728 研究に邁進
我々がなかなか捧げものを持って行かないもんだから、待ちくたびれてひどい悲しいと失意のドラゴンが強大な体で空をおおい尽くす勢いで飛来した王都。
ドラゴンさんのもはや天災のような体が作る深い影に飲み込まれた街が、その巨躯のちょっと枕にされて潰されそうになっていたのはほんの数時間前のことになる。
しかし、エアストと冠される特別なドラゴンの出現によって広い王都の城からスラムまでまんべんなく走った衝撃とパニックは今や、なんや知らんがお祭り騒ぎになっていた。
我々は武者姫の指揮のもと、たもっちゃんやテオやフェネさんなどの男子らが脱落エルフを探しに行っている間、設営された宴会会場に捧げものとして用意され預けられていた料理をどんどん並べるお仕事をこなす。
と同時に、わいわい言って兵士がどんどん追加され、野営の装備か人が煮れそうな大きな鍋や大量の食材が持ち込まれ炊き出しのようなものが始まっていた。
王都の住人がこわごわと、しかし次から次にドラゴンを見物にやってくるので騒がせた詫びにと武者姫が命じて用意させていたのだ。
そうしたら、人が集まれば金が落ちると簡単な食べ物や小物やらの屋台がちらほら勝手に店を広げ、なんだなにが始まったのかとまたさらにどんどん人を呼ぶ。
さすがにドラゴンさんに失礼があっては王都の危機と、その身辺は騎士や兵士が厳重に守っていたのだが、その幾重もの筋肉の警備の肉壁に当たっては砕け、ちぎっては投げられながら、全然あきらめない集団があった。
それは躍動と言うにはのたのたと、上がり切ったテンションに対して運動量が少なすぎるはしゃぎかたをして、小さめに縮めた体で歓待を受け、たまにぱややと魔力の波をこぼしてしまうドラゴンさんにこそこそ忍びよる黒いいくつもの影だった。
「鱗を……鱗を……一枚だけでいいので……いや……やっぱりできれば二十枚くらい……」
「爪を整えたくはありませんか? 私が切って差し上げましょう。大丈夫。身は切りません。ちょっとしか」
「ちなみに、歯などが抜けるご予定は……?」
研究に邁進するあまり、人の心を自宅の玄関とかに置き忘れてきた錬金術師の集団である。なんかいつの間にかいた。
騎士や兵士に阻まれて崩れ落ちる同僚たちがそちらの注意を引く内に、ぼろぼろと取りこぼされた生き残りの錬金術師がドラゴンさんにはあはあとまとわりついてはその全身をなめ回すように観察したり、なんとか素材を手に入れようとがんばっている。
意欲は認める。
内容はひどい。
「ドラゴンさんの体の一部をあわよくば持って行こうとすんのやめてよお……」
普段から変態を身近に見ている私ですらも、ドン引く心が止まらない。
人類の言語を理解して意思疎通も可能な生物に対してのそれは、サイコパスなのよ発想が。
そうこうする間に萎縮していた筋肉ウサギの兄弟たちもそわそわと、盛り上がる宴会場の空気に触発されてじっとしている場合ではないと餅つきの準備をおもむろに始めた。
どうして。お祭りに餅つき、とても似合うと思います。でもどうして。
最近は、具体的にはアーダルベルト公爵家とかで自発的にもちをつき始めたりしていた筋肉ウサギの兄弟たち。
そのためきねや臼などの道具についてはもうキミら持ってなよとメガネからほぼ移譲された状態だったが、しかし肝心のもち米はいまだうちのメガネの担当で、あと、改めて確認してみるとそもそもの手持ちのもち米がもうそんなに残っていなかった。
もちつきイベントの危機である。
どうしたものか。なんとかならないか。
まるで村の祭りに青春を掛ける田舎の青年会のような真摯さで、筋肉ウサギの兄弟たちがウサ耳の頭を突き合わせうんうん言って悩んでいるところへメガネらがエルフを保護してよぼよぼと戻った。
最初はエルフに恩を売るきまんまんだったのに、なにをそんなによぼよぼしているのかと思ったらメガネはなにやらテオからの真っ当な人格否定がまだ尾を引いているらしい。
「エルフはね……まぁ……存在するだけでありがたいですもんね……俺なんて、その辺の寝室の壁とでも思っていただいて……」
「へりくだっているようでいて絶妙にキモいのさすがなんだなあ」
それでこそメガネ。なんかもうそれ感心しちゃうと、私は帰ってくるなりちょっとおとなしくしているようでいて絶好調の幼馴染にしみじみとした。
寝室の壁とか言われるとなんかもうだいぶ恐怖すらあるし、それでいて私の中のキモオタの部分がはちゃめちゃ「わかる」みたいにうなずいている。我々の業は、どうしようもなく深いのだ。つらい。
そうして、たもっちゃんが大空を疾駆するドラゴンさんの背中からぼろぼろ脱落したエルフを保護し、戻ってきたのはもうほとんど夜だった。
ここは一旦解散し、また明日――とは全然ならず、宴会はここからが本番みたいな熱量を帯びる。
これはもう、かがり火の元でエイヤアと、筋肉を駆使したもちつきである。なにが「これはもう」なのかは解らない。
たもっちゃんは、もち。もちつく。おれ、もちついてドラゴンにささげる。と、なぜかもちのイベント感に全幅の信頼を置き始めている筋肉ウサギの兄弟たちに囲まれながら、わっしょいわっしょいと相談されてうーんと悩んだ。
「餅、餅なぁ。糯米がさぁ、一応浸水させた状態では置いてあるんだけど、ちょっと残量が不安よね。もうあれかな。普通のお米とか足して、おはぎにしちゃおっか? こっちのお米粘りが少ないからあんまり向いてないとは思うんだけど、あれよね。俺達には片栗粉とかがありますもんね。専門のお店開く訳じゃなし、ネットの知恵の大体のアレでやっちゃいましょうよ」
いや、どうやら悩んでいるのとは違った。
思い付いたことを片っ端からつらつらこぼす、ただのメガネのいつものやつだ。
もちへの信頼を代用おはぎに置き換えられて、筋肉ウサギの兄弟たちは「俺達がやりたかったのはこれじゃない……」と少し悲しげにしていたが、不向きながらにほかほかと炊き上がったお米を臼ときねと筋肉でしっかりうまいこともっちもっちと半殺しにしてくれた。世の中、最後にものを言うのは筋力なのだ。
そうやって、もちもちと。
いい感じに潰されて混然一体の一歩手前になってきたお米を、比較的、手の辺りとかに毛がないタイプの人族がウロボロス焼きのためなどで備蓄していたあんこのようなものを内側に仕込んだり、ねっちり丸めたお米のかたまりを均一に薄く包んだりして次々と仕上げる。
なお、私は最初の一個のお米を手にした段階で両手がもちもちのべたべたになり、なぜか手の中にあったはずのおはぎ一個ぶんのお米がどこへともなく消失してから戦力外とされてしまった。
本当に、あのおはぎ一個ぶんのお米がどこに消えたのか私にも全く解らない。両手はとにかくべたべたとしている。
それで、半殺しにしたお米をうまいこと丸めた人員のところへ適度なあんこを渡して行くお仕事をしていたじゅげむと交代。
じゅげむはメガネやレイニーにまざって私がいた席によいしょと座ると、すぐにていねいな仕事でもちもちと手際よくお米を丸めて見せた。
なぜだろう。
子供の成長に涙が出ちゃう。
そう言えば、と思ったのは少しして、ちょっと余裕ができてきてからだ。
ドラゴンさんの出現で色んな人が集まってきたこの場には、実際の姫である武者姫と概念としての姫的存在の筋肉ウサギの長兄がいた。
これは姫と姫がついに顔を合わせちゃったなとそわそわしながら見ていたら、互いにどこか武士のような譲れぬ芯を持ち、そしてそれぞれ別の意味での姫属性を備えた二人は、しかし意外とお互い「あ、どうも……」みたいなよそよそしい会話をしただけで終わった。
それも、もっちもっちと製作し続け結構な量になってきたおはぎの配布に手間取って、武者姫がお付きの人々に手伝わせていいかとおはぎ製作の責任者ポジションに見えなくもないウサギの長兄に問い掛けた業務連絡のついでに、だ。
もっとなんか、目と目が合った瞬間にキュピピンと響き合うものがあるのかなと思っていたら、そうでもなかった。
「なんか……なんとなくがっかりしてる自分がいる……。姫と姫が出会ってなんらかの化学反応を起こして二人で変身して悪のなにかと戦い出すかと思っちゃった……」
「リコ、それは日曜朝の番組の見過ぎ」
そうそう互いに背中を任せられるバディは爆誕しないのよ。と、私をたしなめるようにしながらにメガネは「でも解る」と変に深い理解を示した。
ここでもうっかり業の深さで響き合ってしまう我々。罪深い。大きいお友達は異世界でも元気にやってます。
そんな複雑な思いで、私はおはぎを丸めるマシーンと化した人類にべちゃべちゃとあんこをテキトーに渡すお仕事へと戻った。




