742 下心も多めに
エルフならなんでもいいメガネがエルフと見たらなんでもかんでもはあはあとやばい感じを隠せないためにエルフから全然モテないのは因果だが、エルフの生活と安全は俺が守ると言う意志はだいぶ固いし嘘がない。
ただマジで、俺が俺がと下心も多めにあるのでちょっと支持したくないだけである。
これは仕方ない。変態は変態と言うだけならば無害だが、有害な変質者にならぬよう誰かが押しとどめ警戒せねばならぬのだ。たもっちゃんの場合は、私とか。なぜ我々はこんな業を背負っているのか……悲しいね……。
そして、これはエルフが絡み、そしてえらい人に頼らざるを得ないことになってくると大体毎回そうであるように。
今回も、普通にメガネの出る幕はなかった。
エルフに関しては過去に色々あった末、ただひたすらに人族側に非のある理由でボッコボコに逆襲された歴史から、この大陸に存在している人族の国々はエルフを保護する協定を結んでエルフに手え出す奴絶対許さない連盟のようなものを形成していると言う。
ダークエルフは数が少なくノーマルエルフともしっくりこなくて集団に属さないタイプらしいと聞いてはいるが、呪いを利用し元々高い魔法的な素養を底上げしているその特性から少数であろうとヤバイことに変わりない。
だからダークエルフもエルフ保護連盟の対象に含まれ、幼女の連れ去り、そしてそもそもこの幼女の両親が出先から戻ってこなかった件についても連盟が率先し捜査および追及が行われることになった。
こうして世界は、エルフは、すきあらば恩を売ろうとする変態から守られたのだ。
よかった。
と思ったが、これ、よう聞いてたらあれやんけ。
ダークエルフの幼女が一人なのをいいことに連れ去ったところだけじゃなく、そもそも幼女のおとうちゃまとおかあちゃまが人族にインチキ商品売り付けに行って戻ってこなかったって部分から誰かがなんかやらかしてその状況を作ったみたいな雰囲気あるやん。
作為。あまりにもあくどい、それでいて雑な罠のおもむき。
なぜなのか。
なぜ人は、ただのエルフでも同胞に手を出されたらゴリゴリの逆襲の鬼なのに、特に呪いに特化してそのやばさからノーマルエルフにもそこそこ距離を置かれるなどしているダークエルフにちょっかいを出してしまうのか。
ボッコボコやぞ。ボッコボコ。
人はおろか……。と矮小なる人類をなんとなく高い所から憐れむような気持ちになったが、世の中はなにも油断できないものだ。
こんな穴だらけの計画で親のいぬ間に幼女をさらい、ちょっと悪事が成功してるのが本当によくない。
そんなこんなで我々は、この世界での保護者たるアーダルベルト公爵に素早く報告と連絡と相談をすると言う驚異的な社会性を発揮した。
えらい。
自分でも自分の有能さが恐い。
そもそも公爵に相談せずに国境超えてよその国にお出掛けし、砂漠の民の呪いが得意なおばばの呪いを跳ね返してくる術者の様子を偵察に行くなどスタート地点から色々と間違え、やらかしている感じもあるものの、それはそれなのだ。
嘘。我々がどんだけ必死に「まあまあまあ、ほらね。最終的にはこうして相談にきましたし。まだ傷は浅い訳ですし」と言い訳しても公爵は全然ごまかされてくれず、しみじみ何度もこの件を蒸し返しては「本当に駄目だよ」と、自分的には聞いてるつもりで実際は全然話を聞いてない我々に事前に相談することの重要性と、特に事前とはなにかと言う部分についてくり返しくり返し根気強く叩き込むように、または懇願するようにこんこんと説いた。
そうして、すでにずいぶんといい大人である我々が生き馬の目を抜くみたいな話を聞かなくもない貴族社会で割と孤高の特殊性を持つアーダルベルト公爵になけなしの社会性を教え込まれる日々をすごす一方で、情報源としてのメガネを全面的に活用しダークエルフ一家離散誘拐事件はその首謀者、協力者、または顧客についても執拗なガン見で特定し、エルフ保護連盟に加入する各国の精鋭捜査部隊によって次々と身柄が確保されていた。
捜査に当たっては我々が、諸般の事情とこちらの気持ちで幼女のダークエルフちゃんを連れて帰ってしまっていたのが少々懸念材料ではあった。
これはあとから考えても仕方なかったと私も思うが、ダークエルフを連れ去って閉じ込め――いや厳密には森の小屋に放置されてて閉じ込めてはいなかったけど。
とにかく、我々が我々だけで先に幼女を取り戻したことで、ダークエルフの能力を好きに使うため幼女をさらい見知らぬ土地にむりやり置いていたと言う証明を難しくさせてしまった。
しかし、そこは頼れるアーダルベルト公爵が身分と話術のゴリ押しでだいぶうまいことやってくれていたのと、ダークエルフちゃんが幼女ながらに「おまわりさんこいつです」としっかり証言したこと。
そしてどこかの秘密の工房で秘術を駆使してとてもよく効く惚れ薬を密造させられていたところを保護された、ダークエルフのおとうちゃまとおかあちゃまからも「こいつです」と追い打ちの証言がなされたこと。
あとは人権についてちょっと不安がなくもないこの異世界の風土において、まあまあ普通に行われるえげつない尋問によってざくざくと捕らえられた者たちの罪がそれぞれつまびらかにされて行った。
――と言う話を、我々はメガネの暴走を警戒し留め置かれた公爵家でだらだらする合間に関係各所から届けられる報告としてちらほらと、公爵を通して聞かされて知った。
だが、ちょっと待って欲しい。
おとうちゃまおかあちゃま、なんかしれっとえらい仕事させられとるやないかい。
「ねえ、ほれ薬ってなに。ダークエルフさらって作らせるのがほれ薬ってなに? いや恋心こじらせた女子が男子に使うならまだいいよ。でも男がご婦人に使ったらどうしてくれんのその薬」
「いや……リコ、ダメなのよ。そもそも使っちゃダメなの。人間には自由意志ってもんがあんのよ。男も女もないのよそこには」
「……そう言われたらそうやな……」
ホンマそう。うっかり。
存在自体が砂糖菓子でできたようなご婦人の安全と安心を危惧するあまり、砂糖菓子ではなさそうなメンズの安全と安心をないがしろにしてしまった。よくない。
ご婦人が砂糖菓子でできているとは限らないし、逆にメンズが砂糖菓子ではないとも限らないのだ。砂糖菓子ってなに。
しかも、そこを指摘したのがメガネ。
うちの。あんな変態の。本当によくない。
たもっちゃんですら持っている、文明人として当然の人権意識を取りこぼしていたのは致命的に痛い。
我々は、公爵家の居間で報告を聞いたりぎゃいぎゃい話したりしていたところだった。
そこには家主でありダークエルフ一家の件でエルフ保護連盟にごりごりと話を通したり色々調整したりして最近までどんどん疲弊を加速させてたが、もうこの段階になると逆に落ち着いてきた。みたいな、アーダルベルト公爵も同席している。
その公爵は少しはっとしたように、人として正しめの指摘をしっかりなしたメガネの姿に「私も……そう思う」と、なにやら胸を突かれたように小さな声で呟いた。
その姿には複雑な感情がじわりとにじむみたいに思われて、富と権力と美貌を持って世界の幸運をこれでもかと浴びてきたようなグッドルッキングにも色々苦労があるんやな……と悲しみか、切なさにも似た気持ちで我々を少ししんみりとさせた。
よく考えたら公爵はそもそも人生にだいぶ紆余曲折あるほうなので、世界の幸運をもっと浴びてもいいような気もする。
「公爵さん……これ、落ち着く草のお茶なんで……」
「公爵さん、俺もこれ……最近作ってみた栗餡タイプの栗きんとん……」
私は体にいいお茶から特にリラックス効果のありそうなものを選び、たもっちゃんも試作の甘いものをそっと差し出すなどした。
グッドルッキングには似合わぬ、それかグッドルッキングの星のもとに背負った公爵の苦労の香り。そしてそれとはまた別に、我々が大体の原因として心労などをお掛けしていることへの申し訳なさがそうさせた。
お世話をお掛けしてるのはもうだいぶ今さらながら、気持ちは精一杯に拾い集めたどんぐりをありったけ差し出す森の小動物である。
これで一つご勘弁くださいと体にいい草やおいしいものをせっせと積み上げる我々の、力はないがけなげで愛くるしい姿に権力や欲望に倦んだ心もほぐれたのだろう。
ダークエルフちゃんを連れてきてからこの世の常識をお説教のようにくり返していた公爵さんはいくらか軟化したみたいに、または疲れてあきらめたみたいにめそめそとお茶とおやつを品よくちびちびとやり、そんな公爵にうちのグッドルッキングたるテオがはちゃめちゃな同情で「解ります」と共感してた。
で、ダークエルフの捜索と救出。
そして罪人の確保と処罰はエルフ保護連盟が遂行してくれることになり、あとに残った問題は一つ。ダークエルフ一家の処遇だ。




