751 楽になっちゃえ
そもそもである。
オットーの個人情報はどうでもよろしいんや。
いや、結局はオットーに関連する話になるのでどうでもいいってこともないのだが、それよりも我々が追及するべきなのはテオを罠にはめるようにして自ら姿を消したエリック――のことと、そんな人間をなぜテオがかばうようなマネをしたのかについてだ。
「もう吐いちゃえよぉ~。全部吐いて楽になっちゃえよぉ~」
そう言って隣の席から全身でテオにぐにゃっともたれながらにうだうだと絡むメガネは多分ガン見で大体カンニングできるが、ちょっとお酒を飲んでしまったらしくただただ面倒な感じになっていた。
アルコールは人の本性を暴きだす。恐ろしい。
またそして、そのメガネのさらに隣から、この件に全然関係ないはずなのになぜかまだ居残っているクレメルがやたらと親身な空気を出して言う。
「そうだぞ。こいつらはシツケーぞ。よくは知らねえが。さっさと吐いたほうがラクだぞ」
このだいぶテキトーな感じ。
どこまでも無責任なおもむきになぜか親しみだけがものすごくあるが、多分あれだな。完全にわくわくとした好奇心だけでなにがあったか聞きたがってるな。
そう言うのよくないですねと思わなくもないが、よく考えたら詳細は別に必要ないのになんか気になると言うだけでテオにうだうだ絡んでいるのは我々も同じだ。よくないですね。親しみがすごい。
たもっちゃんとスヴェンとクレメルにわっちゃわちゃと囲まれ、そしてそんなアルコールでぐだぐだとだいぶめんどくさい様子になっている男子たちからじんわりしっかり距離を取り丸いテーブルの反対側に逃げた私にただ見守られ、見守るだけで助けは期待できないと悟ったのだろう。
テオは、ものすごくしぶしぶその核心についてやっと語った。
ちなみにそのお膝の上ではもふもふと、自慢の白い毛皮を愛する妻にもちゃもちゃとこねられなすがままのフェネさんがいるのも一応お伝えしておきたいと思う。
そうして自称神たる気高い毛皮をお膝に乗せてもみもみと、両手でこねつつテオは重たく口を開いた。
「あの時……誘引餌が使われ、多数のゴブリンに囲まれていた中でだが。消える前に、エリックは言っていたんだ。必ず戻ると。ただ、今は行かなくてはならないと。当然、おれも理由を尋ねた。すると、エリックは……オットーの親の事だと。スヴェンも言っていた通り、男の恋人を持っているせいでオットーは親と絶縁状態だった。エリックはそれをどうにかしたいと言ったんだ。オットーはどうでも良いと言い張っているが、本心はそうではないのかも。認められるには、自分がもっと強くならなくては。そのために行く。オットーに言えば止めるだろうし、それを振り切る力すら自分にはまだない。だから強くなって戻ってくる、と……」
エリックはそうしてほとんど一方的に言い置いて、テオとの間に何匹ものゴブリンをはさんだ上で森の奥へと消えて行ったのだそうだ。
そこまで聞いて、私はつい声が出た。
「テオさあ……」
そもそもエリックが言うとることだいぶぐちゃぐちゃやんけ。なんでや。なんでオットーのためと言いながら、オットーにはなんも伝えずに、しかもテオを危険にさらして逃げて行くんや。マジでなんでなん。
そしてなぜそれを信じたんやと、ものすごく残念な気持ちが声ににじんでしまったかも知れない。テオと名前を呼んだだけなのに、我ながら生ぬるい響きがものすごい。
対して、テオの肩に腕を回してより掛かりアルコールでぐにゃぐにゃしている男子らは配慮とかもなにもなく、好き勝手にやいやいと言い合う。
「それで別の町で別の相手と家庭を持っちゃったんだねぇ。話が違うねぇ。クズだねぇ」
「まさかおれもそんな事になるとは……」
「いや、テオ普段からまあまあ息するみたいにはめられたりだまされたりしてるよ」
ぐにゃぐにゃとテオにもたれていたメガネが急にそこだけスンっと真顔になって、テオをはさんだ逆隣では木製のジョッキを口に持って行きながらめちゃくちゃしみじみとスヴェンがうなずく。
「エリック、実力ではオットーに敵わないの気にしてたもんなあ」
「よう解らんけどプライドこじらせたクズの火種ばりばりやんけ」
思わず口をはさんでしまう私を含め、マジでよう解らんけどもと我々大人が勝手な所感でだいぶテキトーにやいやいしているのにまざり、クレメルもなにやら訳知り顔で木製のジョッキを持ち上げながらに大体の感じで同調を示す。
「まず当人同士で話し合えずに片っぽだけが突っ走る二人は一緒にいてもうまく行かねえってウチのオヤジが言ってたぞ」
たまたま別の用があってきて、それも終わってもう全然関係ないと言うのにそれっぽい合いの手を入れる顔面ファラオの少年。
なんとなく真理を突いているようでいて、どっかで聞きかじったことを大体の感じで言ってるだけのようにも思われる。
あるよね。深く考えずポロっと言ったことがやたらと的を得ちゃうこと。
そんな大体の感じで大人にまざる少年の汎用性ありすぎるコミュ力にさすがやなと思うのと同時に、ところでその手にしたジョッキはなにかねと気になる。なにかね。中身は。もしかして酒かね。
異世界の文化的には酒でも問題ないのかも知れないが、おばちゃんちょっと気になっちゃうからこの冷やしたミルクにハチミツをさりげなく溶かしたやつと交換しましょうね。
などと、急に頭をもたげ始めた酒の席での大人としての保護責任者のような気持ちを出してたら、ジョッキの中身はお茶だった。
クレメルが属するシュタルク一家のオヤジさんと言う人が酒とクスリに厳しいらしい。
さっきクレメルが言っていた当人同士の話し合いのやつも、実父ではなくこのシュタルク一家のオヤジさんの言説だそうだ。
できた人やで。反社会組織感さえなければ。
これはなんの確証もないふわっとした偏見にもなるのだが、なんかね。オヤジさんが厳しくなってしまうクスリってのも、だいぶ含みを感じちゃうよね……。
私は薄暗い食堂でテーブルに頬杖を突きながら、しみじみとそんなことを思った。
そうだね。飽きてきたんだね。
テオがめちゃくちゃ言いたくなさそうにしてたのをだいぶ強引に聞いといてあれだが、なんか。
いざ聞いてみると、こちらの気持ち的に意外とそんなでもなかったって言うか。
いや、多分内容は結構ひどい。まだ見ぬエリックが猛烈なクズなのは確定的事実だ。
人類に対して敵性生物待ったなしのゴブリンなどをありったけ集めた中にテオだけ置いて行くのもドクズだし、だいぶ思い込みと攻撃性が強そうだとしても恋人だったオットーを捨て別の町で別の相手と家庭持ってんのも社会的にどうにかなって欲しい罪である。
わかる。ひどい。ひどいんだけど、ただなんか、集中力の限界でもう「そっかー」くらいのリアクションしかできない。これは完全に我々が悪い。リアクションがよくない。
いやでもね、あれ。本題に入るまでにだいぶぐだぐだしちゃってたのと、暖炉の明かりが薄暗く揺れる食堂のアルコールの雰囲気に飲まれてなんかもう頭がぼやぼやしちゃってて、もうこれはちょっと仕方ないとこもある。
そんなこんなで、解らん。もうなにも解らん。と言うか眠い。解散。
みたいな気持ちでいっぱいだったのも手伝って、私は全てを投げ捨て男子らよりも早めに引き上げすでに寝ていた天使や子供やトロールのいる宿室のほうへ合流して休んだ。
で、翌日。
よく考えたら我々は、テオを恋人の仇だと思い込み憤怒の感情を強めに燃やすオットーとわざわざ同じ宿に泊まることもなかったな……と言うか、むしろ積極的に別の宿を探すべきだったんだろうなとうっすら思いながらに朝食としていた。
それはそう。絶対そうでしかなかったが、しかしそんなのは一回よく寝て落ち着いてしっかりとした朝食でカロリーを摂取し回り始めた頭でやっと、じわじわ「まずかったなあ」と思い当たったことだった。
アルコールのかもし出すぐだぐだとした雰囲気に飲まれていた昨日。それも一日が終わり掛けた夜。
その日のエネルギーをほぼほぼ使い残りカスみたいになった我々に、細やかな分析や判断力を求められても困るのだ。
いや、見るからにこちらへのヘイトをため込んでいる人物と同じ場所に平気でいられるのは分析力とか関係なくてただただ鈍感な我々の配慮の欠如みたいな可能性も高い。不思議だね。なぜだか深い悲しみがある。
ただ、言うてもよ。カロリーをこれでもかと補充したところで我々が、すでに喉元すぎた事柄を改めて反省する訳がない。いや訳がないと言うか、大事なことも大体すぐさま忘れがちなのが我々みたいなところある。
ではなぜ朝ごはんを食べながらそんな純粋なただの事実に思いいたったかと言えば、すぐ目の前にオットーがいるからだった。




