723 プロの判断
決して、決してそんなつもりで子供やトロールにおやつを積み上げた訳ではないのだが、大きめの魔石は貴重であるのでもしも差し支えなければ譲って欲しい。対価は用意する。
でも決して、決してそれを目当てにしていた訳ではないのだが。
王妃様のほうからは、周囲と相談の上で言い訳多めにそんな申し出があった。
お譲りするのは構わないし、そんなつもりでなかったのは解る。
策略を疑うにはあまりにも、王妃様は明らかに金ちゃんの暴食を愛しすぎていた。
そうして、フェネさんがお庭壊してごめんなさいとうるうるしているじゅげむからバレーのボールほどもある大きめの魔石を受け取って、王妃様は少しはっとした。
王妃様は自らが手にしたごつごつ丸い大きめの魔石を痛ましく見詰める。
「こんなに傷が……さぞ大変な戦いだったのでしょう……」
まるで目に浮かぶとでも言うように、はちゃめちゃしんみりねぎらってくれた。
ありがたい。その思いやり、大事にして欲しい。
でも多分その魔石に細かく付いたいくつもの傷……巨大魔獣のフィンスターニスを倒す過程とかではなくて、そのあとで金ちゃんがなんとかかじれないかと格闘してた歯形とかですね……。
我々――たもっちゃんやテオやレイニーや私や、恐らくじゅげむも瞬時にそう思ったが、我々も大人だ。空気くらい読める。
じゅげむは子供だが、なんなら誰より、テオくらい読める。
なので我々はその点についてはキュッとした顔で沈黙し、「アッ、ハイ」と、風に揺れる赤べこめいて軽薄にそよそよとテキトーなうなずきを返しておいた。
それから、魔石の謝礼をどうしましょう、と王妃様がおっとり優しく首をかしげて考えるところにわあわあとドアが開いて黒い奔流が飛びこんできて、「前の魔石は国宝にするからと使わせてくれなかった! 今度のは実験試料にするべきだ!」と不敬いっぱいに黒いフードに身を包む錬金術師の集団があわわわと、けれども主張は強めに叫んだり、それらが室内になだれ込んでくると同時にさっと立ち上がり身構えた姫が「なにごとか!」と一喝する声で錬金術師の訴えと魂がふわあ~っとだいぶ消し飛びそうになったり、どこまでも凛々しい若武者のような一国の姫をその母である王妃様が「騎士の役目を奪ってはいけませんよ……」などと、どこか悲しげにたしなめたりした。
武者姫は誰よりも早く、誰よりも前で王妃様や侍女を背中にかばう姿勢を取った。常在戦場なのである。
サロンの中と外にも警備の騎士はいたのだが、わちゃわちゃとなだれ込んできたのは黒光りして不気味なほかは即座には害のない錬金術師。
そのためか、あんまり大げさには動かなかったようだ。プロにはプロの判断があるのだ。多分。
もしかすると全然そうじゃなく、騎士として姫に先を越されたことにあとから隠れて泣いたりするのだろうか。知らんけど。
こうしてだいぶ訳の解らないわちゃわちゃとした騒ぎになって、その原因である錬金術師の集団はしかし、特になんの反省もなくカサカサと王妃様や我々にどこまでも研究本位の要求を並べる。
「どうしてだ。どうしてフィンスターニスを丸ごと持って戻らない?」
「そんな心底不思議そうなことあります?」
いや大きいじゃん、あれ。そんなひょいひょい持って帰れるもんではないじゃん。と、私はアイテムボックスのことを忘れて思ったが、錬金術師にはそんなのは些末な問題らしい。
「やる気の問題だ」
「そう、どうしてやらない?」
「なぜ」
「すぐそこに幻の魔獣が標本にしてくれと転がっているのに、どうして放っておける?」
「嘘でしょキミらそんな感じで根性論とか出しちゃうの?」
もっとも縁遠いやつじゃない? 文系だか理系だかは知らないが、なんかこう、錬金術師の雰囲気的に。これはあれだな。貴重な標本が入手できればなんでもいいんだな。
しかしさすがにフィンスターニスも死後、自分を標本にしてくれとは言っていない気がする。ほら、もう死んでる訳ですし。
キミら自分の主張を通したいばかりに主語を大きくしすぎるのホントよくないとこだぞと、ついマジな感じではさんでしまった私の意見は自分たちの言いたいことはなにもかも全部浴びせてくるのにこう言う時にはすぐ解散してしまう協調性のなさすぎるとても他人とは思えない錬金術師らの誰も拾おうとしなかった。ひどい。親近感とか覚えちゃう。
代わりに、黒い錬金術師の集団の中の誰かが話と交渉相手を変える。
「王妃様、すぐに行きましょう。幸い、冬です。まだ死骸の状態もよいはず」
当然のように巻き込んでくる錬金術師の傍若無人に、王妃様が「えっ」と思わず声を上げ、それからあわててレースで飾った扇を広げて口元を隠す。
貴婦人として、うっかりらしからぬ声を出してしまったらしい。
だが、それも仕方ない。
王妃様もまさか、自分まで魔獣の死骸回収に連れて行かれるとは思ってもいなかったに違いない。また実際に、王妃様は魔獣の死骸回収には行かない。
一方で、私なら、私なら行くのに。みたいな顔でそわそわしている武者姫の周りは、黒いフードを目深にかぶった錬金術師の集団にカサカサと距離を取られてドーナツ状の空間ができていた。
わかる。武者姫はいるだけで勢いがある。あまりに光の波動が強いので、自然と光源から外に向かって倒れ伏してしまうそうな時がある。わかる。
それか、錬金術師も自由に見えて宮仕え。
えらい人かなんかから、姫を悪い遊びに誘ってはいけないとでも一回じっくり怒られているのかも知れない。あり得る。
そんな中、「あ、でも」と声を上げたのは騒がしいのにあわわわとなにかに追い立てられているような錬金術師の集団にずっとぐいぐい迫られていたメガネだ。
「ごめん。今回のフィンスタさんも肥料になると思って、だいぶ崩して持ってきちゃった」
だから標本にはなんないと思う。と、たもっちゃんは説明しようとしていたのだろう。
けれども、そうするより先に、すでに混沌としているサロンとその外に広がるお庭とを大きくつなぐ掃き出し窓に新たな人影が現れた。
その人は堂に入った中高年のおもむきで、頭に薄汚れた布を巻き、王城と言う場所柄かそれなりに気を使った野良着に身を包む。
全体的に土で汚れた感じを見ると、きっと庭師なのだろう。
我々がその存在に気が付いた時にはすでに、彼はふらふらと引きよせられるみたいに窓の外でぼう然としていた。
「肥料……? フィンスターニスの!」
そして動揺の大きさそのままにほとんど叫ぶみたいにそう口走った男性は、がっしり大きくぶ厚いその手にぐんにゃりと見覚えがとてもある白い毛玉の自称神を逆さまにぶらんぶらんと確保していた。
あまりにも扱いが雑すぎて、逆に納得が深まってしまう。
フェネさん、だいぶやらかしたんだなあ……。
実際、フェネさんはやりすぎたのだ。
なによ! 我が素敵な神だからって好き勝手にかわいがっていい訳じゃないんだからね! なとど自己肯定感だいぶ高めに抗議して、王城の庭を駆け回り植物には厳しい冬と言うのにうまいこと華やかに整えられた草花や樹木をちょいちょい痛めると言う罪を犯した。
それはもう、謝罪と賠償をするほかにない。
あとこれはちょっと余談になるのだが、武者姫だけでなくこれまでにアーダルベルト公爵などのテンションが怪しい時にアニマルセラピーのような便利な感じで自称神たる獣を差し出してきた妻たるテオも、深く深刻に反省したようだ。
もはや蒼白と言うほかにないような顔色で、もう二度と夜のお店でキャストのレディに優しくベタベタ接客されても高いボトルやフルーツ盛りを頼んだりしないと誓わされるメンズのような勢いでとにかくずっと謝っていた。めずらしくテオが一方的に悪い。
そのほど近くでは我々も、王城の主は王と王妃ではあるのだが、その庭を完璧に整える庭師に対して直接深々と頭を下げていた。
頭くらいで済むんだったら全然下げる。
そこに我々のプライドなどない。なにが大事かは人によるのだ。
そして、フェネさんが大切にされていた植物に被害を出したのは明らかな過失だが、その賠償としていい感じの肥料になるらしいフィンスターニスの素材を提供することになると庭師の男性は急に挙動不審になった。
「い……いいのかい? そんないい肥料を……? 本当に……?」
一体なにがそうさせるのか。
庭師はあまりにもはあはあとしていた。
まるでエルフから私物でももらえると言われたメガネみたいなヤバさを感じる。エルフは防犯意識が高いので変態に私物を与えたことは恐らくないが、めちゃくちゃ簡単に想像できた。私には解る。変態は業が深いので。




