731 もっと早く
これは、色々とあれやこれやでわあわあ言って今度こそ気を付けましょうねと心を新たにした我々が渡ノ月対策とかでうっかりローバストのクマの村に立ちよってしまい、それを知りすぐさま駆け付けた事務長にキミたちは本当に油断ならない、などと。しみじみとしたような、もしくはじっくりとしたお小言のようでいてただのグチのようなものを浴びせられ、世界平和のウロボロス焼きは神殿にがっちりつかまれているのでローバストの商売にはならないが、一応。一応ね。と、そのほかにも言うの忘れてた色々なことやレシピをごっそり抜かれつつ冬もそろそろ終わりの見えてきたある日のこと。あれよね。事務長はいつでも容赦などないよね。
そして、それはそれとして、夜。
子供やトロールが眠ったあとで大人だけで集合し、我々は車座になって話し合う。
議題は、その丸く円を作って集まり額を突き合わせた我々の、真ん前の真ん中に小さな山を作って積み上げられたなんとも不穏にねじくれた呪いの身代わり人形についてだ。
そしてその山をみんなで一様に見下ろしながら、いよいよ覚悟を決めたみたいにメガネが言った。
「――よし、砂漠のおばばの所へ行こう」
異論は出なかった。
ここまでくると仕方ないと解ってしまい、我々はみんな「せやな」の気持ちで一致していたのだ。
今になって思えば、もっと早くそう決めるべきだったような感じがしなくもないこともないような気がする。
ちょっともう、なにが適切でなにが正解か全然解らないのが正直なところではあるのだが。
感覚としては少し前。
うっすらとした不運や不遇に見舞われていた我々は残念なものを見るようなアーダルベルト公爵からの勧めもあって、とりあえずゲンでも担ぐのに近い気持ちでお祓いを受けにイケおじ神官が赴任する地方神殿を訪ねた。
そこであれやこれやと発覚し、その元凶がそもそも我々――主に私が、砂漠の民の呪いの得意なおばばに頼みこの世界の仕組みだと司法的な意味で罪になりにくい、某大地主とかに放った呪いが返されたことが元凶っぽいと言うことが解った。
まあ、長い人生多分そう言うこともある。
人を呪わば穴二つ。昔の人はなんかうまいこと言いました。
それで、なんとなく高位の神官みたいなムーブが止まらないイケおじにお祓い的なものをしてもらい、呪い返しをさらに跳ね返してことなきを得ていた。
そのはずだった。が。
ある冬の――まあ今日のことだが。
念のためにこれでもかと所持した、なにかの根っこで作られた呪いの身代わり人形がはちゃめちゃにねじくれた状態でポロリと出てきた。
それであわてて総点検してみたところ、ほぼ同じようにねじくれた人形が次々と発掘されてしまったのだ。こわい。
もうトラブルは嫌でございますとの恐怖からこれでもかと持ちすぎていた身代わり人形は、もうどこに何個あるのかも解らず中にはカバンの底からびったびたのぺちゃんこに押し潰されて出てきたかわいそうなものもある。そうだね。私のカバンだね。びっくりしちゃった……。
だから、ただただ管理の悪さでぐしゃぐしゃになっている人形も中にはいくつか含まれているかも知れないが、比較的もの持ちのよさそうなメガネやテオが所持していたものも、まるで自らきつくよじれてその身をねじ切ろうとでもするように奇妙な姿になっていた。
なので、我々は思ったのだ。
こわいなって。
イケおじパワーでなんとかしてもらったつもりでいたが、これ、またなんか呪いがどうたらこうたらしとんとちゃいます? って……。
我々がそうして、砂漠の果てのハイスヴュステの水源の村へときたのは冬の終わりを思わせる四ノ月。
その下旬頃のことである。
冬の砂漠はからりと寒く、びゅうびゅう風が吹いていた。
冷え込み自体はここより北のブルーメよりは少しマシかも知れないが、今まさに冷たい強風になぶられてはちゃめちゃ寒いので比較はあんまり意味がない。
顔ぶれはクマの村のおばあちゃんに作ってもらったセーターやマフラーなどを装備したいつもの我々で、筋肉ウサギの兄弟たちはもういない。
だいぶおもちやおはぎを作ってもらったし、彼らは彼らで臼ときねを担いでの営業活動に忙しくなってきた時期だ。
そこで商売はタイミングだからとむやみに実感ありげなメガネが「今はそちらに専念する時では。ここが勝負時では」と熱心に強く説得し、この辺りで一旦解散と言うことになっていた。
たもっちゃん、商売とか経営に関してたまにどことなく深そうな雰囲気がなくもないものを垣間見せる瞬間とかあるけど、多分あれ地球でお店やってた時に周りからキレ気味に言われ続けてたことなんだろうな……。
たもっちゃん自体からそんな発想が出てくる訳ないもんな……。
私には解る。長年の大体の信頼と偏見とも言う。
たもっちゃんの説得にも恐らくギリギリ一理あったのだろう。
見た感じの享楽的な姫感とは裏腹に常識と知性でだいぶ地に足の着いたタイプの長兄は「まだ借りが返せていないのに……」と苦い顔をしたが、たもっちゃんがそんなの気にしすぎるなよと言いたいあまり、「こちら特にこれと言った理由もなく颯爽と問題を解決し、あの人何だったんだろうね。よく解んないけどいい人だったね。みたいな感じで何となく末代まで感謝して語り継がれるのをまぁまぁの趣味にしている者です!」と堂々と宣言してしまい、ええ……とだいぶ困惑を生んだ。
マジかよメガネお前ホント変態だな。
なお、おはぎはまだそうでもないが窒息の意味でもちは凶悪性が高いので頼むからもちを提供する場には医者かなんかを必ずや呼んどいてくれと再三に渡る必死な我々の訴えにより、王都の炊き出しだけでなくもちつきウサギの地方巡業にも治癒師が同行する規則が設定された。
同時に人員の合理化が図られ、治癒師はほぼ人族であるために手に毛のないタイプの補助役としてもちつきのもちに合いの手を入れ臼の中でひっくり返す係を兼任。
ほどなく、もちつきのウサギがくると医者もくる。みたいな感じのイメージが広まり、もちつき巡業が医者のいない小さな村などで特に大歓迎されるもよおしとなった。
で、そうして筋肉ウサギのますますのご発展を願いつつ、便利な男であるメガネの便利なスキルでドアからドアへと軽率に移動。
ローバストを経由し、砂漠の果ての巨石の合間に作られた砂漠の民の集落の、岩のすき間のちょうどドアがはまるサイズのすき間にぎゅっと押し込んだ自前の扉をくぐってやってきたのはハイスヴュステの水源の村だ。
我々は大体のいつもの感じでスキルで開いて通ってきたドアを一度閉じて再び開き、普通に開くとそこにある岩のすき間を利用した倉庫のような空間にあれもこれもと思い付くまま置いてある素材や調味料や体にいいお茶の減り具合をチェックする。
代価として置いてくれている様々な品の回収を含め、ここまでは普段通りの流れだ。
ごそごそしてるのに気付かれて、様子を見にきた村人にきたなら先に声を掛けろと若干キレ気味に怒られるまでがワンセットですらある。
だがこの日、砂漠の村へとのこのこやってきた我々を、一番に見付けたのは村人ではなかった。
「あっ、逃げろ!」
そう言ったのは誰だったのか。
確かめる猶予すらもなかった。
びゅうびゅうと冷たく乾いた砂漠の風が吹く中で、警告の声になによと一応振り返った我々。
まだそれに気付いてはおらず、だから、落ち着いていられたのはこの瞬間までだ。
そして振り返った視界いっぱいに広がっていたのは、丸々とした太いチューブがずるずる長くうごめくような、無数の足を忙しく動かしわっさわっさと岩場を這いずる大量の虫に埋め尽くされた光景だった。
赤褐色の胴体がぬらぬらとした光沢を持ち、太く長い体の下からびっしり覗く細く短い数え切れない無数の足でさかさかとざらついた岩場の表面を舐めるように這い回る。
ムカデに似ながらムカデよりも丸っこい、ヤスデのような虫だった。
しかも聞いて。だいぶ大きい。
まるで虫と言うより大蛇のようで、個体差もあるが太さが人間の太ももに近い。体長にいたっては余裕で私の背丈よりも長かった。
それが大量に這い回る様は、なぜだか心を悪い意味でそわそわとさせる。
「ビジュアルが! よくないと思います!」
どこからきたのか。いつからいたのか。
そしてなんとなく我々のほうへ押しよせてくるのはなぜなのか。
そんな疑問はすっ飛ばし、とにかく我々はギャーギャー言って叫びつつ、本能的な恐怖にしたがいとにかく全力でダッシュして逃げた。




