わりがなく、ローバスト領の経営、それからいかに効率よく税を取り立てるかくらいしか興味のない事務長がどうして。
「事務長によその国の子供の病気を心配するとかそんな人の心があるとはとても……」
「誹謗中傷は本人のいない所だけにしておいてはどうか?」
「いや、事務長。そうじゃない。えぇ……こわ……」
本人がいないとこならいいってもんじゃないのよそれはとメガネが震えるように首を振ったが、よく考えたらこの流れでなんか言うなら事務長ではなく私に向けてであるべきだ。
多分だが、事務長のマインドつよつよすぎてメガネも混乱してしまったのだろう。
わかる。
事務長、人の心がなんとなく乏しい雰囲気あるから言葉は通じてるはずなのに話が解らないみたいなところある。これは我々の常識が非常識である可能性もあります。
ただしそれはそれとして、いわれがなくもない正直な所感を思うだけでなく口走った私が完全に悪い。人格否定。これはいけない。
例え人の心があんまりなくても事務長はそれでこそ事務長みたいなとこがある。人はどんなに冷酷であろうと、あるがままで充分に尊い存在なのだ。せやろか。
私や事務長の生まれ持つ悪い意味での人間らしさがぶつかり合ってこの場の空気は一気に混迷を極めたが、しかしこれはすっぱり綺麗になかったことにされた。
それどころじゃないとばかりに、同時にどこか追い詰められた様子で。
トルニ皇国から移り住み、このローバストに根を下ろす宿屋のおかみやその身内らが必死の感じで訴えたからだ。
「なんとかなりませんか」
事務長や我々が囲むのと同じテーブルで席に着き、身を乗り出すようにして言いつのるのは皇国からきた宿屋のおかみだ。
「かの方はまだお若いですけれど、難しいお立場で、立派にお役目をつとめておいででございます。このような、道半ばで……」
しっとりとした光沢を持つ薄絹を何枚も重ねた皇国の服は、唐渡の絵巻物から抜け出してきたかのようなご婦人である。
その宿屋のおかみはくやしげに、悲しげに、華やかにひらひらとした袖口でおおった顔を伏せて嘆いた。
「えっ、そんな悪いの?」
「病に倒れたと言ったはず」
おかみの様子にやっと遅れて理解して、時間差でおどろく我々に確かにそんなことを言っていた気がする事務長がなぜ最初から解らないのかと不満まじりにいぶかしむ。
だって……急に言うから……。
結果だけじゃなくて経緯も説明してくんないと事態の重さが解んないとこあるから……。
そんな我々の雑すぎる状況把握能力はともかく、トルニ皇国の皇帝が――私たちが出会った時にはまだ少年だったあの人が、かなりよくない状態にあるのはほぼ確定の事実のようだ。
嘆くおかみのそばの席から、まだ少女の面影を濃く残す若い女性がやはり沈痛な様子で口を開いた。
「なんとかならないかしら?」
「キミもなん?」
ほぼほぼおかみと同じセリフやんけと我々を、ちょっとざわつかせたのはエレだった。
イスに腰掛けた彼女の後ろには、ルムやレミ、それからレミの妻の姿も見える。
彼らは口々に、しかし一様に、なんとかならんかと言いつのり、それでいて言葉の印象よりもはるかに悲痛に懇願のような表情を見せている。
もっと言うなら宿屋のおかみの周りにもその夫や娘、娘婿もいるのだが、こちらも大体似たようなものだ。
クマの村でクマの老婦人と孫。ついでに老婦人の息子で孫たちの親であるリンデンが暮らすメガネの家に、なんかやたらといっぱいいるな思ったらこの話をするために集まっていたらしい。
事務長についてはちょっと別になるのだが、こちらに向かってどうにか一つと頼み込む人々に共通するのは、彼らがトルニ皇国の出身だと言う点だろう。
だから故郷である皇国の、頂点にある高貴な人が病に倒れて心配するのは当たり前のようで、けれども複雑なものがありそうだった。




