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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
雪に埋もれて隠れた里とウサギともちともちつきと編
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724 すごく大事なこと

 肥料としてのフィンスタ素材を庭師の男性に言われるままにどさどさと王城の中でも王族や客の目には触れない裏手の辺りに納入し、それからもう一度サロンへと戻ると待っていた王妃様ともうほぼいるだけの武者姫から魔石の代価について話があった。

 やはり大きめの魔石であるので額が大きく現物支給にも限度があるため、感謝の気持ちとして王城の料理人が日々みがきを掛けている高貴なるマロングラッセを多めに用意してくださった上、後日ギルドとローバストを通して代金を支払ってくれることでまとまる。

 税の関係で冒険者である我々がギルドを通さず現金収入を得てはいけない決まりがあった。そのためにギルドを通すのは解ったが、どうしてローバストも通すのかなと思ったら我々はローバストの領民的なあれだったらしい。

 あれか。家があるからか。

 クマのおばあちゃんに住んでもらってる、あの村の。

 いや、それとも某事務長の利害と言う名のご好意によって貴様らは移民。移民だな? おとなしく移民と言うことにしておけ。みたいに強引に偽装してローバストに籍を作ってくれたみたいな話のあれだろうか。

 もうなんか、その辺の感じは割と異世界最初のほうでもうなにもかもうっすらしてて全然覚えてないけどもそんなこともあったような気がなんとなくする。

 あとこれは、そんなもはやまぼろしのようにおぼろげな記憶よりぼんやりとはかなく、寒い冬の朝の吐息くらいにふわっとした感触を覚えたことだが、ローバストの事務長について考えたついでに、なにか、なんかこう。すごく大事ななにかについて思い出しそうになって、でもそれがなんだったのかはっきりとつかみ取る前に白い吐息があっと言う間に空気に溶けて形も色も解らなくなるみたいに影も残さず消えてしまった。

 なんか、すごく大事なことだった気がする。もう全然思い出せないけども。

 大人とは、少しずつ失い続けながらにようよう生きる悲しきなにかなのだ。

 こんなに忘れるのは私だけの特性って可能性もあるけど。でもメガネ。お前も私の同類なのは解ってるからな。

 そうこうし、錬金術師の集団からは全体標本が手に入らないのは残念だったが、これはこれで。とか言いながら肥料用に確保していたフィンスターニスの死骸の一部を少しずつ持って行かれ、それはそれとして今回お譲りした魔石に関しては王妃様とこれから身分を越えたゴリゴリの奪い合いを始めるみたいな話を聞かされた。

 我々は、大体休眠状態にある危機意識がめずらしく働き、どちらの味方もしないと言う、この場面では唯一の最適解を導き出してことなきを得た。危ないところだった。

 これから収集癖のあるマニアたちとの一戦を控えるらしき王妃様は、なぜか私の両手を優しく包んで自らのほうへと引きよせて、愛らしい瞳をうるうるさせて「またいらしてね。体には気を付けるのですよ。この国にとって、大事なかたなのですからね」などと重ためのお言葉をくださった。

 なぜだろう。

 私を見ているようでいて、小動物のように愛らしい王妃様の瞳は強靭な健康が付与された保湿ケアシリーズを見据えているように思われてならない。


 王妃様からは保湿クリームやメガネがカッとなって開発したスプレーにスゲーヘチマからどうこうして作った化粧水を詰めたものなどのいい感じの保湿ケアシリーズについて、直接の発注はなかった。

 ただうるうると、愛らしく気遣われただけである。

 しかしそれは恐らく伏線で、王妃様と武者姫が名残を惜しみつつサロンを退出したあと、戸口から顔を半分だけ出した王様がきた。

「あの、クリーム。顔に塗る。あの、いいやつ。ある……?」

「王様意外と苦労してるう……」

 なんとなくだが顔半分でおずおずと、こっちを見ているこの国で一番えらいそこそこいい年の紳士の姿に、そんな強い確信を持つ。苦労してるう。

 貴婦人が、それも、溜息一つで平民の首が飛ばせなくもない権力強めのご婦人が、目下の者にわがままを言ってはいけないらしい。

 えらい。

 その自制心、晩年まで失わずいい感じの賢君とその伴侶として歴史に名を刻んでもらいたい。

 まあ言うても愚かなる人間の世界。貴族の中にはやりたい放題の派閥もあるが、それはだいぶアレなので月のない夜とかには外もおちおち歩けないそうだ。因果応報の暴力性が高い。

 そこで愛する妻子に代わり、ちゃんとした契約の形で王様が保湿ケアシリーズの発注にわざわざやってきてくれたようだ。

 愛する大切な妻子のため、そしてその妻子から特にちやほやされるため。

 このくらいはなんでもないとキリッとしながら王様は、どことなく不満とかじゃないけどちょっと疲れたお父さん感があった。

 家庭とは、なんやかんや悲喜こもごものやつなのだ。私は独身の急先鋒なので、大体のテキトーに言ってるが。

 この件の納品については、こんなこともあろうかと多めに作って備蓄していた保湿クリームなんかをもりもりと差し出し、ギルドを通して代価を振り込むと言う証書をもらって売買契約の完了。

 ありがとね、またきてね。みたいな感じで王様に見送られて王城のサロンをあとにした。

 その前に、めずらしい氷もありがとうねと、大森林産のめずらしい氷が回り回って口に入っていたらしき王様からなんだかほめられた。我々はギルドに納めただけなので献上した訳ではないのだが、ほめのチャンスは細かく見逃さずちゃんと口にする王様。えらい。取締役のかがみ。

 そうしてもろもろ用事を終えて、王城勤めのキチッとしたメンズにぴったりくっ付きもう何度かおジャマしてるのにいまだ右も左も解らない道を城門まで案内されている途中、完全に見たことのある割と最近年の離れたかわいい妻をもらったクマのようにどっしりとした騎士が「お越しだと聞いて、挨拶だけでも」とわざわざ待っていてくれて、マジで挨拶だけして去ろうとするのをメガネと私が躍り掛かるように引き留めて王城の騎士のための制服のポケットと言うポケットにぎゅうぎゅうと保湿クリームの容器やちょっとしたおやつをねじ込むなどしておいた。上下をしっかり確認し布でぐるぐるにはしてあるが、異世界の容器、ちょっと密閉が甘くて不安が残るのでそっと歩いてと念入りに頼むと大きな体で恐縮しながらお礼を述べて、めちゃくちゃすり足で帰って行った。素直だった。

 それでなんとなく興に乗ってきてしまい、せっかくだから隠れ甘党にも差し入れに行こうぜと言う話になった。悪ノリである。

 我々を城門まで送るだけの簡単なお仕事だったはずのメンズに、王城の中でテオのお兄さんとその部下が詰めているらしき辺りまで案内を強要。

 きちゃった! などと言いながら、たもっちゃんや私が手持ちの甘いものや中性脂肪と血糖値を無罪にしてくれそうな体にいい草のお茶をこそっと横流し。騎士と言うものにあこがれに近いものをいだくじゅげむが「これもこれも」と大森林で見付けて集めていたらしいなんかぴかぴかするかっこいい石などを横流し品でいっぱいの箱にせっせとまぎれ込ませている一方、テオとその実兄であるアレクサンドルがいつもの感じでバチバチし掛け、しかし今日はだいぶむくれているフェネさんが「つまの兄? そうだっけ!」と無邪気にアレクサンドルに飛び付いて、「ねー、聞いて! つまひどいの! 兄、ちょっと言ってやって!」とキャンキャン苦情を訴えてとりあえず兄弟ゲンカの空気がそれどころではなくなった。

 これが小動物の癒しの力。違う気もする。

 自称神たる毛玉の獣で貴人に対してアニマルセラピーを実施していたと獣本人から情報提供を受け、お前、それは……と、さすがの兄もものすごくドン引きでじっくりと正当な理由で弟に長めのお小言をくどくど浴びせた。

 それはそう。

 だってフェネさんああ見えて、本当に神かどうかは知らんけどとりあえず暴れられるとやべえからなにとぞ一つと村人に泣き付く感じで神へと祭り上げられたなにかなのだ。

 矮小なるにんげんからすれば、扱いには慎重を要する大いなる存在。

 いや……我々、ちょっとそう言うの忘れててただもふもふとした小型犬みたいな扱いしちゃうけど……。

 長く生き、神を自称できるくらいには得体の知れないなにかだから……。

 そう考えるとしみじみと、我々は日々危ない橋の薄氷を叩き割って渡るなどしている。……だとしたら叩き割ってるから手遅れだなこれ……我々はいつも大切なことにあとから気付く……。なるほどね……。

 そんな変な納得を胸に、まるで我が家のようにナチュラルにアーダルベルト公爵家へ戻ると、公爵家の騎士らに誘われしゅばばばと残像しか見えないはちゃめちゃな速度で鍛錬場を跳ね回る筋肉ウサギの兄弟がいた。

 兄弟たちはえらい貴族とそのお屋敷の雰囲気にいまだガチガチに緊張はするが、筋肉で語り合うならまた話が別の様子で、だいぶ張り切って楽しそうだった。なにより。

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