747 こわ……
その男は――オットーは人殺しと口にした。
穏やかではない。
それも、武器を持ち、また扱いなれている冒険者が、怒りのままにテオにつかみ掛かろうとしているのだ。
これはどうなるか解らない。
実際、あちらの連れがあわてて押さえていなければテオはオットーに殴られるくらいはしていただろう。
むしろそれで済めばまだいいほうで、剣を抜かれる可能性だってあった。
そうなれば、テオだって黙ってやられる義理はない。
……と、思ったのだが、多分これは事情を知らない私の勝手な思い込みだった。
我々はしょっぱなから最高潮のガンギレで怒られ、全く訳が解らない状態でいた。
なにを言ってるのかさっぱり解ってないながら、めちゃくちゃキレてる人間がいると引いてしまって「ええ……こわ……」と、逆に凪いだ気持ちになることがある。今とか。
それで若干体を後ろへ下げながら、怒りのままに、いらだちのままに。
それか血みどろの怨嗟を吐き出すようにわめく男の声を聞いてると、どうやら彼らとテオの間には義理と言うか因縁がなくはなかったようだった。
オットーとパーティを組む仲間なのだろう。
同じテーブルで一緒に飲んでいた男らがはがいじめにしている腕から飛び出しそうな勢いで、オットーはわめき暴れてぼろぼろと泣いた。
「返せよ! あいつを! 最後に一緒だったのはお前だ! 殺したんだろう! 見殺しにしたんだろう! 人殺し……! なあ、返せよ。オレの……オレの……」
「もう、やめろ」
泣いているオットーを押さえながらに背後から、のっそりと大きな男が口を出す。
「……もう、昔の話だ」
「そうだよ。テオが殺した証拠なんかない。死んだのを見た人間だって。もしかしたら……エリックもどこかで生きてるかも」
別の仲間が取りなすように横から言うと、オットーは瞬間的に激高してわめいた。
「生きてるなら……! オレの所へ戻ってきてる!」
そしてさらにわあわあと、恥も外聞もなく声を上げて泣いた。
大変である。
それになんかだいぶ悲しそう。
段々と気の毒にすら思えてくるが、ただ、もうこれ内輪と言うか……顔なじみ同士でだけ共通の、我々には解らん話題で進んで行くので本当になにも解らない。
でも、テオだものなあ。
なんか誤解とかあるんとちゃうやろか。
みたいな気持ちもだいぶあり、ちょっとあんまり同情できない我々は、解らないなりに気を使いさすがに今じゃないかなと料理を注文するのも遠慮して、お腹を空かせてぼーっと待っていることしかできずにいた。ごはん食べたい。
そんな、テオに対する我々の、テオそんなことしないもん。みたいな強めの信頼は、これまでの旅でつちかってきた、なんかこう。あれ。
我々が数々やらかすたびに、人には! 人としての! 道が! ある! と言わんばかりの、倫理が服を着て剣を佩き不条理を嘆き涙するみたいな悲壮な姿に基づいている。
それはもはや遺伝子レベルの刷り込みに近く、テオが歩けばピヨピヨあとに付いて池から池へとお引越しするし、テオが巣に戻ってくればお腹空いたお腹空いたとまだ羽毛の生えそろわない手羽先を振り回して騒ぐひな鳥さながらの様相である。
この、手放しの信頼と言う名の丸投げ。
テオの苦労がしのばれる。誰だそんな苦労を掛けているのは。我々である。なんかいっつもごめんやで。
けれどもそんな、純度の高い良識と人倫をがちがちに圧縮してなぜかうまいことイケメンに仕上げたみたいなテオが人殺しとひどいそしりを受けるのは決して、――いや、では当然かと言ったらそうでもないとしか言えないのだが。
しかし、それなりの理由がなくはなかったことだった。
少しして。
食堂でテオに絡んだオットーが最後のほうには心が決壊したような激しさで泣き、なだめる仲間に宿となっている二階の部屋へと連れて行かれた。
それで最悪の空気になっている食堂に残された我々が、一方的に責められて本人もショックを受けてる感じがするのにそれでも言い訳はしないとばかりに難しい顔で黙り込むテオに、「いやなんか事情あるやろ全部吐けや」とまた別のめんどくささで絡んでいたところへオットーの仲間の一人がこっそり戻って声を掛けてきてやっと、話がいくらか見えてきた。
雨期に入った異世界の夜。
どこへ行っても空気は湿って重たくて、細かな雨粒が霧となり光を吸い込み薄暗い。
我々がたまたま入った食堂は特別綺麗でも立派でもないが、シュピレンでは一般的な壁も床も砂岩のようなざらりとした建材をすき間なく敷き詰めたつくりだ。
店内の端には火の入った暖炉。壁面にいくつか見られる燭台からは小さな明かりがオレンジ掛かった光と影をゆらゆら落とす。
よく言えば落ち着きのある、それではちょっとごまかし切れずただただ薄暗い食堂で、一人戻ってきたオットーの仲間はスヴェンと名乗った。
「テオ、こんな所で会うとは思わなかった。悪かったな。オットーはエリックが忘れられないみたいで……けど、オレも聞きたかったんだ」
そこまで言って、彼はふと表情を曇らせ少し顔をうつむける。
ああ、この人もテオを問い詰めるために戻ってきたんだな。
落胆するような気持ちでそんなことを思っていたら、全然違った。
「テオも、知ってるんだろ? そうだよな。じゃなかったら、殺してないって言うもんな。……ありがとな、オットーの気持ち考えてくれて。ひどすぎるもんな。エリックも、オットーとうまく行ってると思ってたのに、死んだフリして別の街で女と一緒になるなんて……あいつ、ホント信じられねーよ」
口をはさむすきもなくつらつらと、誰かに聞いて欲しかったみたいにまあまあの早口で胸の内を明かした男が少し鼻をすするようにして、やっと言葉を切ったところでテオは答えた。
「いや……それは知らない」
見た感じ、今日一番の困惑だった。
図らずも昔の知り合い――それもよくない因縁のありそうな相手と再会し、ひどい言い掛かりを付けられたテオ。
いや、この時点では我々がテオへのあつい信頼でそう思っているだけだ。
本当に言い掛かりだったと解るのは、もう少しあとになってからになる。
ともかく、そんなことがあったのに、泣きわめくオットーに責められていた時より全然混乱した顔で、テオはオットーの仲間がもらした新情報に素直かつ思いっ切り当惑していた。
「女? エリックが別の女と一緒に? いや……そんなはずは……」
「えっ、知らなかったのか? ……オレ、見たんだよ。あいつが……エリックがさ、知らない女と所帯持ってへらへらしてるの。それも、オレらの拠点から二つ隣の町でだぜ? そんなん、バレるに決まってるだろ。オレらもオットーをその町には行かせないようにしてさ。必死だよ。今回だってそうさ。なんにも知らずにオットーの奴、あやうくエリックの町での依頼を受けそうになってさー。行ける訳ねえじゃん? そんで、たまには息抜きしようぜって思い切ってシュピレンまで遠出してきたんだ。それでさ、……なんだっけ? ああ、そう、それでさ、テオはエリックがこんな人間だって知っててオットーを傷付けないように黙っててくれたんだなーって思って……えっ、知らないならなんで人殺しとかあんな言われて黙ってられんの?」
なにそれ。
それはそれでクレイジーじゃない?
話しながらにじわじわと、オットーの仲間の男は最後のほうでやっと訳の解らないテオの重すぎる献身に引いた。
わかるよ。こわいね。
テオ、常識人の顔をして、マジで訳の解らない自己犠牲にずぶずぶ沈みそうになっている状態で発見されることがある。あわや。
そう言えばシュピレンと縁ができたのもテオが一人でお仕事してる時、どうにもならんピンチになってほかの人を助ける代わりにドナドナとされたのがきっかけだった気がする。
スヴェンとついでに我々の、心からのドン引き。そして、まるで自らの異常性を突き付けるかのようなリアクションに対してなにか言わねばと思ったのだろう。
テオは、ものすっごい苦い顔でめちゃくちゃ小さくぼそりと呟いた。
「……別に、罪をかぶってはいない」
「テオ、世の中には黙ってたら大体の感じでかぶせられる罪とかもあんのよ……」
その声の小ささ、自分でもちょっとやっちゃったなって思ってるでしょ。
たもっちゃんはどこか悲しいような顔をして、テオの肩にそっと手を載せ首を振るなどした。




