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73 買い取り

 一本銅貨十枚は下らない、グランツファーデンの金色の抜け毛。

 巨大なサルからごっそごっそと取れた毛をブラシの形がそのまま残るかたまりにして、特に整えたりもせずテーブルに並べた。

 ちゃんと数えたりはしてないが、多分、二十や三十はあるだろう。

 そのテーブルは膝ほどの高さで、その向こうにはソファがあった。そこにいるのは、まあまあ薄着の美女だった。

 服装としては白いシャツにくるぶし丈の巻きスカートで、ごついベルトに吊るしているのは細身の剣だ。ただシャツはボタンがほぼほぼ全部開かれて、ばいーんとした胸元とビキニアーマーが見えている。

 彼女は柿渋色の巻き髪をぐしゃぐしゃにして、伏せた頭をかかえて叫んだ。

「ブラッシングて!」

 なんだそれとばかりに心の中を少しぶちまけたこの美女が、大森林の間際の町で冒険者ギルドを預かっているギルド長その人だ。

 ギルド長は苦悩していた。気の毒に。多分だけど、苦悩の原因は我々だ。

 私たちは冒険者ギルドの中にいた。

 ブルッフの種と親分の抜け毛を売るのが目的だ。

 そのためターニャたちとは一緒に戻ったが、薬売りの男は大森林で別れた。

 そろそろ薬を売り歩かないといけないし、さすがに森から出るとサボりの言い訳もできないらしい。男はすごく名残おしそうに、たもっちゃんのおやつと別れを告げていた。

 森から戻ってギルドに着いて、いつもみたいに窓口で引き取ってもらおうと思ったらテオとターニャに止められた。

 十や二十本ならば、ともかく。それでもグランツファーデンの素材としては多いが、我々が持ち込もうとした毛のかたまりはちょっと何本になるか解らない。

 一本銅貨十枚だとして、それがいっぱいもじゃもじゃと。正確な数と値段はちょっと面倒なので確かめてないが、買い取りがそこそこいい額になるのは確かだ。

 これを窓口で出してはいけないそうだ。規則ではないが、なんかそう言うものらしい。

 高額素材の買い取りについては、さすがAランクと言うべきか。慣れた様子でテオが窓口に申し出て、我々は別室に通された。

 そして言われるままテーブルに素材をぽいぽい並べるなどして、ちょうど手が空いていたらしいギルド長の頭をかかえさせることになったのである。

「グランツファーデンは難しいのよ。死なせてしまえば、素材に価値がなくなってしまうから。それを、毛束の塊でって」

「親分の背中、広かったです」

 疲れたようなばいーんとした美女に、私は大切なことをキリリと伝えた。

 買い取り交渉は難航した。と言うか我々のぶんに関しては、ちょっと保留と言うことになった。

 ギルドの買い取り価格は大体固定で決まっているが、今回は持ち込んだ量が多くて予算が少々心もとないらしい。大森林はこれから狩りや採集のシーズンになるので、ここで貯えを放出してしまうのは避けたいとのことだ。

「幸い、グランツファーデンの素材がないか打診を受けている客がいる。そちらと直接交渉するのではどう?」

「いいんですか?」

 確か、冒険者ギルドの規則ではギルドを通さず冒険者が直接現金で取り引きをしてはいけないはずだ。大森林の中は別だが、それは特例だった気がする。

 たもっちゃんが問うと、ギルド長は長い髪をくるりと揺らしてうなずいた。

「冒険者ギルドが承認し、ギルド職員が同席すれば問題ない」

 ただ、ギルドや国へ手数料や税金を別に払う必要があるそうだ。

「なら、こちらも問題ありません。あ、でも少しならすぐ買い取ってもらえます? あと、ブルッフの種も」

「ブルッフの種は解るけど……グランツファーデンの素材も?」

 少しくらい減ったところで、大して変わりないだろう。

 ギルド長の疑問は当然だ。しかし、たもっちゃんはそうじゃないと首と手を振る。

「いや、ターニャ達の分だけ買ってもらえないかと思って」

 最盛期は秋だが、大森林は今も充分稼ぎ時なのだ。

 ターニャたちも早く戻りたいだろうし、長くなりそうなこちらの交渉に付き合うこともないだろう。

 そんな感じでメガネが言って、その気遣いにターニャとその仲間たちがはっとした。

「に……兄さん!」

 メガネ兄さんの誕生である。

 ターニャたちもまた、きんぴかの抜け毛を手に入れていた。温泉の周囲で彼女たちがせっせと拾い集めたものだ。

 温泉から親分が去ったあと、取りこぼした素材を集めるのを許して欲しいと彼女たちから頼まれた。

 抜け毛のかたまりはいっぱいあるし、必要ならそちらを分ける。一応私もそう言ったのだが、それは受け取れないとやけにきっぱり断られてしまった。

 冒険者を名乗る者として、プライドと言うものがあるらしい。

 だからターニャとミンディ、ロルフの三人は気高く凛々しい表情で、温泉の周りにしゃがみ込みちまちま落ちた抜け毛を拾った。

 その姿に、プライドの持ちかたって色々あるんだなと思った。

「兄さん、それと……ブルッフの実で作ったお菓子だけど……」

 ターニャとミンディがこっそりと言ったのは、ギルド長が客と連絡を取るように部下に指示している間のことだ。

「作り方を売ったりはしないのかい?」

「もちろん、兄さんの手料理は好きよ! でも、ほかでも食べられると嬉しいから……」

 もじもじ恥ずかしがるように妙齢の娘二人から言われ、おっさんはちょっとときめいたらしい。えっ、なにそれうれしいと、メガネ兄さんは完全にうまいこと転がされていた。

「話は解った。調理法を買い取ろう」

 ブルッフの実で作ったスイートポテト的なものを頬張って、ギルド長がキリッと告げる。

「あ、すいません。買い取りは無理です」

「か……価格は相談に乗るけど」

 話を持ち掛けたのはこちらだ。なのに買い取りを断られ、ギルド長が混乱しながらテーブル越しに体を乗り出す。

「いやー、レシピ出すなら利益上げないと怒られると思うんで。ローバストとかから」

「あー、事務長」

 納得がすごくて思わず呟き声が出た。

 ローバストの騎士より強い、文官のハインリヒ・シュヴァイツァー。あの人は、我々から税金を取ることが趣味だ。違う。仕事だ。

 今回のレシピも、買い取りだと金額は大きいが収入は一度だけ。これを著作権登録的なことをして使用料を取る形にすると、どこかで誰かが作って売るたび技術使用料が入る。

 どちらがいいかは場合によるが、事務長なら確実に収入が多くなるほうを選ぶはずだ。

 冒険者ギルド所有の魔道具などを経由して、一応ローバストに問い合わせると返事は「登録し、使用料を取れ」とのことだった。

 もしかすると日数的に事務長はまだ王都からローバストに帰り着いてないかなとも思ったが、なんかいた。多分謎馬の速度ではムリだから、騎士の覇者馬に乗っけてもらって急いで帰ったのかも知れない。

 とにかくこれで、方針は決まった。

 そもそもこのスイートポテトの作りかた自体、地球の誰かが考えたレシピだ。でもまあ僕らも、お金には汚いほうなので。ブルッフの実を使ったレシピを登録することにする。

 そんな私利私欲にまみれた事務長とのやり取りを終えると、すっかり夜になっていた。

 と言うのも、通信魔道具は電話のように相手を切り替えることはできないからだ。通信させたい魔道具同士に、互いに識別する魔法術式をあらかじめ織り込む必要がある。

 現にこのギルドからは直接ローバストの城に連絡は取れず、そのため一度、本部と言うべき王都の冒険者ギルドに通信を介して伝言を頼んだ。そこからローバスト支部に通信を伝え、現地のギルド職員がローバストの領主の城へ直接走った。職員ダッシュは別料金だ。

 返事はその逆の手順で戻されて、そこそこの費用ととにかく時間が掛かってしまった。

 そもそも、我々が今日ギルドに着いたのも夕方頃だった。温泉のある溶岩池を出発したのは午前中だが、そこから休息地を経由して町まで戻ると意外に時間が経っていた。

 とりあえず詳しい話は明日詰めようと言うことになり、今日のところは解散になる。

 この日、ギルド長は我々を冒険者ギルドの特別宿泊室に滞在させた。高額素材を持っているので、隔離されただけの気もする。

 一緒にトロールも泊めてくれるか心配だったが、特別室は完全に個室なので構わないそうだ。逆に言うと、一般客室には入れられないらしい。

「このギルドは獣族の利用も多い方だと思いますが、それでもトロールは駄目ですね」

 多分どこでもそうだと思う。

 我々を特別室へ案内しながら、初老っぽい男性職員はそう言った。

 ギルドの宿は安い。寝れるってだけだが、とにかく安い。我々も、町に行くと超使う。

 それがこれから使えない。ショックだ。

 その夜は、まだ実際には受けてない地味な金銭的ダメージをかみしめて眠った。

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