762 くるんか。
自身も魔法を得意とした冒険者であり、かつてはテオと共に仕事をしていたと言うオットー。
彼は、なんと言うか、だいぶ情緒が自由な感じでパッションにあふれる人物だった。愛に生きすぎている感触もある。
元恋人でパーティ仲間でもあったエリックが消えた時にはすっかりやられたと思い込み、最後に一緒だったテオに対してなにかしたのかと疑いを持ち何年も恨みをこじらせていたのもそんな性格が悪いほうへ作用した結果だったかも知れない。
けれども。
かなり思い込み強めの人物ではあるけども。
それでいて、絶対に反省しないって訳でもなかったようだ。
「悪いと思ってるんだ。これでも。なにもかもエリックのせいならテオも言えよとは思ってるけど、決め付けて責めたのはオレだ。だったらそう言えとは思ってるけど」
「謝罪の歯切れがめちゃくちゃ悪い」
「素直になれよぉ。悪いと思ってる時はごめんねって言いなよぉ」
非を認め、しかしこの往生際の悪さ。
それは比較的謝ってねえのよと、私とメガネもさすがにちょっとざわついてしまった。
テオを介して知り合っただけのあんま関係ない我々が横から口をはさむのはよくないかなとも思ったが、これはもうむしろツッコミがあって成立するタイプのなにかですらある。
なんとなく大事なお話がありますみたいな改まった空気を打ち破り、やいやい言った我々をもう少し評価してくれてもいい。
しかし、オットーの話にはまだ続きがあった。
と言うか、多分こっからが本題だった。
「テオが拠点の街を出て行ったのも、オレが原因だろ。元々はエリックのせいだけど」
「素直になれよぉ」
自分もよくなかったよね。もっと悪い奴いるけど。と、絶対に一人では倒れぬと言う強い意志を感じさせるもの言いに、たもっちゃんがいっそ悲しいみたいに口をはさんだがオットーはこれを綺麗にスルー。なんか普通に話を続けた。素直になんなよお。
我々と言う周りの騒音には構わずに、オットーは少し苦いような表情で言う。
「街を、あんな不本意な格好で去ることになって……名誉だけでなく、収入でも不利益を受けただろ。冒険者には根無し草も多いが……去るも留まるも自由だ。その選択肢を、オレが奪った」
これはテオに向けられた言葉で、だから当然答えるのはテオだ。
「それは……おれが自分で選んだ事だ」
「違う。そうさせた」
「急に……急にちゃんとしたこと言い出した……こわ……なにこれ……」
「わかる、こわ……」
雑音担当たる我々が思わぬシリアスに動揺し、先ほどとはまた別の意味で新鮮に小声でざわつく中で、オットーは「だから」と言葉を継いだ。
「まだ付いて行く。大体、テオは脇が甘いんだ。そんなだからエリックなんかに付け込まれんだよ。エリックだぞ。あの、口を開けば都合のいい嘘と言い訳しか出してこないエリックのなにを信じで殺人犯にされてんだよ」
「殺人の疑いを掛けたのはオットーだけなんだよなぁ」
「逆ギレなんだなあ。おっかねえなあ」
しかしベタボレの恋人だったオットーにすらここまで言われるエリックはマジでなんなんと思ったが、恋人だったからこそ今や誰よりも許さんと言うやつなのかも知れない。愛憎じゃん。そら呪いもポップに掛けますわ。おっかねえ。
と、雑音たる我々はだいぶひとごととして話の流れを眺めていたが、ふと、よく考えたら全然ひとごとじゃなさそうなセリフが一部に含まれていたような気がする。
「えっ、付いてくるって言った?」
「あっ、言った。オットー、言ってた」
だから、のあとに、なんかさらっと。
なんとなく、クソ裏切りをしでかしたエリックに気の済むまでの呪いを掛けたらもう解散になるかなとてっきり思い込んでいた。
くるんか。まだ。
テオに付いてくると言うことは、テオに心配されたりテオを心配したりでずぶずぶである我々も自動的にもろともなのだ。テオ、ずっと一緒だよお……。
また、よくよく聞いたらオットーもテオの脇が甘すぎて人に利用されたり困ったことにならないか不安だ。誰かに利用されたりとか。と、なにやら完全にこっちを見ながら述べるなどしていて、まあ、それは説得力がありますね……。としか言いようがなかった。
我々ですね。解ります。
説得力、ありすぎますよね……。
そのために我々は必死で、でもテオは放っといてもテオなので一人で勝手に義によってピンチになったりしてるんですう、と強くアピールせねばならず――いや、ならぬと言うかね。
この流れはあまりにも草しかむしらない私にあまりにも不利との危機感で、うっかり目を離した間にテオが一人で泥沼に分け入ってた話とかを私がべらべら全部暴露してただけなんですけどね。
テオはしっかり者だが人に甘いのが玉に瑕みたいな割といいほうのイメージしかなかったらしく、話を聞いたらまさかそこまでとは思わなかったとドン引きでしたね。オットーたちも。
わかる。
テオ、冒険者の中でも人間性も問われそうなイメージのあるAランクの肩書とキリッとした見た目に反し、だいぶ大体の感じで自己犠牲がすぎるところある。引いちゃう。わかる。
いや、私もね? 我が身の危機感からテオの危なっかしさをオーバーにアピールしすぎたかなとちょっとじわじわ心配はしました。
でもまあ……責任感が高じて護衛対象の安全と引き換えに奴隷になって途中で我々が合流したのに約束だからとそのまま律儀に売られて行って売られた先では剣奴として立派に役目を果たそうと悲壮な覚悟で闘技場へと赴いているって事実だけでもまあまあだいぶドン引きではあるので……。
ホントにあったことしか言ってないので……。
あと、自称神たるフェネさんの分体であるちっちゃい毛玉はもう我々に普通になじんでしまっているが、その出会いを語るには避けて通れぬテオ人柱エピソードの悲壮感もね。ひどい。
冒険者として護衛の仕事を受けただけのはずが自称神にキミに決めたと指名され、また当人もここで断って神をまつる村に不利益があってはいけないと詳しく聞かずに覚悟だけガチガチに決めちゃてたあれです。
フタを開ければ自称神たるフェネさんがふわっふわしててことなきを得たが、話聞きなよお。大体話聞いてない我々に言われたくはないとは思うが、断っても全然大丈夫なやつまで背負うのやめなよお。
出会ってそんな経ってないのに我々の、主に私とか私とかメガネからにじみ出るなんらかの不安要素を見抜いたのかなんなのか、オットーはテオをこの訳の解らない集団から守ろうとしているかのようだった。
それはね……そう。
子供はともかくトロールとか、自称神までいるもんな。訳解んないよね。ごめんね。実はポンコツ天使とかもいます。
なお、この話をしている間、オットーとパーティを組むアンドレアスは寡黙ながらにオットー全肯定マシーンと化し、もう一人の仲間であるスヴェンはいとこのお兄ちゃんポジションをほしいままじゅげむを担いでそこら中を走って逃げて、我が家のトロールと水源の村に暮らすダークエルフの幼女からぷんすか追い掛け回されていた。元気。
どうでもええけどその幼女、まあまあ魔法得意やぞ。呪いとか含めて。大丈夫かスヴェン。調子こいてカエルとかにされないで欲しい。
そんな心配をちょこっとだけしている我々のそばでは、テオはどんどん否定されて行く自分の人間性にしょんぼりとフェネさんをもっふもっふなでて精神の安定を図り、レイニーはまあ普通にレイニーとして我関せずの構えを見せる。大体いつも通りだった。
オットーから向けられる、恐らく言動と人間性と存在そのものに対する不信に対し、「まあ、そうですよね」と言うほかにない我々はしかし、同時にある意味で強く通じ合うものを感じてもいた。
主に、テオ、マジでなんなんだろうな……。みたいな、強めの疑問と心配とかで。
それが伝わってくるからだろうか。
だいぶ我々の本質を見抜き、こいつら多分あかんやつやなと批判的な厳しさを隠しもしないオットーを、我々はなんとなく憎めなかった。我々がまあまああかんやつなのが事実なのもある。
テオに言わせれば彼こそが我々を心配し面倒を見てやってるんだと主張するだろうが、テオはそんな恩着せがましい言い訳なんかはしないので結局我々の偏った主張だけが世の中に放たれて行くのだ。
良識を持ち合わせてしまった人から損をする、よくない社会構造である。かわいそう。
そんな感じでなにもよくない、まとまらない感じでやいやい言いつつ結局ひとまとめに行動し、少しして。
我々はローバストのクマの村にいた。




