753 クソ状況
こうなるともはやはっきり言ったほうがオットーのためになるのではと思わなくもないが、でもできれば伝える役目は自分じゃないといいなと願う。
そんな卑怯な気持ちが我々にはあった。
いや、面倒なことは人様に押し付けたいと言う卑劣なおもむきの自覚はあるが、しかし場合によっては人類誰もが頭の隅でチラとはいだいてしまう願いでもあるはず。今とか。
だってはちゃめちゃ言いにくいじゃん。
恋人だったエリックが生きてるならとっくに自分の所へ戻ってくるはずと信じ、それを根拠のようにしてだいぶ思い込み強めの嫌疑と恨みをテオに向けているオットーに。
キミが死んだと思い込んでる恋人はしっかり生きてて今では別の人と家庭持ってますよ、とは。
……いや、多分やっぱちゃんと言ったほうがいいなこれ……主にテオのため、そして同時にオットーのためにも。
情報が増えれば増えるほどエリックのクズ度が補強されて行く。あかんぞ。そいつマジであかんぞ多分。忘れよ。そんで次行こ。スピンオフの連載始めちゃいましょうよ。
問題は、このクソみたいな事実を伝える役を誰もやりたくないと言うことだけだ。困りましたね。
そもそもの、オットーの恋人だったクズ男ことエリックも今の我々と似たような卑劣なムーブを出したかなんかでちゃんと別れ話をしようとすらしておらず、姿をぬるっと消すためになぜかテオにめんどいところを強引に押し付け逃げているのが現在の、愛憎こじれているかのようで事情の表も裏も解ってしまえば意外とシンプルですらあるクソ状況を作り出しているのだ。本当にあかん。
あれ、マジでなんなんやろな。
完全にひとごとポジションの私としては逃げるんだったら勝手にやれやとしか思われないが、当事者としては一応それっぽい理由がなくはないらしい。
なんでも彼らが拠点としている街ではオットーの生家、また、すでに勘当されているとは言えその長男であるオットーに忖度する人間が少なくはなかった。
そのため、オットーとの別れ話はよっぽどうまくやらないと村八分と言う悲惨な結果を招く可能性も捨て切れない、と言うかだいぶあるとのことだった。街なのに。
この、街と言うからにはそこそこの規模でそこそこ人がいるはずなのにミニマムすぎる人間関係で形成された村社会さながらのプレッシャーが伸し掛かる中、奇跡的なバランス感覚でうまく別れるのは自分にはムリだとエリックには自覚があったのかも知れない。
だってあいつ人間性にクズの部分しかないもんな。わかる。本人には会ったこともないから大体の偏見で断言しちゃってるけども。
この辺の細かい事情は我々が事前に知っているはずもなく、あとからスヴェンがぐだぐだしながら教えてくれたことである。
なぜだろう。聞けば聞くほど私は思う。
なぜキミたちはそんな奴と付き合ったり、パーティを組んだりしていたのかと。
あと、オットーがしょっぱなからだいぶ強火でキレていたのでなんとなくテオに殺人の嫌疑が掛けられてる前提でいたのだが、厳密にはなんの証拠もなくオットーが思い込みから言い張っているだけだった。
エリックが消えた直後には現地の冒険者ギルドも調査に入り、テオがなんらかの危害を与えた線は薄いとの見解を示したとのことだ。
だからテオにはなんの不利益もないし、冒険者としての活動にも支障は出ない。エリックに押し付けられた――これはひどい欺瞞だったと今になって解ったが、身勝手な秘密を押し付けられて気まずくてその街を離れはしたがそれも自主的な行動だ。
逆に言えば、オットーが殺人の疑いを強く主張しているにも関わらずそれだけだった。
どうしてもテオの側から見てしまう我々としては助かるが、捜査としては雑すぎはしないかとおどろきもある。
だが、実家が太いオットーに忖度しがちな街ですらもそうなのだ。
マジでその線は薄いのと、冒険者には元々、その手のトラブルはあるあるらしい。
「冒険者なんかさー、危ない所に少人数で出入りするのが商売だもん。行方不明とかもね、あるよね。よく。そうでなくても酒の勢いでケンカして、気付いたらもう死んでたとかね。さすがにはっきり証拠があったら捕まっちまうけど、まあ、うやむやになるのもめずらしくはないよね」
そんなことをべらべらと、冒険者業界の実情とばかりに語って聞かせるのは二日酔いでよぼよぼになっているスヴェンだ。
その内容に、なにそれ冒険者マジろくなもんじゃないじゃんとメガネや私はドン引きである。
「冒険者ってそんなスナック感覚で殺し合いすんの……?」
「ええ……こわ……。最低じゃん……冒険者……」
「いや、あんたらも冒険者だよね……?」
そんなことも知らないでよく今までやってこれたねとスヴェンのほうもなにやらドン引きで返してきたが、これは絶対に業界人の感覚とこの異世界の倫理か司法かその両方のふわふわ加減がどうかしているだけである。こわ……。
なお、このろくでもない話をしている間もテオはしっかりテオであり、やばげなところではじゅげむのお耳を両手でふさいで青少年の保護と配慮に一分のすきもなくいつも通りに活躍していた。
その抜かりない警戒心を自分のことにも適用してはどうかとは思うが、我々の冒険者としての心得と覚悟のなさを指摘するようでいてただのドン引きを見せたスヴェンに「こいつ等はそんな事知らなくて良いんだ」などと言い、たもっちゃんや私を「パパじゃん。だいぶ過保護なタイプのパパじゃん」とざわつかせるなどした。パパ……僕たちのこと実は好きでしょ……パパ……。
さすがテオ。やはり、さすテオ。
静かだなと思ったら食堂の店主がどかどか運んだ愛想はないがなかなかの量の朝食を、我関せずと気配を消してもりもりいただく我が家の天使とかとは大違いなのだ。
なお、テオにお耳ないないされながらもじゅげむはフォークとお皿を手放さず、しっかりもりもり食べ続けていたので妙な力強さがあってなんかいいと思います。
いやそれにしてもごはん多いなと思っていたら、表面をじゅわじゅわカリカリに焼いたいい感じの肉のかたまりや果物がごろごろ入ったなにやら意識高げな飲み物はレイニーが別にお金を詰んで追加注文したものだった。
その、食に対する強めの執着。とても他人とは思えない。ちょっといいお肉と食卓を華やかにするオシャレ感ある飲み物はなんか欲しいよね。わかる。
あと、注文した料理の支払いを食堂の店主が私のほうに請求してきて一瞬ふええと思ったが、これは手荷物を持たない主義のレイニーが面倒がってお財布を私のアイテムボックスに預けっ放しにしているからで、決して。決して、おめーが金出しとけよと言う婉曲的なカツアゲではなかった。よかった。
それはもう、安心のあまりレイニーの皿から勝手にお肉をもりもり奪ってしまうと言うもの。おいしい。砂漠の都市の謎の肉、おいしい。食肉になる前から謎々しい元の姿を思い浮かべてはいけない。
と、たたみ掛けられる冒険者ズブズブ業界話になんのコメントも出ないレベルでおっかねえなと静かになって、めそめそした気持ちをどうにかするべく心のすき間に焼いたお肉をうめえうめえと詰め込んでみたり、また別に私が追加注文したなにやらピリッとしたころもを付けてあげ焼きにしたなんらかのお肉をレイニーに奪われたりしてごちゃごちゃ忙しくしていたさなかのことだ。
私の耳に、とんでもない声が飛び込んできた。
「なんでだ? 死んでないんだろ? 言ってやれよ。オトコが死んで悲しいってんなら、ちゃんと生きててヨソで女とカテー持ってるって教えればいいだろ」
「クレメル君さぁー!」
「大人には……! 大人には抱え切れない悲しみがあるんだ……!」
「それは言っちゃダメ……それは言っちゃダメだよお……」
悪気なく、だからこそきょとんとしたように、マジでそれを言ったらおしまいのアレをもう全部言っちゃってるのは眠気でぐらんぐらんしてるのになぜか寝ずにがんばっているクレメルだ。
それはね……うん……。それはね、僕たちもそうかなとは思ってました……。
だがどう考えても切り出しにくい内容であるため、なんか自分で言うのやだなと汚れ役を誰かに、押し付けるまでは行かないがみんなで横によけ続けていたのだ。
そっか、クレメルが言っちゃったか……。
言葉をそのまま受け取るがゆえの子供特有の無邪気さで、大人にだけ致命的に炸裂する爆弾。そのことに、「そうだけれども」と言う顔であわてて、あわてるあまり態度でも言葉で全部肯定してしまっているのがメガネとテオとスヴェンの、アルコールの力を借りてぐだぐだと大体の事情をすり合わせ共有してしまっていた大人のメンズたちである。
オットーの元恋人エリックのクズ情報をすり合わせる席には私もいたが、今はお肉で口がいっぱいでなにも言ってないから多分セーフだ。「そうだけれども」みたいな顔はしちゃってた気はしています。




