730 支配された宴
私が、武者姫の素手にもちゃっと直接渡されたらしきじゅげむのおはぎに嫉妬する一方、そもそもの失言により怒れる弟ウサギらのむちむちとした筋肉に囲まれ詰められていた中年は、王の実子である姫が仲裁に出てきた辺りで虚弱で可憐な令嬢みたいにふうっと気を失い掛けていた。
世は封建。
圧倒的な権力の前には、平民なぞ色々と風前の灯火にすぎぬのだ。恐いですね。
しかしそれでもギリギリまだ意識のあった中年が、実際にスヤアと気を失ったのはドラゴンさんと自称神たる白い毛玉にふんすふんすと鼻先を突き付けられた時だった。
まるで幽体離脱でもするように、マジでスンっと気絶した。
ドラゴンさん的には、にんげんが集まりやいやいしてるから踊りでも始まるのかとわくわく見にきただけだったらしい。
この時のドラゴンさんは別に「ぱやや」ともしていなかったので、失言中年はドラゴンさんの素のプレッシャーだけで倒れた。アルコールの影響もあったかも知れない。
ドラゴンさんはなによなにもないじゃないのとガッカリし、捧げものに囲まれた席へ戻って行った。
ここまではまあいいのだが、地面を壊さないようにふよふよ浮いて移動するドラゴンさんの後ろにはなぜか、白くもふもふと「そうよね! にんげん! 踊ればいいのに! 我もそう思う!」とイエスマンと化した小さな毛玉が付き従っていた。
それでいいのか自称神。
フェネさんである。
なにやら我々人類がおはぎとかで忙しくしている間に、野生同士の序列のアレでぷええとしていたフェネさんにドラゴンさんが宴は大勢で楽しむのがよいと捧げものを分けてくれていたようだ。
さすが、魍魎跋扈する大森林にあるがまま君臨するドラゴンは余裕がすごい。大森林を跋扈するのは獰猛な魔獣で、魍魎ではなかったなと言ってから思い出したけど。
そして、捧げものに囲まれたドラゴンさんの席の近くにはキューンキューンとかわいい顔で服従の構えを取るフェネさん、だけでなく、いつの間にか金ちゃんもいた。
私が金ちゃんの腰の辺りから金ちゃんお気に入りのこん棒を奪い取った時はまだ忙しそうにおはぎを丸めるじゅげむの近くをうろついていたが、今やもう、さも最初からそのポジションにいたかのようにドラゴンさんから下げ渡された捧げものの数々をもりもりと好き勝手にいただいていた。
手心を……もうちょっと、遠慮と言うものを……むりか……。
金ちゃんは――フェネさんもだが。
厳しい野生を生き抜いてきた彼らは、本能的な危機感でドラゴンさんにイマイチ心を開かずにいた。そのはずだ。心って言うか、金ちゃんなどはだいぶうなって喉の奥から警戒音を出すなどしていた。
それがこれ。
もりもりと懐柔されている。
多分まだ恐れる部分もあるのだとは思うが、それを上回る強すぎる食い意地。
さすが俺たちの金ちゃんである。まるで私を見るかのようだ。
ただフェネさんに対しての、年月を重ねて知恵を持ち神を自称する者としてもうちょっと慎重になっていただきたい感覚。不思議だ。
別に自称神を神とあがめたりはしていないのに、なんとなく残念に思う自分がいる。
あれなのよ。ドラゴンさんに食べ物もらって慣れてきて、これ行けるやつやと尻尾を振って付いて行く白き獣の毛玉の姿がもはや信頼の重すぎるイヌなの。悲しみにも似た感情が胸にうっすら広がると言うもの。
そしてその様をおろおろと、どこかたじろいだ様子で見守るのはテオだ。普段はフェネさんが巻き付き離れない首元や、ドラゴンさんにキュンキュンなつく自称神に向けた視線が寒々しく寂しい。
これはいけませんね。浮気です。神話とかでよくある。神、なんかすぐそう言うことする。
見て。フェネさんに妻と呼ばれて運命を重ために受け入れ、最近はアニマルセラピーみたいな意味で自称神の素敵な毛皮をことあるごとに活用し、フェネさんからちょっとキレられてるテオのやるせない感じ。ひどい。
こうして、姫パワーとドラゴンパワーでなんの話か解らなくなり、カロリーに支配された宴はぐだぐだと深夜まで続いた。
なお、筋肉ウサギのかわいい長兄に対する失言により武者姫とドラゴンさんのふんすふんすとした仲裁を受けてふうっと気絶していた中年は割とすぐに目覚めていたが、もう余計な口は開かずに会場の隅でちびちびと水を飲んでいた。アルコールを控えられてえらい。ちょっと手遅れとしか言いようがないが。
いっそもう帰ったほうがいいんじゃねえかと思わなくもないが、中年が気絶した辺りで誰かに呼ばれてやってきた下町の主婦っぽいご婦人が大体の話を聞かされるや中年を雑にボコボコと叩き起こし、貴様は誰になにを言われても変わらずろくでなしのままなのになぜ罪を犯した訳でもない人間を批判し笑えると思うのか。アホか。と、少々切れ味のよすぎる言葉でばっさりとやり、失言中年を完全に沈黙させていた。生きてはいる。
ご婦人は言うだけ言うともう知らんとすぐに会場を去ったが、そのあとを追い掛ける――思春期に入るかどうかの微妙な年頃と思われる少年が、「とうちゃん、恥ずかしいよ……」とものすごく悲しそうに言い捨てて、すでに死体と化していた中年にさらなるトドメをあざやかに刺した。重ねて言うが、死んではいない。
会話の内容から解る通りにご婦人と少年はろくでなしと言われた中年の家族で、あの様子では今日はもう帰っても家に入れてもらえない可能性が高いとのことだ。
水の入った木のカップを抱きしめてしおしおと落ち込む中年に、周りのおっさんが元気出せよとゲラゲラ笑ってそんなことを言っていた。
悲しいね。全部おめーが悪いけれども。
悲喜こもごもの宴を終えて、へろっへろになるまで食べて飲んで火を吹き踊ったドラゴンさんは、ちょっと休んで翌日の昼頃エルフを再び背中に乗せてへろへろと空を飛んで帰ろうとしたところをエルフの安全に全力を尽くすメガネにタックルで捕まり、「寝不足の二日酔いで運転、よくない」とマジレスの上でこっそりドアのスキルで帰って行った。
たもっちゃんのスキルなら目の前のドアからくぐったことのあるドアへ移動できるので、途中でエルフを落としたりせず安心なのだ。
ただし気圧差による吸引事故などがたまにあるので油断はできない。私は知ってるんだ。前に……吸い込まれましたもんね……。
また、後日には改めて筋肉ウサギの兄弟たちを含めて王城へ招かれ、農家さんだけでなく素人が片手間に植えてもほぼ勝手によく育つ恐怖の実を主原料としたおはぎのようなものを筋肉を躍動させてもっちもっちと製作実演。これはよいものだと王族自ら多めに試食して、あんこの部分には甘味料が必要になるものの安価な穀物である恐怖の実や一般的に流通している豆を使用した主食にもおやつにもなり得る食べ物は貧民を含めて庶民の助けになるはずと、お褒めの言葉をいただいたことでその存在が広く知られた。
ほかならぬ王がそう言ったのだ。臼ときねをたずさえた筋肉ウサギのもちつきが、これにより主に貴族の間でバズった。
具体的に言うと、筋肉ウサギの兄弟たちがもちつきウサギのおはぎ要員として、冬のスラムで貴族が行う炊き出しの現場に次々と忙しく駆り出されることになる。
あんこに使う甘味料を黒糖などの比較的手軽な素材にすれば、どこにでもある、そして安価な材料で甘いものが提供できるので炊き出しを主催する貴族側にも、提供を受けるスラムの住人にもだいぶ受けがよかったようだ。
また、もちつきに変な信頼をよせる筋肉ウサギの兄弟たちは力はあるが、豊かな毛の関係でもちやおはぎのもちもちとした部分をひっくり返したり丸めたりはできない。
そのため毛の少ない人族の、文字通り手が必要になり、種族の違いからブルーメ国内でも互いにあんまりしっくりきてない獣族と人族がもちやおはぎのためにやたらと連携するきっかけを作った。
のちには、なんか仲ようなってええやんけと獣族と人族が団結してのもちやおはぎ作りを王が推奨してみたり、隠れ里で雪に埋もれて置いてきたフィンスターニスの肥料素材が恐怖の実のもち米種を豊作にしたらしく実りの季節を迎えると隠密を通じてどこからともなくもち米を仕入れた某ザイフェルト伯爵当主が王様へと献上。
王がこれを王城でのもちつきデモンストレーションの褒美にと筋肉ウサギの兄弟たちにどかどかと下賜し、そのもち米でウサギに似た獣族であるむっきむきの兄弟たちが王都の炊き出しだけでなく地方の村々を回って小銭を稼ぐなどの流れができた。
冒険者とは。
エピソードからかもし出されるあまりにもちつきに全振りしたムーブにちょっと戸惑いが出なくもないが、筋肉ウサギの兄弟は大森林に潜るレベルの冒険者たちだ。元々各地を巡り仕事をするので、生活としてはそう変わりはないと言う。
キミらがええんやったらええけども。
ウサギともちのなじみかた、もはやプロすぎて我々日本育ちも戸惑いの勢い。




