738 やろがい
私の存在は大体いつも教育に悪いが、今日のは倫理観高いテオを手伝いレイニーまでがじゅげむの耳をふさぐなどして手伝うレベルでよくなかったらしい。
反省である。あの、人の心を持ち合わせないレイニーが思わず手を貸すほどなのだ。いけませんよこれは。
しかしそれはそれとして、エレルムレミに理不尽を押し付けてきた大地主とその手下に対するぐつぐつ煮えたぎるような気持ちは全然冷めない。
あれやんけ。
理不尽を前にしてたまたま対処できて軽傷で済んだからと言ってそれは被害者側が必死でなんとかしただけの話でそのお陰で逆に加害者側の罪が軽くなるのはまたそれはそれで理不尽やろがい。
完全にちょっと端っこがすり切れてきた古い記憶と想像でふんまんやるかたない気持ちになってきて、一人イライラしてしまった私はおばばの前でちろちろ燃えるたき火に手持ちの鍋を掛けアイテムボックスに新鮮な状態で備蓄したミルクをそそいでハチミツを垂らした。
お茶請けはメガネが大体の感じで異世界に持ち込み、世界平和の観点で終わりも始まりもないウロボロス焼きと名付けられたあれである。
「あんことミルク、とてもよく合う」
「えぇ……さっき朝ご飯食べたばっかでしょ……」
「怒りはカロリーを消費するので……」
全然大丈夫……全然……。多分……。
イラつきに任せておもむろにおやつの時間を始めた私の姿にメガネも最初は見てるだけでお腹いっぱいみたいな顔をしていたが、私がもぐもぐしながらにお鍋のミルクを人数ぶんのカップに分けるとそのホットミルクとおやつのウロボロス焼きを配るのを手際よく手伝ってくれた。なんだかんだで食べ物のことにはマメである。
それであったかい飲み物とおやつではふはふしながら「やっぱ人権よ。人権を踏みにじる奴はクズなのよ」と、カロリーにより火力を増した怒りでぎゃーぎゃー言って変な盛り上がりかたをした。
しばらくしてから思い出したが、恐らく盛り上がっている場合ではなかった。
「そんで、どうするかね?」
おばばがそう問うたのは、ウロボロス焼きとホットミルクが大体なくなってきた頃合いのことだ。すっかり落ち着きどことなくのんびりとした様子に見えるのは、お腹がいっぱいになってきてなにもかもどうでもよくなってきたのかも知れない。
どんどんやる気がなくなってきたみたいなその問いで、本題を思い出した私はしかし、しっかり強くうなずいて答える。
「やっぱ呪いは必要なのよ」
「駄目だ。リコ何も聞いてない。同じとこぐるぐる回ってるだけで全部同じ結論に行く」
反射が十割の速度感で即答する私に、たもっちゃんなどは自分は止めたかったのにどうしても私が止まらない暴走列車だったみたいな空気を出してうめいた。
誰が暴走列車だ。ひとごと感出すなよ。一緒にどこまでも風になろうぜ。
しかし、これは深淵なる伏線だったのだ。
いや、嘘。伏線とかじゃない。
ただなんの因果かそうなったと言うだけのことだが、たもっちゃんは期待を裏切らないのだ。
冬の終わりの砂漠の果てでああだこうだと話し合うついでに渡ノ月をやりすごし、滞在するなら年より連れて街に行かない? と誘われてメガネの便利なドアからドアへ移動するスキルで引率したり、足りない年よりはいねえか。迷子の年よりはいねえか。と悪い意味でドキドキと行って帰っておみやげ配って逆に気を使われて、砂漠を闊歩するサソリ肉やでっかいフキの食物繊維でもてなされつつハイスヴュステの呪術師師弟とああだこうだと話し合い、たまにおばばと弟子の女性の親しすぎるがゆえの言い争いに巻き込まれつつ対応の方針を検討。
その結果、砂漠の街への買い物はうっきうきで行ったのに気の向かないこと出不精のおばばが億劫がって弟子を代理に差し出して、おばばの呪いを破った術師をとりあえず偵察に行こうと言うことになった。
そして、春。
ドアのスキルと空飛ぶ船でしれっと国境を無断で越えて、渡ノ月を終えたばかりでまだ冬の香りの強いやたらと深い森の中、かさかさとした木々の合間にあっさり見付けた目的の術師を目にした刹那。
たもっちゃんは叫んだ。
「ダークエルフちゃんだぁああぁぁああああぁあ!」
例の、伏線とも言えない伏線が回収された瞬間である。
たもっちゃんは喉から血でも吐き出しそうな猛烈な勢いでシャウトした。血圧と、どっかの血管でも切れてないか心配なほどだ。
そしてメガネは、全然そんなつもりはなかったが結果としてその人物へと導いた、私の呪いにこだわる強硬姿勢に引くほど全力で感謝した。
逆に、当の私はなんかちょっと後悔が深い。
いや……ほんと……。まさかこんな、こんなつもりでは……。
確かに、以前別のダークエルフさんに出会った時にこの世界でのダークエルフは呪いに特化し呪いを宿して魔法的な能力を底上げしている存在をさすとは聞いていた。
ような気がする。うっすらと。
でもな。呪いが得意なおばばの呪いをなんぼ跳ね返したっちゅうてもやで。
まさかここでダークエルフが出てくるとは思わへんやんけ。
私は、両肩に重い責任を感じた。ダークエルフと言う存在の前に、うちのメガネを連れてきてしまったことについてだ。
この状況は私が招き、だからきっと、私がなんとかせねばならなかった。
そんな追い詰められてような思いで、私は背の低い草木をかき分け突進するメガネをとっさにタックルで取り付き引き倒す。
「に……逃げて! ダークエルフちゃん、逃げてー!」
「えっ、どうして……捕まえにきたんでしょう?」
思わずダークエルフ側への同情でいっぱいにメガネと言う危険人物にしがみ付きながら強い警告を発してしまう私に、師匠の呪いに対抗し得る実力ある術者にライバル心のようなかなにかをむき出しで、張り切って同行していたハイスヴュステの呪術師の弟子が戸惑いをこぼす。
それはそう。
正確には捕まえにではなく、このまま行くと何回呪っても返されるので、おばばの呪いに対応している術師がどんな奴かと偵察にきたのだ。
でもダメだ。
エルフはダメだ。それもダークエルフはなんとなく特に。
しかも、たもっちゃんが野生の勘と見せ掛けてガン見のスキルで探し出し、森の中の小さな小屋から顔だけ出して「えっ……えっ?」と、ただただ困惑するおばばの呪いを返した術師は、なんかまだだいぶ小さめの幼女だった。
あと、その幼女がおどろきの表情を浮かべる顔は褐色の肌を持っていた。
くり返しになるが、この世界でのダークエルフは呪いに対する関わりかたを示すものである。
そのため容姿で判別できるものでなく、以前出会ったダークエルフも肌に浮かんだ呪いの紋様を隠してしまえばノーマルエルフと見分けなど付かなかった。
まとめると、ダークエルフとはその属性とは関係もなく基本白皙のエルフであるはずが、褐色の肌を持つ有能幼女が目の前にいる。と言うことになるのだ。
あかん。
「逃げてー!」
私は改めて叫んだし、気が付けばメガネをガチガチに抑え込み、全力でしがみ付いているのは私一人だけじゃなくテオやじゅげむやついでにフェネさんもだった。
じゅげむの泣きそうな顔も気になるが、空気の読める自称神はのちに語った。
妻がすごい必死だったから、手伝ったほうがいいと思った。と。
しかし、このフェネさんの献身は恐らく偶然に近い気まぐれだろう。
人外に人間の心など解らぬ。
だから、エルフを信奉するメガネがダークエルフの幼女らしきものを前にしてどんどこ暴走しかねないこの状況で、レイニーと金ちゃんがあまりに無関心なのも仕方がないと言えば仕方ない。のかも知れない。せやろか?
こっちで矮小なる我々がメガネを押さえてだいぶわあわあしてる間も、ちょうど金ちゃんが鋭敏な嗅覚かなんかで見付けた寒い時期でも落ち葉の下で元気な虫をレイニーが「まぁ。おいしいのですか?」などと興味津々に観察するのに忙しそうにしていた。のどかか。
金ちゃんは大森林出身のトロールなので、うちのメガネの変態性と社会的やばさを理解しないのも当然の可能性も残される。
でもレイニー。おめーはなんかもうちょっと我々によりそってくれてもええんとちゃうんか。レイニー、ああレイニー、まじレイニー。
少しでいい。人の心を持て。
天使マジでそう言うとこやぞと思うなど。




