743 幼女とその両親
ダークエルフはエルフの中でも限られた、一部の特殊な者たちを言う。
その特殊性は彼らが、エルフとして生まれ持つ豊富な魔力を呪術に全振りし、その一点で凶悪なまでに能力を底上げするピーキーな特徴に由来する。
サブカルに毒された地球人である我々がイメージしてしまう褐色の肌は、この世界では必ずしもダークエルフの要件ではないのだ。
では、この世界におけるダークエルフの特殊性が一体なにを意味するかと言うと、呪術に特化した能力。
そして強い偏見だった。
――いや、ダークエルフが実際に呪術をなりわいとしている以上、偏見とするのは少し語弊があるのかも知れない。
けれども、人々におそれを生むのは確かだ。
我々からは似たように見えるエルフですらも、ダークエルフとは一線を引く。
人族、ならびに獣族ならばきっともっとだ。
だから、ダークエルフが居場所を得るのは難しい。
公爵もこれには頭を悩ませた。
「ダークエルフともなると、国で抱えるのが順当なところではあるけど……残念ながら、王城も一枚岩ではないからね。必ず、利用しようとする者が出る」
魔力も魔法の素養も高いエルフをかかえることは利益だが、ダークエルフは特殊な方面にピーキーすぎて悪用されればその利をしのぐ害となる。困る。と、言うことらしい。
国でもかかえられないとなると、彼らには本当に居場所がないと言うほかにない。それはなんだか、ひどくやるせないことのように思われた。
たもっちゃんがちょいちょいと「じゃー俺が。俺と一緒に暮らせば解決。大丈夫大丈夫、俺も成長しましたし」などと、全然大丈夫ではなさそうな提案をしつこくなしていたのだが、それはみんな綺麗にシカトした。
私もだ。全然大丈夫じゃなさそうなので……。
レイニーだけが公爵による買収からの使命感でそわそわと、出番でしょうか? いよいよ、わたくしの出番でしょうか? と今か今かとメガネの失態を待ち構え、ずっとそのそばをうろうろとしていた。
さながらおやつを前にして「待て」とされた地獄の番犬のようだ。天使としての天界出身の肩書がなんかちょっと泣いている。
そうして、ただただ悩ましく、話し合う我々がいるのは公爵家のきらきらしく豪華に整えられた居間。
優美な造作のふかふかしたソファの数をいくつか増やし、ふっかふかと座って顔を合わせる顔ぶれの中にはダークエルフの幼女とその両親であるおとうちゃまとおかあちゃまもいた。
エルフ保護連盟を形成する国々の、精鋭がどんどこがんばって取り戻してきてくれたのだ。
そして予期せぬ形で離ればなれになっていた幼い我が子と久方ぶりに再会したダークエルフの両親は、うちのじゅげむにウザ絡みしていた。
「娘が世話になったとか? それは礼を言う。でも、許さないからな。娘は嫁にやらん。わたしと結婚するんだ。二歳の時にそう言ってたんだ」
「そんなのもう忘れたわよねー。娘が小さい時のおふざけにいつまでも縋ってる父親って嫌よねー。ねえ、人族はあっと言う間に大人になるでしょう? すぐに婿入りしてくれるのかしら? 義理の両親と同居することについてはどう思う?」
なんだろう。なんか別の意味での危機がきている。
「じゅげむはまだお婿に出したりしないですう!」
ヒリヒリとした危うさに、思わず私はあわてて叫んだ。
そしてじゅげむは渡さんと言う強い気持ちでふかふかのソファにちょこんと座ったじゅげむをぎゅっと取り戻したが、そのじゅげむの腕にぴっとりしがみ付いたダークエルフの幼女が一緒に付いてきた。
じゅげむは優しいお兄さんとして、親とはぐれて一人よからぬたくらみに巻き込まれていたダークエルフの幼女から今や絶大な信頼を得ているのだ。
幼女と予期せず出会った瞬間からエルフへのクソデカ感情でよくない飛ばしかたをしたメガネを必死でフォローして、大丈夫だからねと懸命にかばい幼女を構っていたことがこのあつい信頼をはぐくんだのだろう。そう考えればムリからぬ話だ。
しかし、悪辣なる人族に捕まり搾取され、やっと子供と再会できたと思えばそのほかならぬ我が子が人族の中でも超絶いい子でかわいいうちのじゅげむにべったりの状態。
ダークエルフのおとうちゃまとおかあちゃま、と言うか特におとうちゃまの心情はいかばかりのものか。
「おにいちゃまとけっこんする」
「おとうちゃまと結婚すると言ってたじゃないか……!」
この世界ではダークエルフであることと褐色の肌に相関はないが、エルフの容姿が秀でているのは純然たる事実であるらしい。
ダークエルフの父親は愛娘のきっぱりとした宣言に、ひどい! 裏切り! みたいな感じで秀麗な顔面にものすごい絶望を浮かべ、ティーカップや茶菓子の並んだ細かく華やかなデザインの背の低いテーブルに突っ伏した。
こう言うことがさっきから何度もくり返されて、いつまでも話が進まないでいる。
娘は嫁にやらんと強固なおとうちゃまと、なんかもうすでにじゅげむを婿に取ろうとしているおかあちゃまからなるダークエルフ両親サイド。
そしてエルフに比べれば成長も老いも早いか知らんがじゅげむに縁談はさすがにまだ早すぎるし大人になってもどうするのかは本人の自由意志と言うものがー、と晩婚未婚化が叫ばれたり手遅れだったりしてた感のだいぶある地球から使者としてやってきた我々がどこまでも平行線でやいやいと対立。
我々にはまあまあいつものことながら、なんの話だったのか問題の本質を早々に見失ってしまった。あと我々は別にこの異世界へこじらせた独身を持ち込むためにやってきた地球からの使者ではなかった。うっかり。
けれども、世の中はよくできているもので、ダークエルフ一家については意外な方面から助け舟あった。
それは我々がムダにやいやいと、もう全然なんの話か解らなくなってきていたさなかのことである。
「でもね、ジゼラ=レギーナ。おかあちゃまを見てたら解るでしょ。相手はちゃんと選ばないと、結婚しても苦労するのよ」
「おにいちゃまはだいじょうぶだもん。おとうちゃまとはちがうもん」
ダークエルフのおかあちゃまが言い、幼女の娘がはきはきと答える。
それにショックを受けたダークエルフのおとうちゃまがまた崩れ落ちる姿に、たもっちゃんや公爵やテオなどの男子らがめちゃくちゃ同情深く心をよせた。
「ジゼラ=レギーナ……!」
「娘ってさぁ……あーゆーの何か平気で言うよね……」
「タモツ……私は娘いないけど元気出して……」
「おれも、子供はないが元気を出せ……」
お父さんをウザがる娘の破壊力はどの世界、いついかなる時でも絶大のようだ。何度も起き上がっては倒れ伏すエルフ、かわいそう。
で、そんなどうでもいい流れを断ち切って、提案したのはハイスヴュステの呪術師の弟子だ。砂漠から一緒に付いてきて、まだいた。
幼子といえども呪術に素養のありすぎるダークエルフを呪術的な心得のない我々の所にそのまま置く訳には行かないと、不測の事態を心配し残ってくれていたのだ。
それで、公爵家の子供らにまざってじゅげむが塾のお教室に行く時間には幼女も離れず一緒に行くのに呪術師の弟子も一緒に行って、ダークエルフと砂漠の民と言うスーパーレアな存在が普通に教室の片隅で読み書きや計算、街で買い物する時にぼったくられないコツなどを学んでいたと言う。
親たちに似て空気の読める公爵家の子供らも、さすがになにごとかとざわついただろう。大体いつもご迷惑お掛けしてます。それと、買い物のコツはちょっと私も学びたい。
そうして、ダークエルフの両親が連盟の働きで取り戻されるまで数日の間を共にすごしたからこその、呪術師の提案はこうだった。
「ハイスヴュステの村で暮らしてはどうでしょう。おばばもいるし、こちらもダークエルフの呪術には興味があります。互いに得るものがあるはず。それに、ハイスヴュステはこうして、全身を隠す衣装をまといます。エルフの耳も隠せるでしょう?」
意外な、それでいて結構悪くないその提案に、しかし私は細かいところが気になった。
「いやでもそれ頭の布は女子だけじゃない?」
隠せなくない? 長い耳。女子であるおかあちゃまと幼女はともかく、おとうちゃまは男子であるゆえ。
私にしては真っ当な指摘だと自負するが、ハイスヴュステの呪術師の弟子は黒布をかぶり隠された顔で一、二秒ほどこちらを見詰め――たように思えなくもない間を空けてからふいっと別のほうを向いて言う。
「とにかく」
「あっ、押し切るつもりだこれ」
呪術に適性がある幼子を、どうにかして是非とも村に連れて帰るつもりだわこれ。




