750 怪しくて目立つ
なんか急に現れて、しれっと我々にまざっていたクレメルに我々は素直におどろいた。
それでどうしたどうしたごはん食べなよわいわいしながら聞くところによると、どうやら彼は我々がシュピレンの、それもシュタルク一家のナワバリにいると知りわざわざやってきたとのことだった。
「何で?」
「お嬢さんがよ、アイツがどうしてるか知りたがっててよ」
「あいつ?」
「アイツだよ。ユーシャってーの?」
「あぁー……」
そう言えば、クレメルのところの親分かなんかのお嬢さん、勇者とハーレム展開になり掛けてたのがパパのブチギレと勇者が普通にやらかしたのでギリギリ回避してたみたいな話があった気がする……。
まあ我々も勇者については勇者一行を避け続けているので、噂くらいしか知らぬ。
そのため元気そうだよとかふわふわしたことしか言えず、しかしクレメルも自分ではそんなに興味がなかったためかあっさり「そっか」と納得して終わった。
本当にお嬢さんに頼まれて仕方なく、しぶしぶ聞きにきただけらしい。
別にいいと言えばいいのだが、そもそも我々が今ここにいるってなんでそんなすぐ伝わんのかなと思ったら、我々がたまたま入った食堂はシュタルク一家の直営とかではないものの一家が管理する区画にあるので怪しくて目立つ人間がいると一家に報告が行くそうだ。
一体誰が怪しいと言うのか。失礼しちゃう。
あんまり頼りにならなそうなメガネと草しかむしらず戦闘力が皆無の村人たる私と割とこだわりが強めのレイニーによる日々のお手入れでなんとなくぴかぴかしてきてるのと最近はたまに仕立てのいい服を着ているがために我々と一緒にいるとちょっと連れ去り感が出てきちゃうじゅげむと中性脂肪と言う名の貫禄が増量している金ちゃん、それからキャンキャンとよくしゃべるため獣族の子供に見えなくもないフェネさんやなぜかそんな我々と一緒に行動してくれる見るからにできるAランク冒険者様のテオがなんだかんだで仲よくやいやい言ってるだけなのに。ひどい。目立つのは目立つ。わかる。なにこれとは思うよね。わかる。
あとテオは一身上の諸般の事情でシュピレンの街をあるくといまだにたまに「あっ、白旗の人!」と大人気になってしまうことがある。目立つ。
そんな我々がこうして、うっかりシュタルク一家が管理する街でゆっくりしてしまっているのは異世界タコ焼きを楽しんだ上で素早くブーゼ一家のラスから逃げて、Tシャツ屋……じゃなくてTシャツも作るイタチの仕立て屋を擁するハプズフト一家のゼルマともなるべく顔を合わせないよう、それらのナワバリを避けた結果だ。
シュピレンは砂漠に浮かぶ島のような街なので、その中にいる限り街を支配する三つの一家のどこかしらのナワバリに入り込んでしまうのだ。恐ろしい。かと言って街の外に無計画に出ると、そこは命に厳しい一面の砂漠だ。とても監獄とかに向いてると思う。
そんな非合法組織感あふれる監視社会に震えつつ、話題の意味でムダにぐるぐる遠回りして夕食を終え、話はやっと大体元の場所へと戻る。
つまり、テオのことである。
見た感じ少年のようでありながら、訳知り顔のクレメルによれば冒険者が魔獣やら人やらを始末するのは通常業務の内らしい。
「冒険者なんざ、あれだろ? キッタハッタがショーバイだろ? 今さら一人や二人殺したところで別におどろきゃしねえよなあ?」
ふんっ、と鼻を鳴らすようにして大人びた、いや大人と言うかただただ物騒なことを言って見せるクレメルに私は素直にこう思う。
「Vシネかな?」
「無駄にややこしくなるだけだからリコはちょっと黙ってましょうね」
思ったことがつい口から出てしまっただけなのに、たもっちゃんからめちゃくちゃめんどくさそうにたしなめられてしまった。納得はしてない。
ごはんついでにわちゃわちゃしすぎていたためか、時刻はすでに夜である。
暖炉の熱にあぶられ続ける食堂はいつしか酒場の空気に変わり、レイニーはすでに宿室となった二階のほうへ部屋を確保しじゅげむや金ちゃんを連れ引き上げている。
なぜなのか。
レイニーは私から目を離してはいけないのではないのか。守護天使的なお目付け役のポジションとして。
いや、助かるのは助かる。じゅげむももうおねむの時間だ。それにちょっと話が愛憎血まみれ方面に行きそうになってきてるので、子供は避難させておくべきだろう。
配慮である。
だから助かるんだけれども、レイニー、その内に上司さんから細かいことまとめてお叱り受けるんじゃねえかな……。
根拠はないがなんとなくうっすらとした確信を持ち、持ってるだけで放置して、私はあったかい飲み物をずるずる飲みつつ男子らの会話に耳を傾けた。
「だからぁ、普通はね。普通はよ、テオ。頼まれたからって死んだフリに付き合ったりしないのよ。それも、そん時に付き合ってる恋人から逃げて別の人と結婚するとかドクズの理由では」
「エリックが……別の町で所帯を持っていたのは今日知った。だからそれは理由ではないし……そもそも、エリックが死んだとも殺したともおれは言ってない」
さすがのテオを苦いものを感じている様子で、しぶい顔でぼそぼそと弱すぎる言い訳をこぼす。
それに、「せやった」とばかりにうなずくのはスヴェンだ。
「あー、そうね。そーだわ。テオとエリックが二人で調査に行ったのに、ボロボロのテオだけ戻ってオットーが騒いだんだったわ」
思い出した。そんなこともあった。みたいな感じでスヴェンはテオの言いぶんをだいぶのん気な肯定を示した。
彼はテオを恋人の仇と信じ込んでいるオットーの、長年の仲間でありながら全然普通に我々にまざって酒を飲んでいる。
その様にこいつはこいつで大丈夫だろうかと心配になるが、当時一人で戻ったテオが大体どんな空気で迎えられたのか教えてくれたのも彼だった。
「大変だったよねー、あん時。大暴れだったもんね、オットー。テオもさ、ゴブリンとオークに囲まれて始末してる間にはぐれたとしか言わないからさー、探しもせずに戻ってきたのかー。それお前がなんかしたんじゃないのかーって疑われてさ。まあ、それはあとからギルドの調査が入ってエリックが間違いなく自分で買った誘引餌が使われて、しかも森に残ってた魔獣の死骸は大体全部テオが始末した形跡しかなかったんだよな。そんで、これエリックが誘引餌使ってテオ置いてったんじゃね? って話になったけど、それでもテオもなんも言わねえし。どっちの証拠もないままでテオまで町離れちゃっただろ? いきなり恋人が消えて、その場にいてなんか知ってるはずのテオまでだまっていなくなったらさ、そらオットーもいつまでも引きずるぜ?」
「大体全部説明してくれるじゃん」
「助かる。飲みな飲みな」
スヴェンはパーティ仲間と言う関係者であるがゆえの詳しさ、そして同時に関係者とは思えない軽薄さでなにもかもべらべら教えてくれた。
誓ってそんな目的は全然なかったが、その口の軽さを絶賛しながらメガネと私が追加で酒を注文しどんどん飲ませたことによりスヴェンの口はなめらかさを増した。
エリックが姿を消した経緯についてはやはりテオしか知らなかったことらしく、それ以上は出てこなかったが代わりに、だいぶぼろぼろとオットーの個人情報が漏らされた。
よくないですねこれは。本人のいないところで陰口のようになにからなにまでバラされるのはハラスメントですよ。我々ちょっとかなり興味津々になってしまってますけども。
と言っても、スヴェンから出てきた情報は彼らが普段拠点としている街ならば割と誰でも知ることができる事柄だそうだ。
「オットーも、あれだろ? 親があの街じゃ誰でも知ってるでっかい店持っててさ、長男だからそのまま行ってりゃ跡継ぎだったはずだけど親父さんが女と結婚しないなら店はやらんとか言って、オットーもじゃあこんな家いらねえよって飛び出して冒険者になったらしくてさ。いやこれ時々オットーの様子見にくる弟さんに聞いたんだけどね。今は弟の自分が跡継ぎってことになってるから出てった兄貴には悪いけど感謝してる力になるぜつってさ、味方は味方なんだけど利害ありすぎてあいつはあいつでなんかすげーよ」
「こんなちょっと話聞いただけでお腹一杯になるの何なの?」
「弟ドライな自己都合が強くて逆に嫌いじゃないですね。私、いいと思います」
「剣の腕はイマイチだけど支援魔法じゃちょっと勝てる奴いねえしなあ……。デバフ掛けられたら一方的にボコボコでさあ……オットーとは絶対ケンカしたくねえわ……」
アルコールのせいなのかだいぶぐだぐだしてきたスヴェンにメガネと私はめちゃくちゃ雑に合いの手を入れ、本人のいないところでぼろぼろ吐き出される個人情報によう解らんけどあいつもなかなかやななどと好き勝手に所感を言い合った。




