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74 砂漠からのお客

 翌日の朝、別れは冒険者ギルドの前で済ませた。

「借りを返すつもりだったのに、返すどころか増えた気がするよ」

 言ったターニャは、ちょっと困ったみたいな顔だった。

 そして、恩返しはまた改めて。と、ミンディやロルフと共に再会を約束して去った。

 たもっちゃんは彼女たちとの別れ際、パンや保存食を持たせようとした。でも、勘弁してくれと断られていた。

 そのことであまりにメガネがしょんぼりしていて、思い切り笑う。私が。

 ターニャたちもなんで断ったのかと思ったら、これ以上兄さんの料理に甘えると立ち直れない気がする。とのことだ。

 料理がやばめのお薬扱いされてて、また笑う。ただ、テオとレイニーは「ちょっと解る」みたいな顔だ。

 それは、まあね。多分だが、キミらの場合はもう手遅れってレベルで胃袋をつかまれているような気がする。


 グランツファーデンの素材を求めていると言う客は、砂漠に住む少数民族ハイスヴュステの民らしい。

 そう言われてもメガネと私にはピンとこないが、テオは少しおどろいていた。砂漠の外で彼らを見るのは、相当にめずらしいそうだ。

 砂漠からのお客は二人。

 我々が彼らと引き合わされたのは、前日通されたのと同じギルドの個室でのことだった。

「交渉の機会を得て感謝している」

 部屋に入るなりそう言ったのは、四十くらいの男のほうだ。もう一人のまだ若そうな青年は、頭だけで軽く会釈して見せる。

 彼らは共に褐色の肌で、はっきりとした顔立ちをしていた。黒髪とあざやかな孔雀緑の瞳まで一緒で、血縁なのかと思った違った。

 ハイスヴュステの民はみな、髪と肌と瞳の色が大体同じで服までそろいだ。民族衣装と言うべきだろうか。

 男たちの黒い上着は立て襟で、丈が長く膝ほどまであった。上着の胸と裾の辺りには薄い黄色で見事な刺繍が施され、腰にしめた太いベルトに短剣を鞘ごと刺している。

 特徴的に湾曲した短剣は飾りではなく実用品で、だからハイスヴュステの男は総じて黒衣の戦士と呼ばれたりもした。

 なんだそれはと、私の中の中二がうずく。

 仕方ない。ソファに座って隣を見ると、たもっちゃんもまた完全に顔がわくわくしていた。仕方ない。我々の業は深いのだ。

 ハイスヴュステの男たちは、我々が出したグランツファーデンの毛に思わずと言うように息を吐いた。それはほっとしたような、そして同時に困ったみたいな感じだったと思う。

「済まない。実は、今わたし達に出せるのは金十一枚だけなのだ」

 まさかこんなにあるとは、と。アルットゥと名乗る年かさの男が少し苦々しげに言う。

「いや、結構な金額だと思いますけど」

 金十一枚は、銀貨で言うと五十五枚。銀貨が日本円で一万円くらいだと仮定して、約五十五万円。これって割と多いと思うの。

 人はなぜ、大枚をはたいてサルの抜け毛を求めるのか。親分のことは好きだけど、素材からただよう獣くささはいなめない。

 物の価値って、なんなんだろうなと言う気持ちになった。売るけど。

 我々が売ろうとしているグランツファーデンの毛は、私が親分と呼んで敬愛するサルからブラッシングして得たものだ。ブラシの先に付いてきた毛をもじゃもじゃしたまま保管しているので、毛束と言うか毛のかたまり。

 試しに一つほどいて数えると、大体一メートルくらいの長い毛が七十本あるかないかの量だった。

 この素材は、一本だけで銅貨十枚程度の価値がある。らしい。だからアルットゥが持っている金貨十一枚で買えるのは、大体百十本ほどだろう。

 かたまりだと、一束と、半分と、ちょっと。

 私はこれを、二、三十束持っている。

 全部売れたらいくらになるんだと思ったが、一応数えようとした両手の指をじっと見詰めて、やめた。計算してもしょうがない。

 売れる時は売れる。売れない時は金にならない。考えても仕方ない。嘘だ。ただ計算するのがめんどうだった。

 私が指を使った十進法と向き合っている間に、商談は進んだ。

 今はうちのメガネとハイスヴュステの男二人が、トリプルチェック体制でせっせと金色の毛を数えているところだ。

 一応、手伝おうとはした。

 しかし私が毛のかたまりから一本だけ毛を引き抜こうとすると、なぜだか毛のもじゃもじゃがぎゅーっとなって結び目みたいになってしまう謎の現象が頻発したのだ。

 だから、もう絶対に手を出すなと。たもっちゃんにも言われたし、ハイスヴュステの男たちからも言われた。彼らは初対面のはずなのに、ものすごくきっぱりとした口調だった。

 たもっちゃんに素材のかたまりをいくつか預け、私は部屋の壁際で疎外感にさいなまれながらおやつなどを食べている。悲しい。

 一緒にプリンを食べるのは、レイニーとトロール。テオはヤジスフライとタルタルソースをはさんだパンを、おやつ代わりに食べていた。

 私はなにも考えていなかったのだが、たもっちゃんも大して考えていなかった。

 そのことを知ったのは、実際に代金を受け取った時だ。

 同席したギルド職員がお金のやり取りを仲介し、実際に手渡された現金は売った素材の合計よりも少ない金額だったのだ。

「あ、そっか。税金の事忘れてた」

 たもっちゃんは渡された現金を見ながら、「しまったー」と小さな声でひとりごちた。

 グランツファーデンの素材は一本約銅貨十枚。これはギルドが買い取る場合、冒険者に実際渡される額だった。つまり、すでに税金が引かれた上での金額である。

 ギルド相手に素材を売ると勝手に税金が引かれているが、客と直接売り買いすると税金は別に払わなくてはならない。私たちは今回そのまま一本銅貨十枚で売ったから、受け取るのはそこから税金が引かれた額になる。

 もしも我々がきんぴかの毛で一本銅貨十枚の利益を得ようとするなら、最初から税金ぶんの金額を上乗せして売らなくてはならなかったのだ。しょっぱい。

 さらに、我々は手数料のことも考えてなかった。ただ、ギルドに対する手数料は売り手ではなく、買い手が払うものらしい。

 今回の客はハイスヴュステの男二人。だから彼らが実際買えた素材の量は、手数料を差し引いたぶんだけ金貨十一枚よりも少ない。

 売り手と買い手が直接素材を売買すると、なんだか切ない現実を見てしまうのだなと思った。

「騙した訳ではないのだが……」

 税金が上乗せされていない金額で、自分たちが得をしたのは事実だ。アルットゥはそう言って、少し申し訳なさそうな顔をした。

 たもっちゃんは頭をかいて、ちょっと恥ずかしそうにしながらそれに答える。

「いえ、不勉強だっただけです。お客さんに直接売るの初めてで。結構難しいですね」

 金額を提示したのはこちらだったし、税金や手数料は別に払う必要があると昨日ギルド長が言っていた。

 注意はあったのに、活かせなかった我々の手落ちだ。

 私にいたっては、その話を覚えてもいなかった。ここは余計な口をはさんだりせず、部屋の隅で石のように黙る。

 素材を渡し代金を受け取り、取り引きは終わった。お互い席を立とうとしていると、褐色の肌を持った手が差し出されてきた。

「そなた達との出会いは、わたしに取って幸運だった。感謝する」

 アルットゥはそう言いながら、たもっちゃんの手をがっしりにぎった。そしてそのまま離そうとせず、孔雀緑のあさやかな瞳でメガネの奥を覗き込む。

「駆け引きは不得手だ。率直に言う。実は、もう少々素材を譲って欲しいのだ。ただ、知っての通り手持ちが今はない。明日また機会を作って貰えないだろうか」

「明日ですか?」

「わたし達と同じく素材を求め他を当たる同胞がいる。そちらに連絡して送金させる。金額も、今回より多少は融通できるはず。グランツファーデンの素材はそうそう出ないと聞いている。そなた達を逃したくはないのだ」

「……解りました。いいですよ。じゃ、明日」

 たもっちゃんはアルットゥの顔をじっと見て、うなずいた。意外だった。確かにあんなに頼まれたら断り難いが、大森林に戻るのが遅れる割にしぶるような様子さえなかった。

 その理由は、まあ普通に。看破スキルで彼の事情をガン見していたからだった。普通ってなんだ。

 たもっちゃんはのちに、悩ましげに語った。

「あの人さ、族長だった弟さんが結構前に亡くなってその娘さんを親代わりになって育ててたんだけど、その子が今度嫁に行くから花嫁衣裳にこの素材がいるみたいなんだよね」

 聞けば、ハイスヴュステの民は裕福とはとても言えないそうだ。今回彼らに持たされた金も、集落の住人たちが出し合って集められたものらしい。切実すぎる。

 旅の費用も切り詰めているらしく、黒衣の男たちはなんか若干フラフラしてなくもない。

「武士は食わねど高楊枝」

 ボソリと言うのはやめて、たもっちゃん。

 黒衣の戦士がもはや貧乏侍にしか見えない。

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