744 超高速で外堀
エルフと見ればなんでもいいとばかりに、よくない意味で存在自体がやかましいメガネ。
――だけでなく、意外な伏兵として強硬かつそれっぽい理屈をこねてダークエルフ一家の移住に熱心な誘致を行うのは呪術師の弟子だ。
両者一歩も引かぬ一戦と見せ掛け、なんだかんだでどっか遠い所で暮らすようになるよりは砂漠の村にいてもらったほうがダークエルフ一家の所へちょくちょく遊びに行ったりできて最高じゃない? と言う、ろくでもない気付きを得た変態の完全協力により話はとんとんと超高速で外堀が埋められようとしていた。
埋められているのはダークエルフの一家と、それはそれで不安だなあ、私。と、もっともすぎる所感をこぼすアーダルベルト公爵などのエルフ保護連盟サイドだ。
エルフが人族の国で暮らすのはめずらしい。
この王都で暮らす某ルディ=ケビンやその妹のような例も一応はある。けれどもやはり数は少ないし、あの兄と妹も諸事情あってこんな所にいられるかと地元を飛び出したみたいな話があった気がするのでそうでなければ人族にまざって暮らしたりはしてなかった可能性も高い。
まして、今回当事者となっているのはダークエルフ。それも家族三人の複数形である。
どっかの栗の国のようにダークエルフを国でかかえるのも手ではあるのだが、あれはあれでダークエルフさんの持ち味である呪術を駆使して底上げされた魔力と魔法でダーティーなお仕事をさせられてそうな雰囲気があったし、恐らく実際そうだった。
それに、異世界栗関連でうちのメガネに目を付けたかの国はメガネがエルフに弱いと見切ってからはおかかえのダークエルフにハニトラに近いなにかで体を張らせようとしていた。
よくない。あれは本当によくなかった。
厳密にはハニトラではなかったような気もするが、たもっちゃんにはエルフを近付けるだけで自動的にハニトラになるので……。ダークエルフさん逃げて。
それらの、能力が高く、けれどもその特性により居場所を得るのが難しいがためによくない感じで利用されがちであるダークエルフの状況を思えば、呪術に詳しいハイスヴュステが身元を引き受けてくれるのは悪い話ではなかった。
身元引き受けって言っちゃってんの、そこはかとなく一回検挙されてるみたいな感じがあるけども。
いや、実際にダークエルフのおとうちゃまおかあちゃまのほうは怪しい薬を人族の金持ちに売り付けている。その明確に罪ではないけども限りなくグレーなところをごねごねとちょっとむりくり罪とされ、捕らえられていたと言う経緯はあった。
グレーを恣意的に黒にすると言うまあまあの強引さはあるものの、やるのはやってる。詐欺的ななにかを。
それ、怪しい薬が命に関わるやつだったらあまりにも悪質ゆえにちょっとかばえないなと思ったが、詳しく聞くとエルフのように若返る妙薬とうたった飲むとものすごく吸収率のいい水分補給に最適なスポドリのようなものを豊かな資金を美容につぎ込む富裕層にばかすか売り付けていたとのことだ。
よくはない。
よくはないが、死にそうな病気がこれで治るとか前世のご先祖様に効くとか言い出すアレじゃなくてほっとした。
全然よくはないのだが。
一緒に話を聞いてたメガネなどは苦しげに、……水分補給は……大事だから……。などと、めちゃくちゃ深くうつむけた顔で蚊の鳴くようなフォローをしぼり出していた。
まあその辺りにはダークエルフのおとうちゃまおかあちゃまにも非はあるが、それでもエルフに類する者を奴隷のように扱っていいと言うことにはならない。
と思ったが、これはエルフ類だけでなく知的生命体たる人族にも獣族にも言えることなのでちょっと感覚がマヒしてきたみたいな体感がする。奴隷制度ありの異世界、どう言う線引きで運用してるのかよく解らないところあるので……。
だから、砂漠のハイスヴュステの集落でダークエルフを受け入れてくれるならそれは渡りに船と言うべきなのだろう。
しかし、そのためには族長や住人たちに前もって話を通して承認を受ける必要がある。
実際にその地に住むのなら、これからの円滑な人間関係のためにも絶対に。
そこで呪術師の弟子がハイスヴュステが連絡用に使役する精霊をギュルギュル飛ばしたり、ダークエルフ誘致のためには全身全霊での助力を惜しまぬうちのメガネがドアからドアへ移動するスキルを提供し、行ったりきたりして説得や相談が進められて行った。
そう言えば、精霊を伝書鳩のように使うのはエルフもだ。けれどもあちらは気まぐれな精霊に振り回されて、確実性に乏しいみたいな話を聞いたような気がする。
一方、ハイスヴュステは普通に使う。
どうしてだろうと思ったら、自然との共生を重んじるエルフは「お願い」し、厳しい自然をごりごり生き抜く砂漠の民は「契約」の形で精霊を使役する。
これらの違いが確実性を左右する最も大きな理由のようだ。あとは、対話できる精霊の種類がエルフとハイスヴュステでは違うと言うこともあるらしい。
確かに、エルフの周りでたまに見られる精霊はなにやら自由にぽわぽわ漂っているが、ハイスヴュステの砂漠の民が扱うものはギュルギュルとだいぶアグレッシブに飛んで行く。
あまりにも別種。
まるで日陰にじめじめ生えるきのこのような我々と、直射日光で充電されて永遠に走り続ける運動部ほども属性が違う。
なるほど、精霊にも色々いるようだ。
それはそれとしてテキトーな例えとして我々と一緒にされたほうの精霊が夜中に「それはない」とか言って苦情を申し立てにきたりしないかちょっとだけ心配になってきた。
そんなこんなで色々と、諸般の事情と一部の下心が錯綜しつつ話は進んだ。
途中、変な気付きにハッとしたメガネが「もしかして……寿限無がダークエルフちゃんと結婚したら俺をお義父さんとか呼んでもらえる未来があると言う事……?」などと欲望が焦げ付いたことを言い出して、言い出した瞬間レイニーに意識を刈り取るなどされていたが全体的には順調と言える。言えるかな。
ちょっと口走っただけで刈り取られるのはそこはかとなく思想の弾圧みたいなおっかなさがあったが、たもっちゃんの感じがマジたもっちゃんだったので……。
買収された天界育ちの地獄の番犬、さすがだった。
「たもっちゃん、ダークエルフの幼女にパパってムリに呼ばせるのよくない」
「それは要約に悪意がありすぎると思う。無理にじゃないもん。合法だもん。寿限無が俺をパパと呼ぶ事により寿限無と結婚したダークエルフちゃんが俺の事をお義父さんと呼ぶのは社会通念上なんの齟齬もなく……」
「たもっちゃん、でもね、私思うの。そもそもじゅげむがおめーのことパパって呼んでねえじゃんと」
「強要はよくないから……寿限無は好きに呼んでくれたらいいから……。いや、どうでもいいとかじゃなくてね? 決して。あれよ。家族って形態を押し付けて窮屈に思って欲しくないってゆーか」
「意外とそれっぽいこと言う……」
たもっちゃんが……たもっちゃんなのに……。
なお、このダークエルフの幼女たるジゼラ=レギーナの初恋については実らないことが判明し、なんかぬるっと解決となった。
「でもあれよね。まあまあまあ、まだ子供な訳ですし。両方が。結婚とか、大人になってからの話よね。エルフって寿命長いイメージあるけどどんくらいで大人になるの?」
なんかそこが気になって、軽く話題を振ったのは私だ。
で、それにダークエルフのおかあちゃまが答えた。
「ジゼラ=レギーナだと……あと二百年くらいかしら?」
「あっ」
解散である。
二百年……人類にはちょっと長いですね……。これを解決と言っていいかは解らない。
残るは初恋のはかなさに幼女があふれる呪術の素養を暴走させて不死の呪いとか蘇生術とかをアレしてアレになるのだけが心配だったが、こちらに関しては意外な伏兵がダークエルフの幼女としみじみ語り合っていた。
フェネさんだ。
「あのね、我もね、我も得意よ。にんげんこねて生き返らせるの。でもあれなのよ。不死もだけど、いのちってね、引きのばすとどうしても歪んで別のナニカになってっちゃうのよ。それでもいーい、すごーいってにんげんもいるけど、つまは勘弁してくれって言うのね。我、つまに嫌われたくないからぁ。やめとこーって思っててー」
「うまくやったらいーい?」
「それがね、よくないのよぉ。にんげんすぐ朽ちて死ぬけど、それがにんげんてもんなんだってぇ」
小さく白くもふもふとした動物と幼女が真剣に、ふんふんキャンキャンと語らう姿は愛らしかった。
ただ、その会話の内容があまりにひどい。




