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75 それぞれの胸の中

 ハイスヴュステの男たちと、一回目の取り引きを終えた翌日。

 たもっちゃんは精根尽き果てていた。

「俺はもう駄目だよ。書類とかやだ。無理」

「書類はもういいから。アルットさんたちと約束あんでしょ」

 私だけだと商談がややこしくなるぞ。なんとなくだけど、自信があるんだ。

 冒険者ギルドの食堂で、テーブルにぐったり溶けるようにより掛かるメガネをずるずる引きずり連れて行く。トロールが。

 時刻は大体お昼すぎ。食堂で、昼食を簡単に済ませたところだ。

 たもっちゃんが溶けているのは、午前中に一仕事終えていたからだった。朝早くからせっせと書類と調理法を整えてまとめ、料理のレシピを登録申請していたのである。

 なんかめんどくさそうだなと思ったら、申請するシステム自体は単純だった。申請書類の項目を埋めて、レシピを添付してギルドの窓口に出すだけ。ものすごく手軽。

 そしてこれは、どこのギルドでも申請できる。冒険者ギルドや、商人ギルド、職人ギルドでも受け付けてくれるし、医療ギルドでも受け付ける。

 ギルドにはなんの得にもならないが、料理のレシピやちょっとした発明品などは誰が思い付くか解らない。登録の窓口としては支部の多いギルド組織が最適だからと、国から命を受けているらしい。コンビニ感がすごい。

 なお、レシピなどの使用料は冒険者ギルドの口座に振り込まれることになっていた。それならギルドを通した収入になるし、税金を自動的に引いてもらえる。そして、我々の場合は籍を置くローバストが持って行く。

 今回申請を出したのはブルッフの実を使ったスイートポテトと、あんまり人は食べないらしい恐怖の実で作るパエリアだ。

 そのどちらも地球の先人が編み出した料理だが、もう一度言う。我々は割と、お金に汚い。あと、お米料理が普及して恐怖の実の品種改良が進むといいなと言う下心もあった。

 日本のお米みたいな甘みとねばりを持った品種を。どうにか。誰か。カツ丼を。うな重を。焼肉定食を。誰か。

 そのためなら我々は、異世界間をまたいでの著作盗用の汚名もいとわな……。

 ――い。と思い掛け、ギルドの階段をのぼる途中で足が勝手にギシリと止まる。

 いや、待って。今の嘘。それは気にする。なんか、それはいとわなくない。

 私はこの時、初めてちゃんと気が付いた。

 と言うか、考えた。これまでなんとなくでやってきたけど、ダメなのではないか。

 それ多分、ド直球で違法じゃねえかと。

 著作権とか特許権とかが異世界にまで効果の範囲が及ぶかどうかは知らないが、倫理観はそう、僕たちそれぞれの胸の中にあるのさ。

「……ねえ、レイニー」

 私は階段の途中で足を止めた格好のまま、斜め後ろの天使へと問う。

「お金で天界から幸運でも買って、異世界の人に付与してもらうとか、できない?」

 なんかこう、肩こりが治って腰痛が消えて恋人ができて庭先から埋蔵金が発掘されて来世は貴族生まれのハーレムチートに生まれ付くような幸運を。買って、還元できないか。

 この苦しまぎれの発想について、階段の二段ほど上にいたテオが中途半端に話を聞いてすごくヤバい奴を見るみたいな顔をした。

 仕方ない。天界から幸運を買うとか、なにを言っているのかさっぱり意味が解らないだろう。それに、意味が解っていても同じだ。

 天界の存在を身をもって知るはずのレイニーでさえ明らかにお前はなにを言っているんだみたいな顔をしていたし、たもっちゃんからは「神のギフトをお歳暮ギフトみたいな扱いにするのやめてあげなよ」と言われた。

 たもっちゃんは、ふう、やれやれと、なにかの主人公みたいに首を振る。そうしながらトロールの小脇にかかえられ、手足をぶらんぶらんさせて運ばれる姿は首輪を抜いて脱走したところを捕獲されたイヌ感があった。

 私が運ばれてる時も、多分似たようなものだろう。なるべく自分で歩くようにしたい。

「では、これより第一回なんかお金がもらえると思ったら人様の技術を堂々とパクっていた件について、よく考えなくてもこれ私ら最低じゃない? と言う現状と改善案、この失敗を次回に活かすための反省点を議論する会を開催します」

「会の題名に反省が見えないんですがそれは」

「たもっちゃん、発言は挙手をするように」

 我々は、ギルドの二階にある個室を勝手に反省会の会場と定めた。我々と言うか私が。

 ここはハイスヴュステの男たちと取り引きするため押さえていた部屋だが、彼らはまだ現れていない。約束は昼食後のはずだから、多分その内にくるだろう。

 ギルド職員もまだおらず、膝の高さのテーブルをはさみ二つのソファがあるだけの部屋で我々はそれぞれ適当に座った。

 いるのはメガネと天使と私に、トロール。

 そして、テオだ。

 実は我々が国に申請し使用料を得ている技術やレシピは故郷の誰かが作り上げたもので、我々はその方法を知っているにすぎない。

 会を始める前にそうざっくり伝えると、お前それはダメだろと。彼には普通に引かれて怒られている。

 そうなんだよ。ごめん。私もね、これはなんか、サイテーだなーって。ついさっき。

「でも、特許技術は侵害してないと思うよ」

 たもっちゃんはソファの上で腕組みし、テーブルの上を見ながらに言った。挙手はしたくないようだ。その視線のぼんやりした感じは、なにかを考えるか思い出すかで忙しそうな様子にも思える。

「特許が生きてそうなのって圧縮木材くらいだと思うけど、リコも別にその技術全部知ってるって訳じゃなかったじゃん」

「うん、まあ。テレビで見たくらい」

「テレビ?」

 テオが形のいい眉を片方上げて不思議そうにするが、うまく説明できる人材はいない。うん、そう。あるんだ。そう言うのが。とか言って、我々は雑に押し切った。

「だからさ、そのままじゃないんだよ。俺が作ったのって、大体の感じで木材の組成を変えて強度と密度を高くするって魔法術式なのね。あっちには魔法とかないし、多分木材の特性も違う。だから製法は根本的に違うよ」

 なんと、奇跡的に無罪。かと思ったら、たもっちゃんは大事なことをぼそりと付け足す。

「ただ、理論とアイデアは……ね?」

 模倣だよね。完全に。

 胸の中で、倫理観が叫ぶ。天界からどうにかギフトを買えと。きたるべき時に備えろと。

「では、料理はどうなんだ?」

 レシピをいくつか登録しているだろう。

 テオの指摘に、腕組みしながら考え込んで前後に揺れてたうちのメガネがピタリと止まる。そしてテーブルの上を見たままに、うつむき加減でぼそぼそと言った。

「ポピュラーな料理は……パブリックドメインみたいなところあるから……。誰かのオリジナル創作料理とかじゃないから……」

「たもっちゃん」

 自分だけ逃げ切ろうとするのはやめろ。その場合は全力で足を引っ張るからな、私は。

 一緒に落ちよ、と。ほの暗く、手招きする私にメガネはいやいやいやと手を振った。

「待って。登録したやつ、確かにポピュラーな作り方は下敷きにしてるけど、俺なりに調理法は工夫してるの。そのままじゃないの。頑張りはしたの。俺も」

 その努力はどこへ行くの? いつからあるか解らない郷土料理を下敷きにしたら、その上に重ねて構築した俺のレシピは全部認められないの?

 教えて、マジメでこの辺のことに詳しい人。

 たもっちゃんの疑問に、詳しいかどうかは知らないがマジメに答えてくれたのはテオだ。

「先に登録されたものがないなら、この国で問題になる事はないだろう」

 そう言って彼は理知的な灰色の目を伏せたが、同じ口で、「心情的には解らないが」とも呟いた。一回安心させてから落とす。

 そもそも元の世界で料理に著作権や特許権があるのかどうか、私はちょっと知識がなかった。しかし、少なくともこの世界にはある。

 ただ、その効力は国内だけに限られていた。国外の技術や料理を誰かが勝手に登録し、モメることもあるそうだ。その辺りは割と雑。

「だったら、あれだよね。持ち込んだ技術とか料理で関係ない奴に権利取られるくらいだったら、とりあえず利権確保しといてあとから関係各所に謝り倒すよね」

「そのお金への執着はなんなの?」

 たもっちゃんは逆に感心したみたいに言うが、お金はさ、ないと首が回らないんだぞ。

 この反省会は、ほんとにただ反省しただけでなんの解決策もなく終えた。まあ、知ってた。ここで話していても仕方がないと。

 特に圧縮木材は、国とローバストが使用権を持っている。どうにかするなら事務長とかと話さなくてはならないし、胃かどてっぱらに穴を開けるくらいのちょっとした覚悟が必要だったし、覚悟だけではどうにもならない。

 多分だが、もうムリなんじゃねえかな。

 ちなみに、レイニーによると天界から幸運を買い異世界の人に付与することもできなくはない。が、対価はお金ではダメとのことだ。

 徳かな? 徳でも積めばいいのかな。異世界からのお歳暮ギフト。ものすごく贈りたい。


 昼食後のはずだった。ハイスヴュステの男二人との約束は。しかし彼らは夕方頃にやっと現れ、姿を見せるなり頭を下げた。

「……済まない。金はない」

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