737 人類みんな大好きカレー
ガチカレーおじさんであるミスカがメガネによってもたらされたカレールーを使用して、これまで重ねてきた研究の成果をこれでもかとぶち込み仕上げたこだわりのカレー。
その、丹念に煮込まれたカレーでいっぱいの単身者には大きすぎる鍋を始点に、ごはんとトンカツをスタンバイしたお皿をそれぞれ神妙に捧げ持ち、カレーおくれと列を作った我々にミスカは自信たっぷり言った。
「今日は肉にもこだわってみた」
それを聞き、なんの肉かと逆に一瞬不安になったがその正体は普通に砂漠特産の謎肉だった。
謎肉なのに普通とは?
なんとなくそんなうっすらとしたパラドックスを感じるが、砂漠の謎肉はよく売ってるのに原型を見てもなんの肉か解らないので謎肉としか言いようがないのだ。
さすがこだわりのカレーおじさんはなんの肉でもそれなりになるカレーの具でも手を抜かず、一回こんがり焼き目を付けてだくだくと豊かな肉汁を閉じ込めた肉を完成間近のカレーの中にあとから投入することでやわらかくジューシーでありながらスパイス香るカレーの風味をほどよくまとうよい肉に仕上げた。
敵ながらあっぱれ。みたいな気持ちに一瞬なったが、別にミスカが敵になったことはなかった。私がカレーあんまり得意じゃないだけだ。
世の中にはね、人類みんな大好きカレーになじめない人間だっているんですよ! 食べ物の好み一つ取ってもマジョリティになれない人間の気持ちが解るんですか? あー! 傷付きました! 私傷付いちゃいましたね! エビフライとか多めに出してくれないとこの心の傷は癒えないですね!
とか言って、人様の手料理カレーをいただきながら急にキレてきた私がごちゃごちゃごねて、どうしても必要かと言われたら別にそうではないのだがあればあるだけよいものであるカレーのトッピングをざっくざっくと要求し、たもっちゃんから「やり口がチンピラ」などと評された。ひどい。
でも各種フライはちゃんともらったし、フライは普通に頼めばくれるからマネしなくていいと注意しながらじゅげむにも分けた。
そうこうしつつ砂漠の果てにあるハイスヴュステの水源の村で一夜をすごし、いつの間にか新しくヤスデの脚を手に入れてスルメをじっくり味わうみたいにしゃぶしゃぶと口の端から覗かせていた金ちゃんやフェネさんがどことなく非合法な様相でしびびとしてるのをドン引きの人類が「もうやめなよお……昔のマトモだったあの頃に戻ってよお……」などと介抱しながら朝を迎えた。
もうやめなよお……でもよく考えたらキミたちがマトモだったこと一回もなかった気もするう……。両者人外の者なので……。
で、一晩経ったし、まあさすがにケンカも終わったやろと。
我々はまだちょっとしびびとしているトロールと自称神を体にいいお茶でお腹たぶたぶにさせ、自分らものんびり朝食を摂取してからおばばの住まいへと向かった。
引率は虫よけを所持したアルットゥ。
見上げるような巨石の合間の砂漠の家で岩と岩の間を壁の代わりに硬い革でふさいだ玄関口まで我々を送り出してくれたクラーラは、昨日からずっと地味にキレている。結局一緒にカレーを食べてくれてはいたが、今日になっても家にカレーの残り香がしすぎるとずっとはちゃめちゃにおかんむりなのだ。なんかどうしても許せないらしい。
アルットゥに留守を任され残ることになっているシピは、古びた雑巾を手に持ってざらざらとした岩むき出しの自宅の壁と言う壁をぞりぞりと忙しそうに拭いていた。妻と旧友の板ばさみである。
そうして、家庭って……大変だな……と、心の中になんとなくあったりなかったりした結婚と言うものの幻想がさらさらと崩れて行くのを感じながらに我々がちょっとだけしんみりとおばばの家を訪ねると、そこにはすでにおばばとその弟子が待ち構えていた。
「遅い」
「いや、昨日一回追い返されてんのよ我々は」
顔を見るなりおばばに文句のようなものを言われてついそう反論したが、厳密には追い返された訳ではなくて呪術師師弟の口うるさい親子のようなケンカに付き合い切れなくなって自主的に帰った記憶もちょっとだけある。
しかしその辺はうやむやに、おばばも文句を言って満足したのか細かいことはスルーした。
そして、今日は寝台ではなく砂地の土間のたき火のそばで寝具の毛皮にぐるっと包まれ座らされ、こんもりとした置物みたいな格好でおばばが弟子の女性に視線を投げる。
言葉にしての指示はない。
でも、それだけで通じた。
今日もハイスヴュステの民族衣装で頭のてっぺんから足の先まで真っ黒に包み、年代も人相も当然表情も解らない弟子の女性がおばばの住まいの穴倉の奥からずるずると小汚い麻袋を持ってきた。
弟子は袋に触るのも嫌そうに、それをそのままこちらにむかってずいっと突き出す。
それは袋に収められた状態でも異様な、ある種のまがまがしさをはっきりと放つ。
「えっ、くさっ」
いやごめん。まがまがしさって言うか、あれ。ものすごい不衛生な雰囲気が、空気にしみ出す悪臭によってだいぶ最悪な感じで周囲にまき散らされていた。
「靴ですからね……」
「ああ……靴かあ……」
我々は、ものすっごい迷惑そうで、嫌そうで、不快な様子が頭を隠した黒布を不思議とありあり貫通してくる呪術師の弟子の説明に、めちゃくちゃ心当たりを思い出す。
あれは私としては不可抗力の全力の必然的な嫌がらせと言う感覚でいるが、かつて、某エレルムレミが森の中に隠れ住んでいながらにわざわざ向こうから絡んできた大地主などと言う権力者によりのっぴきならない状況に追い詰められていた時、よからぬ思惑で追い詰めていたほうである大地主勢力のおっさんたちを草とかで無力化したすきに左足の靴だけ集めて奪ったものを媒体におばばに呪いを掛けてもらっていたのだ。
今、我々の目の前に置かれた袋の中でおどろおどろしく発酵しているのは恐らくまさにそれだろう。
「やだぁ……俺、触りたくない……」
「私も……やだあ……」
「おのれらが持ってきたんじゃろが」
砂の上に直接座った状態で、おっさんの左靴がいっぱい入った袋からじりじりとあとずさりする我々と、お前らの始めたことだろと迫るおばば。そして無言ながらにずいずいと袋をこちらに押し付けんとする呪術師の弟子。
砂地に石で囲んだたき火のそばをぐるぐる回る格好で、不毛な追い掛け合いがまあまあの時間くり広げられた。
本当になんの益もない変な遊び始めるのやめたい。
そんなこんなでぐるぐるしながら一方的に話すおばばの言いぶんによると、やはり我々が左だけ狩り取ってきた靴を媒体にくり出した呪いは破られ返されているらしい。
毛皮でもこもこに包まれてイエティみたいになっている金ちゃんのなんらかの親戚みたいな状態の、もこもことしたおばば語る。
「よその呪術師も大したもんじゃの。わしの呪いを破るとは。その返された呪いを散らした神官も大したもんじゃ。わしの見たところ、わしが掛けた呪いが返されて、返された呪いを散らしたもんがもっかい呪いの先へ行ったのをまた返してきたもんが今おのれらのところへ帰ってきとるんじゃろな」
「呪いのラリーが続き過ぎててもうこれ訳解んねぇな……」
「わかる……訳解んないのが……」
超わかる……。これを解ってると言うのかどうか解らないけど……。
我々に広がる戸惑いをよそに、冷静ながらに大体の感じで呪術的ななにかで現状を把握したらしいおばばは、しなびた指でぽりぽりとめんどくさげに頭をかいた。
「わしの呪いは滅多に破られんからの、こんなんは稀じゃ。どうしたもんかの? 呪いを掛け直すか? それとも呪いを封じて終わりにするかや?」
「掛け直します」
「その即答は地獄へまっしぐらのやつなのよリコ」
もうちょっと躊躇とかしようぜ。呪い返されてちょっとおっかない思いとかしたでしょ。
と、たもっちゃんは正論で私をたしなめた。
確かに、正直ただの反射で即答した部分は十割ほどある。
同時に、それだけでは収まらないものがわだかまっているのも事実だ。
「でもお、でもよお、オジキ! あいつらひどいじゃないすか? エレルムレミにひでえ追い込み掛けてもうちょっとでやべえことになるところだったじゃないすか! それをなんとかなったからって罪が軽くなるのは理不尽ってもんすよ! そらもうこの先一生のたうち回って欲しいじゃん。大地主とその手下には尿路結石の苦しみとかで」
「俺はオジキじゃないですけど……リコ、何でチンピラが出てくるとちょっと隠密みたいになっちゃうの……?」
そもそもどうしてちょいちょいチンピラになっちゃうの? 俺、心配。
私に慣れているはずのメガネもなんだか引いてたし、レイニーやテオがじゅげむとフェネさんの耳をそっと押さえるなどしていた。




