757 ある使命
まあ、それはいいのだ。
なんだかいつまでもちっちゃい子ですもんねと思ってしまいがちなじゅげむが、もうだいぶお兄さんだったと言う事実に気が付いて月日の流れに心底おどろきなんとなく度肝を抜かれたような気持ちになってしまっているのは我々がうっかりしすぎなだけである。
個人的には全然よくはない。
しかし今、注目すべき本題は多分、そこではなかった。
我々にテオ白旗コロシアムの一件がもう四年前だと気付かせた、砂漠の都市の四分の一をナワバリに持つシュタルク一家のクレメルはある使命を隠し持っていたのだ。
それはつまり、ナワバリを賭けて争う闘技会を控えた雨期にのこのこやってきた我々がもしやほかの組織から闘技会の代表選手として出るのではないかと疑念を持って、探りを入れると言うものである。
「いや、勇者の様子聞きにきたんちゃうんかい」
なんだよ騙されちゃったじゃんと思ったら、めちゃめちゃ苦くぎゅっとした顔でクレメルが答えた。
「それもある」
あるのか。
我々は色々あるらしいクレメルとシュタルク一家の若いのにずるずると薄暗い食堂をテーブル席へと連れ戻されて、一家のオヤジが溺愛しているお嬢さんがいまだに勇者を引きずっていて反抗期が終わらないみたいな話をだいぶ延々と聞かされるなどした。
勇者が活動拠点の国を離れた砂漠の都市でなぜか都合よくピンチに陥っている地元の美少女と運命的に出会う系のやらかしたんだろうなと予想されるその件は、我々には全く関係ないのだが、なぜだろう。
ブルーメのハーレム勇者がなんかごめんなって気持ちがすごく出てくる。ごめんな。ハーレム主人公が調子こいてて……。
そうして一部の大人とファラオ顔の少年がしんみりうだうだとくだを巻いてしまっている一方、我々がしぶしぶ連れ戻された丸テーブルの一角でこれもまた油断ならない話ができあがろうとしていた。
なにがどうしてそうなったのかは知らないが、突如として姿を消して生死も解らず、解らないのにむしろ前のめりにその死を確信していた恋人のことを数年に渡って強硬に引きずっていたはずのオットーが、我々と一緒に戻ってきたじゅげむをぎゅっとつかまえ「この子はオレがもらう。任せろ。立派に育て上げてみせる」などと言い出したのだ。
これには、コミュニケーション能力が低すぎるがゆえかついうっかりケンカを売り買いしてしまいがちなのに基本姿勢が逃げ腰の我々もおこである。
「は? 何言ってんの?」
「は? なんなの? じゅげむはあげませんけど? はー?」
マジでなに言ってんだこいつとイスから腰を浮かし掛けた我々に、オットーはじゅげむをぎゅっと抱きしめたままやたらとキリッとした顔で言う。
「大丈夫だ。この子を育てるためなら実家に頭を下げるのもいとわない。家を買おう。そして三人で平凡だけど幸せな家庭を作ろう」
いい年をした中年の周りをも気にせぬブチギレを向けられ、しかしさっぱり動じぬこのメンタリティ。強い。困る。
おめーマジで人の話聞きゃーしねーな! とやいやい騒ぐ我々をよそに、オットーの言う「三人」の部分に反応したのはアンドレアスだ。
「それは……俺もか?」
「もちろん。……いいだろ?」
よくはねえ。
マジで。なにもよくはない。だが、我々の前で見つめ合う二人のメンズはいつの間にかに爆速ではちゃめちゃいい感じのムードをかもしてきていた。
その様に、私はだいぶ人を選ぶジャンルの肌色多めの商業作品などに親しみ、好き好んで長年に渡り自主的に鍛えた洞察力を発揮して全てをまるっと完璧に察した。
アルコールではなく恋愛の意味で、かたくなだったオットーもだいぶできあがってやがんなと。
あまりにチョロいスピンオフ展開。助かる。
この、子供をやるのやらんのと勝手に騒いだ大人のよくない言い合いは、一個の人格を持ち、すでにまあまあの常識と良心、そしてある種の使命感をその内にはぐくむじゅげむ本人によってきっぱり切り捨てられた。
「ぼく、たもつおじさんとりこさんのお手つだいしなきゃ。おべんきょうもあるし、たもつおじさんとりこさんがあんまりへんなことしないようにきみがたがになりなさいって言われてるの。だから……ごめんね?」
最後の部分できゅるるんと、自分を抱いて離さないオットーの腕からその顔を見上げてじゅげむが鬼のようなフォローをぶつける。
さすがだ。
さすが、この広い異世界にあっても多分だいぶ上澄みのきらきらしき某公爵の光を浴びせられ、紳士たれと育成されたファンサのバーサーカーである。
それはもう。間近でその直撃を食らったオットーも、ふらあ~っとめまいを起こしたふうに倒れそうになるのも仕方ない。これは隣のイスに腰掛けたアンドレアスにがしりと抱きとめられてことなきを得ていた。
しかし、そんな子供の頼もしい姿にさすがやなと思いながらも我々は、ふと。
今のじゅげむの話にはなんか、だいぶ引っ掛かるセリフがあったことに気付いた。
「……誰に……?」
「じゅげむ、それ誰に言われてるの……?」
タガて。タガてキミ。
その言葉選び。絶対にどっかの大人やろ。
誰や?
どこの誰がうちのじゅげむに児童労働を押し付けようとるんや? 許さん。
ちなみにその労働内容はメガネや私の子守りです。
さすがにね、思いましたね。我々は、もしかすると早急に大人にならなければならないのかも知れない……って。こう、もっとまともなと言う意味で……。
よろよろと復活したオットーも、なんかものすごい複雑なものを表情に浮かべて「やっぱり、オレの所へきたほうがいいんじゃないか……?」などと言っていた。
それはね、あれ。ちょっとぐうの音も出ないです。びっくりしちゃった……。
こうしてあれやこれやありまして、子供を養育する者としてだいぶ微妙な自覚しかないこちらの心に妙に深い動揺をかかえながらもどうにかじゅげむを取り戻し、まだ我々のナワバリコロシアム出場を怪しんでいるクレメルらの監視のもとでそそくさと早急にシュピレンをあとにした。
みんな大好きナワバリコロシアムがあるのならほかにもイベントが待っている気はするのだが、砂漠での賭け魔獣レースとか。しかし我々の心では、ちょっとだけお祭りイベントを楽しみたい気持ちを不安がはるかに上回る。
あまりにも心配が勝ちすぎて、まあまあの駆け足で我々に街の門をくぐらせてしまうほどだった。もう借金とかは嫌なのだ。
本来ならば、この砂漠の都市を去るのなら長大な体で客や物資をぞろぞろ運ぶ列車のようなでっかいムカデを待たなくてはならない。
しかしここでもたもたしていては、どこからトラブルがおらおらやってくるか解らなかった。完全にどこぞの一家のつもりで言ってます。クレメルはもういる。
たもっちゃんはそのため仕方なく、なんとなくだがドアのスキルのでたらめさよりは秘匿性がまだ比較的ゆるゆるに思えなくもない空飛ぶ船を、どこからともなくなんらかの魔法のようにビカビカさせて取り出した。
そして見渡す限り際限なく続く――はずの、どこまでも広い砂漠を。
けれども今は雨期の湿度で霧に白く閉ざされて、景色とかもう全然見えないホワイトアウト感すらあるもやもやとなにもはっきりしない空間を飛び行く。
そんな、周りを白い霧に囲まれて正直どこに連れて行かれているのか解らないちょっと恐い状況で、空飛ぶ船に一緒に乗るのは「養子が欲しいならオレがいるよ!」と変なアピールをずっとしてるスヴェンと、それにだいぶうんざりしているオットーやアンドレアスたちだった。
砂漠の砂にぽっかり浮かぶ島のようなシュピレンの街の、外と面する護岸の部分に空飛ぶ船を接岸したところなぜか当然のように乗り込んできた。
また、これは完全なひとごとの余計な話だが、自分と年の近い成人済みの仕事仲間を養子に迎えて我が子としてかわいがれるかどうかはだいぶ試されると思う。ふところの深さを。当事者がいいなら構わない。
私は、やいやい言って「気ー使うじゃーん。三人のパーティで二人がカップルになったらオレ仲間外れじゃーん。だったらオレも家族にまぜてついででいいから一緒に幸せにしてよお」などと、めちゃくちゃ自分主体で主張するスヴェンや、そのスヴェンに「ええ……」となってるオットー、そしてアンドレアスの二人へと、全然関係ない部外者の視線で心からのエールをキリッと贈る。
「法と倫理に触れない範囲で自由に生きろ」
「リコ、また何かどうでもいい事考えてるでしょ」
うん。




