746 並べてはいけない
エルフを愛しすぎる変態。
そんなメガネを擁してしまっている我々が、図らずも運命的に、それか宿命的にうっかり出会ったダークエルフ一家を砂漠の村へと送り届け――ようとして、嫌だ嫌だもっと一緒にいるんだとごねにごねるメガネや、優しくて大好きなじゅげむおにいちゃまと言う存在を介して奇跡的な利害の一致を見せた幼女がせめて結婚の約束だけでもするんだと騒ぐのをどうにかこうにかなだめすかし、説得するのにまあまあの時間をムダに溶かした。
変態と幼女は並べてはいけない。
その字面からかもし出される犯罪臭と同じくらいの勢いで、結託した変態体質のメガネと幼女はなかなか始末に悪い。
そんな苦々しい学びがあった。
まあそれで、ありとあらゆる手を尽くし、王都では一番呼び出しやすいと言うだけの理由でエルフながらに王城で錬金術師の職を得るルディ=ケビンを招集し、台本を渡して、「今度はダークエルフの家族を保護されたとか? 子供の将来を考えて移住先まで……凄いです!」などと、完全なる仕込みの接待を実施。
エルフに対しては赤子よりもたやすいメガネをちやほやと転がし、なんとかうまいことダークエルフと言う異世界においてもレアな存在へのそわそわとしたよくない下心を打ち消すことに成功した。
代わりにルディ=ケビンの時間と心を消耗および摩耗させてしまっているが、それはこう……あれ……尊い……犠牲的精神と言うか……。我々が頼み込みましたね……。
なお、よちよちとした幼女ながらすでに褐色肌の美少女ダークエルフの風格を持つ、一部の人類にはある意味なじみ深い夢のような存在から熱烈に結婚を迫られているじゅげむについて、本人はそもそも結婚と言うものをどう考えているのかおそるおそるたずねてみると、こうだった。
「んー……わかんない!」
はちゃめちゃに無邪気。
たもっちゃんや私は、「そっかあ」とうなずくことしかできない。
この時点で我々はまだアーダルベルト公爵家に滞在しており、ちょうど居合わせた独身の急先鋒である公爵が「わぁ、心配……」と、めちゃくちゃ小さく呟いたのがだいぶ印象的だった。
まあ、子供だもんな。と言う思いと、我々の……独身の煮凝りである我々の影響が……みたいな、ひやりとしたやばい気持ちが同時にきている。
あと、よく考えたらメガネは生粋の独身みたいな波動が全然止まらないだけで日本では結婚してたと言う都市伝説を思い出したのと、独身の急先鋒とはなんなのか。
私も大体の感じで言いすぎて、もうなにも解らない。
そんなこんなで色々と、ああだこうだと押し合いへし合いもめたりしながらあっちへ行ったりこっちへ行ったり忙しく、なんも思わずうっかり立ちよったローバストの村で某事務長からエルフなら我が領でも受け入れられたが? とバチギレられるなどしている間になぜだか春が終わってしまった。
いやでも……エルフはエルフでもダークエルフだから……ちょっとややこしいタイプだから……。呪術的な造詣の深いハイスヴュステにお任せするのが最適解かなって。
で、異世界は六ノ月。
半ば頃から雨期である。
ルディ=ケビンの献身で一応の納得はしたものの、いまだにおふとんに入って寝る直前とかに「ああぁ……ダークエルフにちやほやされたい……普通のエルフもいい……」などと、だいぶめんどくさいうめき声がメガネ方向から聞こえてきたりすることはあるが、ダークエルフ一家はちゃんと呪術師の弟子と一緒に砂漠の村へとくれぐれもよろしくと送り届けて少し経つ。
だから、と言う訳では全然なくて、なんとなく唐突に砂漠の街特産のいい謎肉をキューブ状にこんがり焼いて中に仕込んだ異世界タコ焼きをじゅわじゅわ言わせて食べたいと、猛烈な欲求に突き動かされそのためだけにわざわざみたいな勢いでシュピレンの街にはせ参じるなどした。どうしても食べたい。どうしても。
まあそれ以外にもイタチの仕立て屋でへたってきたTシャツを補充したり、魔女の貸本屋でおもしろそうな本を探してはあはあしたりもしたい。
砂漠の街自体には割と最近も行く機会があったが、あれはハイスヴュステの水源の村の老人会および付き添いと言う名目でわっくわくの村の若者が一緒だったのでなに一つとして落ち着いて見ることができなかった。
誰よりも頼りにならない自覚しかない我々が、引率ポジション。胸いっぱいの不安。悪い予感でドキドキしちゃいますもんね……。
そうして念願の異世界タコ焼きにはふはふしたり、そのタコ焼きの屋台で度のすぎる親切と博愛で聖人ムーブが止まらないヨアヒムの顔を久しぶりに見たら「もう……お仕事やめたい……」などと、思いのほかストレートなダメなところを吐露されたりした。
そうか……インパクトの強い聖人ムーブで人として欠点がなさそうに見えたヨアヒムは、労働に向いてないと言う資本主義社会において致命的な弱点があったのか……。なぜだろう、気持ちは解る。解る……。
こんな感じで色々と複雑なものはあるものの、もうすっかりいつも通り。
適当に魔獣や仕事を探し、砂漠では難しいがすきあらば草をむしり、某ブーゼ一家の幹部のラスから借金が作りたくなったらいつでも言うといいなどと暗黒微笑されたりする日々へと戻った。
いや、暗黒微笑につつき回されるのは別に我々の通常営業ではないのだが、塩についてはもう直接海辺の街のクレブリの塩組合と売買契約を結んでいるので我々はノータッチになっていた。我々が運ぶと早いのは早いが、早いだけで依頼を出しても捕まえるのに手間が掛かってそれなら普通にのんびり運んだほうが供給量が安定してていいらしい。値段は運搬方法に関わらず、どうせ契約通り払うので。
なので我々は用済みとなり、ラスも言ってるだけなのだろう。……多分。多分そう。そう思いたい。
で、それはたまにはお金で買った人様のサービスが受けたいとなんかやたらとまじめな顔で言い出したメガネにそうねいつもありがとねとか言ってた夕食時に、ちょうどよくそこにあったと言うだけの理由でぞろぞろ立ちより席に着いた食堂で起こった。
「この……人殺し!」
まるで喉を引き裂くように。
しぼり出されてひび割れたその声と同時に、木製のジョッキにいくらか残った酒が浴びせ掛けられた。
夜に近い夕方の、酒場も兼ねているらしきあまり綺麗とは言いがたい大衆食堂の店内で、我々よりも先に飲んでいたらしき見知らぬ誰かから最悪の絡みかたをされているのは誰あろう、まさかのテオだった。
我々は、飲み掛けのぬるい酒を浴びせられ髪や顔を汚したテオと、同じテーブルを囲んだ状態ですっかり困惑しおどろいた。
「えぇー……テオじゃないんじゃない? こう言う絡まれ方されるとしたら、とりあえずテオではないんじゃない?」
「解る……この中で誰よりもテオなのに……」
「いやテオは良識人の類義語ではないけども……」
「でもテオだから……」
「それはちょっと解るけど……」
ついそんな、おどろきが一周回ってしまい緊張感と共感に欠けたやり取りをひそひそするのはメガネと私。
テオに浴びせ掛けられた飲み掛けの酒が飛び散って、テーブルを汚していることにイスの上で体を引いて不機嫌に眉をひそめるのがレイニー。
出会いがしらからむき出しの敵意に、はわー。と圧倒されていて恐がったり泣いたりするタイミングすら失っているのがじゅげむで、愛しのテオがアルコールで汚された姿に「つまぁー!」と小さく白い自称神たる獣のフェネさんがキャンキャン騒いで取り乱す。
それから、人間の言葉は理解しないはずだがケンカの波動を本能で察知し、ゴルゴルと喉を鳴らしていそいそと腰のこん棒をずるりと抜きつつ立ち上がるのが金ちゃんだ。
アカン。
テオに酒を浴びせ掛け、そしてつかみ掛かろうとしたのはすでに何杯か引っ掛けた様子の酔客だった。
男である。
間に入って止めようとしている仲間らしき男らの、あわてた口ぶりから察するに名前はオットーと言うようだ。
恐らく、彼らも冒険者なのだろう。
服や装備はよく手入れされているが、使い込まれた形跡も強い。つまりちょっと小汚い感じが、とても見慣れた冒険者だった。
その彼は簡易的な革の鎧を身に着けて、腰には短剣より長く、長剣より小ぶりなほどほどの剣を吊るしているのが見える。
冒険者なのだ。この世界では武器を携帯していても、ああ仕事帰りかとしか思わない。
しかし、今は少しよくないかも知れない。
酒に酔い、武器を携帯し、怒りをあらわにした男を前に我々は、どうする? どうする? 障壁張る? 眠くなる草燃やしちゃう? とお腹を空かせておろおろとした。




