752 オットー
改めて、オットーと言う人物について簡単にまとめておきたいと思う。
オットーは成人男性である。
オットーは冒険者を職業とする。剣の腕はイマイチながら支援魔法が得意で、対象の能力を引き下げるデバフを使えば戦闘職もボコボコにできる実力がある。えぐみが強い。
また、オットーの生家は彼らが拠点としている街で大きめの商会を持っており、父親とは確執があるものの長男であるオットーが勘当されたことにより跡継ぎに指名された弟からは兄ちゃんサンキューと感謝され、そちらのルートで色々と融通を効かせてもらっていると言う。
そして、オットーはかつて、我々が昨日からちらほら聞くだけでもクソ彼氏エピソードに事欠かぬドクズのエリックと恋人関係にあった。
オットーは、不可解に姿を消したエリックと最後に行動を共にしていたテオが彼について「いなくなった」としか語らず、またそのあとすぐに街を去ったことから疑いを深めてしまっていた。
なんらかの理由でテオがエリックを殺害し、その事実を隠していると。
や、違うで。キミの彼氏がクズなだけやでと内心思いはするのだが、それは我々がオットーとは完全に他人で、立場としてはテオの側。そしてしぶるテオからむりやり大体の事情を聞き出すことができていたからだ。
しかし、当事者であるオットーは違う。
なぜならめちゃくちゃ気まずすぎるため、キミ恋人に死んだフリしてまで捨てられてるんやで。とは、誰も彼に言えずにいるからだ。わかる。言えない。これは言えない。
ただ、よく考えたらエリックが死んだとは誰も言ってなくて、もし生きてるなら自分の所へ戻ってくると固く信じるオットーがいつまでも帰ってこない恋人を、だから死んだのだと思い込んでいるだけだった気もする。
人間は誰しも、見たいものだけを見るし信じたいことだけを信じがちなのだ。
で、そのオットーは今、上が宿となっている建物の一階部分の食堂で、使い込んだ丸テーブルを一緒に囲み我々とじりじりにらみ合っていた。
いや、違うか。
にらむって言うか、こう、なんか。
オットーがじっとり冷たく湿ったような明らかに悪感情のにじんだ視線でテオだけでなく我々を見て、我々も、ええー……と戸惑いいっぱいにチラチラと彼の様子をうかがっているだけだ。
この、別のテーブルで食器のぶつかる音さえ響く、妙に静かで会話なく緊張感にあふれた全く盛り上がらない空気。
こんなに居心地が悪すぎる場所はかつて私が子供だった頃、親戚の集まりで割と恐めのおじさんに対して「おっちゃんどうしてそんなてっぺんだけ異様にふっさふさの帽子とかかぶってんの?」と、めちゃくちゃ無邪気に大声で問い掛けてしまった時くらいだ。
嘘です。もっとほかにも数々の空気を凍らせてきた身に覚えはある。不思議だね。悪気だけはないんだぜ。でもあれはひどかった。その集まりの間中、大人がめちゃくちゃ死んだような顔をしていた。
自分がそれなりの年齢になり、毛根はどうにもならないこともあると解ってくると毛と言うものを失い続けるおっちゃんの悲しみに胸がぎゅうぎゅう苦しく痛む。
だがまあ、それはいい。いやよくはない。でももう遠い昔の思い出だ。反省はしてます。
しかしそれより今の私が気にするべきは、そもそもなぜオットーが我々の――男子らが陣取っていたこのテーブルにいるのだろうかと言うことだ。
昨日は男子らより早く引き上げた私が誰より遅く起きてきた時にはオットーと、そのパーティ仲間であるスヴェン。それからもう一人の仲間である大柄の男が、テオを始めとした我が家のメンバーとじっとり重いお通夜のような空間を作り出していた。
なので、私にはなにがどうなってこう言うことになっているのかまるでなにも解らない。
ただなんとなく、オットーが一晩経って急に好意的になったと言う訳でもなさそうだなと言うことだけがうっすら解るくらいのものだ。
あと、アルコールでむくみ切った男子らは一度解散し改めて朝ごはんに集合した訳ではなくて、昨夜からずっと食堂でぐだぐだしてたらいつしか朝になっていただけらしい。
なるほど、それでなぜかクレメルもいて、しょぼしょぼしながらスープをすすっているんだな……。
シュタルク一家のオヤジさんの方針によりクレメルはアルコールに手を出していないはずだが、周りが酒にやられたおっさんばっかりだったのでウザ絡みされてあんまり寝れてないのかも知れない。かわいそう。体にいいお茶とかそっと出しちゃう。
で、レイニーやじゅげむや金ちゃんたちも合流し、大きめながらにぎゅうぎゅうと食堂の丸テーブルを囲んでいるのはいつも通りの我々と、オットー、スヴェン、それから彼らのもう一人の仲間だ。この人物はアンドレアスと言うらしい。
彼にはのっそりとした巨人のようなたたずまいがあり、おっきな体で口数が少ない。
気は優しくて力持ちみたいな言葉がなんだか頭に思い浮かぶが、昨日、取り乱したオットーをいち早く宿室へ避難させると言う配慮と機転を見せたのも彼だった。助かる。その一点だけでも私の中ではだいぶ頼れる印象がある。
実際、あんまり人の話を聞いてなさそうな思い込み強めのオットーや大体のノリで生きてそうな感じのする我々にやたらと親しみを持たせるスヴェンも、アンドレアスの言うことは素直に聞き入れるようだった。
オットーは昨日、自分の前から消えて恐らく死んだ恋人の仇――と思い込んでいるテオを前にしながらもアンドレアスにたしなめられておとなしく部屋へ引き上げたし、今も朝まで飲んでたアルコールの影響でだいぶぐでぐでしてたスヴェンもアンドレアスのぶ厚い手の平で軽くぺしっとはたかれただけで「寝てない!」と反射的に叫びつつ急にしゃきっと飛び起きていた。
スヴェンについては素直なのとはまた別のなにかのようにも思えるが、寝ちゃいけない時にはなぜかどうしても猛烈に眠たくなるし、そう言う時はうっかり完全に寝ててもとりあえず寝てないって強めに言うよね。解る。私かな……?
そんなオットーとスヴェンを自分の両脇にセミのようにくっ付けて、アンドレアスは大黒柱か、むしろ大黒さんそのもののようにどっしりと安定感をかもし出す。
そして我々のほうへ視線を向けた彼は、低い声でぼそりと、けれども不思議と聞き取りやすい声で言う。
「迷惑を」
――掛けた。と、言う意味だろう。
ちょっと言葉が足りないが、それは大きな体を支えるイスをきしませて下げた頭がおぎなった。
寝てないもんと言い張りながらぐらぐらしているスヴェンはともかく、どうしてもにじむ不満に顔を歪ますオットーもぐっと黙ってアンドレアスに従い頼る。
その、どっしりとしたアンドレアスと、アンドレアスの大きな体にもたれることで不安に揺れる心細さになんとか耐えているかのようなオットーの姿に、私は思った。
「スピンオフ要員や……」
間違いない。
数々の商業BLを履修してきた私の素人意見が恐縮しながらささやいている。
特定の読者に向けた人を選ぶジャンルながらも売れ行きのいい作品になると本編のあとにちょくちょく出てくる本筋では報われないモブたちが別のストーリーでなんやかんやありつつもなんかうまいことくっ付くやつや。
我ながら深い考察になるほどねと深く納得していたのだが、その私の横ではメガネがだいぶ必死な顔だった。
「駄目よ……リコ、駄目。人様の恋愛に自分の性癖押し付けるのは最悪なのよ……?」
「そこまでは言ってない……」
まだ……まだそこまでは言ってない……。
心の中でやましい期待がちょっと暴走しまくっているだけ……。
私の肩をつかんで強めに揺すり、三次元には配慮と自制! と小声で叫ぶ器用なメガネとぐらぐらしながら「まだ大丈夫」と言い張る私のどうしようもなくゴタゴタした空気。
これを打ち破ったのもやはりアンドレアスだった。
彼は落ち着いた声で言う。
「だが、解って欲しい。オットーも傷付いていた。エリックが消えて、訳も解らず」
「それは……」
テオが思わずと言うようにテーブルに手を突き身を乗り出すが、それをアンドレアスがぶ厚い手を上げ途中で止める。そして続ける。
「もちろん、だからと理不尽をぶつけていい事にはならない。清算するべきだ。オットーも、テオも。互いに全て」
それはそう。
それはそうしたほうが絶対にいい。
しかし、我々はそこで一旦ちょっと体を引いてイスに全身でもたれてしまった。
なぜなら我々――と、彼らの仲間であるスヴェンは、死んだはずのエリックが別の町で家庭を作ってのほほんと暮らしているのを知っている。いや、知ってるっつうか、我々は話として聞かされただけだが。
これね。はちゃめちゃ言いにくいです。




