749 ナイスアシスト
地球生まれの我々も、名前だけならだいぶなじみのあるゴブリンやオーク。ゲームやラノベやまんがとかで見た。
この世界ではそれらが実際にその辺をうろつき、人の暮らしに被害をもたらす。
ゴブリンもオークも人類にそっくりとまでは行かないものの、そこそこ似た姿と狡猾さを持っていた。
それなりに手慣れた冒険者ならば、そして相手が少数ならば対応に手こずることはまずないが、それが油断につながるとまずい。
だからこそ、そう言ったありふれた、けれどもいつまでも絶滅もせずに生き延びる魔獣にこそ慎重に対応しなくてはならないものなのだ。
知らんけど。
テオが昔のことを話すついでにそんな説明をしてたので、多分そう言うものなのだろう。
まあそれはいいのだ。私は草しかむしらない冒険者なので本当になにも解らない。
で、とにかくその日、エリックとテオが二人だったのはそうして少数精鋭を心掛けてのことだったらしい。
スヴェンによれば腕利きだと言うエリックと、彼らとパーティを組んでいる訳ではなかったがそれまでに何度か共同で仕事を受けて連携も取れるテオ。
彼らならなにかあっても対処でき、互いに足手まといにもならない。
はずだった。
ほの暗く、オレンジ掛かった明かりの揺れる食堂で、酒の入ったジョッキを傾け唇を湿らせテオが言う。
「異変は……いや、何かがおかしいと気が付いた時にはすでに囲まれていた。被害報告のあった地点から始めて、森の奥へと探索を進めている途中だ。油断したつもりは……なかった。実際、油断ではなかった。エリックが、魔獣を寄せる誘引餌を使っていたんだ」
「ひぇ……いい奴だと思われてたけど実はドクズの仲間が全然何も疑ってない主人公罠にはめる時に使うやつぅ……」
「たもっちゃん、解説してるようでいてだいぶふわっとしたやつうるさい」
ラノベだ。ラノベとかで見たやつだ。
のちにハーレムを形成しそうな主人公の序盤のやつだ! と、途中で口をはさむメガネがやかましくて仕方ないのだが、そのメガネがべらべら早口に語るところによるとこの世界での誘引餌とは地球で言うものとはだいぶ違うとのことだ。
まず地球のものに関しても私はなにも知らないのだが、どちらもターゲットとする獲物の好むものを用意し引きよせるのは同じだそうだ。
しかし地球のものが給餌場を設けて食べ物に釣られて動物がやってくるのを待つのに対し、異世界のここでは文字通りに誘い出す。
魔獣の感覚を狂わせる魔法や専門の職人が特殊に練り上げた香りで、有効範囲に居合わせた魔獣をほぼ確実に、強制的に集めてしまう。
狩りを目的とするならば、こんなに便利なものはない。ただし集まりすぎるパターンもあるので、それなりの準備と実力は必要になる。
けれどもその日、彼らは偵察と調査のために森へ入った。
魔獣を集める必要はないのだ。
むしろ気付かれないように、群れの数や動向を探るほうが肝要だった可能性まである。
「エリックは、腕が良いだけでなく装備やアイテムにもこだわりがあってな……あの時の誘引餌もよく効いた……」
「テオ、テオしっかり。それはもう過去。苦しまなくていいのよ……」
なにを思い出したのかだいぶ遠い目をし始めたテオに、たもっちゃんがめちゃくちゃ同情いっぱいに横からぎゅっと抱きしめる。
冒険者はだいぶヤバい集まりなのでゴブリンなどは初心者向けのザコみたいな扱いをするが、それは冒険者の感覚がマジでどうかしているだけである。
私なんかは森ではぐれゴブリンに一対一で会っただけでもじょびじょばしてしまう確信があまりにも強いし、事実、どうあがいても勝てないだろう。奴らには意外な俊敏性と暴力性がそなわっている。こわい。サンキュー、茨。頼りにしてる……。
だから、そんなのがいっぱいわさわさ集まってきたらいかに腕がいい冒険者でも相応の苦戦を強いられただろう。
テオは、たもっちゃんに抱きしめられるまま「大変だったぁ……」と言うような顔でなんかすごく遠くを見るみたいに食堂の古びて汚れた天井を見ていた。かわいそう。
そしてさらにそんな二人を床から見上げる格好で、「我のつまなのに……」と金色のおっきな両目をぐらぐらさせて危機感のようなものをかもし出したフェネさんがいる。
私も、身内だからかそこには全然そわそわしなくて本当にどうでもよかったのだが、フェネさんの絶望した感じがおもしろすぎて「大変だよ……浮気だよ……」とムダにことを荒立てるモブの役割りだけは果たしておいた。初心を忘れないのは大事かと思った。
世界の全てに裏切られたみたいなフェネさんがテオの頭に全身でがしりとしがみ付き、「我のつまなの! 我のだからね! 我だけのつまなんだからね!」とキャンキャン騒がしく主張するのをそのままに、白い毛玉を自分の頭から引きはがす元気も残ってない様子でもうされるがままのテオ。わっちゃわちゃである。
そんなことになっているテオに、なにも気にせずメガネが問うた。
「いやでもさ、故意じゃん、そんなの。悪気しかないじゃん。そんな奴を相手にさ、そっから何をどうしたら隣町で別の女と暮らそうとして死んだフリして逃げる嘘に付き合う事になんの?」
「隣じゃなくて二つ隣の町ね」
たもっちゃんの全然と釈然としてない感じの問い掛けに細かい訂正がスヴェンから入るが、そこは彼も気になっていたらしい。
二人から、そしてついでに私にも興味津々の視線を受けて、テオは仕方なさそうにぼそぼそと小さな声で答えた。
「結果そうなった、としか……」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやテオ。いかに普段から我々に流されがちといえどもテオ」
いやいやいや。殺人の疑いを向けられてそれはあまりに大らかがすぎる。いやいやいやいや。
さすがにちょっと引いちゃうぞなどと、たもっちゃんと私はいやいやいやいやと無意味にイスから腰を浮かせた。
いやテオね。献身と言うか、慈愛と言うか、少々行きすぎの傾向は前からあったがさすがにそれはないんとちゃうかとおどろきのような、こいつマジかとあせりのようなものを覚えてざわついてしまった。
そんな時である。
「わかんねえ話してんなあ? 冒険者が誰か殺したからってなんだってんだ?」
物騒な、けれども同時にどこまでも邪気のない言葉が、ぽいっと無造作に投げてよこされた。
誰だそんな雑なことを言うのはと見れば、我々のいるテーブルにいつの間にかに勝手にイスを増やしてしれっとまざったクレメルだった。
いや、白状すると最初から名前を思い出した訳ではなかった。
しょうがないんだ……だってすごい久しぶりに見たから……。
その小柄な人影はまだ少年らしさをありありと残し、浅黒い肌に、くっきりとした大きな瞳。ちくちく硬くツンツンはねるハリネズミみたいな髪を持っていた。
装備としては襟のないシャツに裾の長いベストを重ね、背中にはその小柄な体の半分以上もありそうなぶ厚く重げな大きな盾をほぼほぼむりやり背負うなどしている。
この背伸び感。
そしてこの少年ファラオ顔。
多分だが、我々がいる砂漠の賭博都市であるシュピレンの、四分割された区画の一つを取り仕切るシュタルク一家のクレメルだ。
私知ってる。うっすら思い出してきた。
自分でもだいぶふわふわしてるのでちょっと自信はあんまりないが、たもっちゃんが「クレメルやんけ!」と叫ぶなどして図らずもナイスアシストだった。
で、これは本当に我々の大体いつもよくないところだが、思わぬ感じでびっくりするとなにもかもそっちに意識が持って行かれることがある。
今とか。
なんやなんや久々やんけと突如現れたファラオ顔の少年に、まだテオを問い詰めていた最中で全然なにも聞き出せてないのもすっかり忘れてどうしたどうしたと集中してしまった。
「どうしたの? 何でいるの? あっ、ここシュタルク一家の地区だったりする?」
「ごはん食べる? ごはん。デザートとかあるかな?」
若い者にはとにかくなにか食べさせねばならぬ。
たもっちゃんや私の心の中に住むとにかく食べさせたい田舎のおばあちゃんがなんとなくそんなことを言っている気がしなくもないので我々は、クレメルのため、そしてお腹を空かせたじゅげむや金ちゃんのため、あと普通に自分たちのため、食堂のオヤジを呼んでとりあえずすぐ出てくる料理や飲み物をわいわいと頼んだ。




