719 筋肉ウサギの長兄
ひょんなことから我々にずぶずぶと関わることになってしまった筋肉ウサギの兄弟たちの、頭脳担当の長兄は兄弟の中で一番小柄で愛らしく、その装いがだいぶなんらかのサークル内における姫感があった。
ブルーメにおいては本物の姫が若武者なので、姫の定義については触れないものとする。
確かに、筋肉ウサギの長兄が趣味で着ているふりふりとした服は今、ほつれたり汚れたりでくたびれた様子が隠せない。
大森林でめずらしい氷を採ってた頃には私も気になってはいたのだが、なんか色々ある内に見慣れ、もはやそれで普通みたいな感覚になってしまっていたのだ。よくない。反省である。
筋肉ウサギの長兄は趣味でかわいい格好をしている。その装いが生活の内に理想からどんどん離れてしまうのは、内心で悲しみをかかえていたのかも知れない。
それをできるメイドらが敏感に察知し、どうにかしようとしてくれたらしい。かわいいウサギの長兄も、いやそんなでもなどと戸惑っていたが最後には申し訳ないがお任せしても……? と全幅の信頼をよせていた。
そこまではいい。
いや、我々がもっと早く気を利かせておけばいいのにって意味では全然よくはないのだが、敏腕メイドの服飾センスに我々がかなう訳がない。
だからその辺の不手際はそっと箱に詰めてフタをして横によせておくとして、けれども。
公爵家のメイドさんたちは、むきむきふりふりとしたウサギの長兄だけでなくさりげなくじゅげむも一緒に捕獲していた。
このことに、我々はどうしようもない危機感を覚える。
「なにか……我々が用意したじゅげむの服に、なにか不備が……?」
我々、保護者に不適格ですか……?
思わずそんな不安に震え、じゅえむを捕らえたメイドさんの集団をあわわわ言って追い掛ける。
しかし、これはすぐに誤解だと解った。
ただし誤解が解けたのはメイドらに批判の意図などないと言う点だけで、我々が子供の養育者としての適正については本当に誤解かどうか解らない。不安。
ともかく、筋肉ウサギの長兄とじゅげむを捕獲して、そしてそのあとをあわわわと追い掛ける我々を引き連れたメイドらがいそいそと入った大きめの部屋には、山ほどの生地やリボンや飾りの付いたボタン。
それから、どう見ても子供サイズにきっちり仕立てた服などが何着もあった。
服についてはアーダルベルト公爵がじゅげむのためにいくつか作らせていたもので、ウサギの長兄を飾り立てるどさくさに紛れて公爵の仮想孫たるじゅげむにもおめかしさせたろと思ったらしい。
たもっちゃんと私の口からは、思わず言葉がこぼれ出る。
「もうこれ、おじーちゃんじゃない……?」
「おじーちゃん……孫の服は勝手にすると親世代ともめるから……おじーちゃん……」
公爵、なんか知らんがすきあらばじゅげむのおじーちゃんムーブ出してくる……。
めずらしくも我々から「公爵さんさあ……」とあきれられる側に回った公爵は「だって可愛いと思ったんだもん。もう作っちゃったもん」みたいなことをキリッと言って、結局は公爵の思うまま明らかに仕立ての上等な服をじゅげむにとっかえひっかえ着せ替えた。
私には解る。公爵の中のおじーちゃん、だいぶご満悦だった。
その一方ではアーダルベルト公爵家の特殊性により、滅多に客も訪れず、きたとしても我々で、主人は見目麗しいけれど男子であるのでお着替えなどのイベントは執事らが担当。出番がなくて意欲とセンスを持て余していたメイドらに筋肉ウササーの姫である長兄が力の限り念入りにこねくり回されていた。
と言っても、ウサギに似た獣族――ハーゼ族に合わせた服などはさすがに公爵家にも用意がなかったようだ。
ベルベットのようになめらかないい感じの毛皮を持っているだけでなく、やはり体形も我々とはだいぶん違う。
そこで優秀なるメイドらはフリルやリボンをふんだんに使い、時にちくちくと布地を体に合わせた状態で縫い、あっと言う間になんかそれっぽい服のように仕立てた。あまりにも技術。
脱ぐ時は糸を解いてしまうそうだが、なにやらふりふりぴかぴかとウサギの兄者の愛らしさを存分に引き立てているように思う。
兄者も元々かわいい顔をもうなにも隠せず「はわあ!」とさせて、胸いっぱいのときめきに毛と言う毛が輝き、全身から歓喜があふれているかのようだ。
これには腕を振るったメイドらも「どうだ」とばかりに満足げだった。
ついでに筋肉ウサギの弟たちや、ビート。完全に今さらなのに逃げ切れなかった我々の首にふわふわとした幅広のリボンがささっと巻かれ、ちょうちょ結びにきゅっとしてみんなおそろいに飾られてしまう。
ウサギの兄者に比べると雑だが、今日のところはこれで勘弁してやろうみたいなメイドたちの手心を感じる。
なお、いつの間にか仕立てられていた子供服を装備して誰よりもフォーマルに仕上げられたじゅげむによると塾のため公爵家を訪れた時にちょくちょく知らない紳士が待機して、腕やら肩やら背丈やら首回りや股下などなどの個人情報をささっと収集されたことがあり、なんでかな。と思っていたと言う。
それだあ……。
そんなこんなで金ちゃんやフェネさんやレイニーやテオを含めて首元のおリボンで飾られた我々は、ある種の異様さをかもしつつなんだかんだでにぎやかに公爵家でお夕飯をもりもりとごちそうになった。
テオは空気を読みすぎているだけだが、鷹揚なるトロールや我が家の天使は公爵家で出るいい感じの肉のためならこれくらいなんのことはない。みたいな男らしさをにじませる。気持ちは解る。いいお肉大好き。
自称神たるフェネさんにいたっては少々違い、「我、素敵な神だから素敵にしたくなるわよね!」と持ち前の自己肯定感でにんげんの行いを受け入れてくださっていた。神たるものはおおらかなのだ。
そんな豪華かつにぎやかな夕食の途中では、なぜだか感極まってしまったビートが「姐さんたちのことよろしくっすー!」などと叫んでアーダルベルト公爵に抱き付こうとして、身辺警護に抜かりない騎士らにバインと弾き飛ばされるなどした。頼もしい。
で、翌日。
お屋敷でのお泊りはマジで勘弁しておくれよと、様々な遠慮と不安と恐怖によってちょっと涙さえにじませた筋肉ウサギの兄と弟たちによる必死の訴えで公爵家裏手の鍛錬場に持ち運び式エルフの古民家をぽいっと出して、ぐっすり眠って目覚めてみればビートだけがいなかった。
どうして。
こんなピンポイントでいなくなることとかあんのかよマジで。
いや、ほかの誰がいなくなっても心配ではあるのだが、でもよりにもよってビート。
我々の知らないところでなんか訳の解らないトラブルに巻き込まれたり、または自分から巻き起こしたりして居合わせたちゃんとした人とかに迷惑を掛けたりしていないだろうか。ものすごく目に浮かんで不安がすごい。
「ビートぉ! ビートどこぉ?」
「ビート! 公爵さんちで前歴持ちが勝手に徘徊はまずいよお!」
実際に薄暗い前歴があるかどうかはよく考えたら知らないが、我々の出会いがスリとそのカモと言う関係性だけになんかいないと解った時の緊張感の走りかた。すごい。
起き抜けすぎるぼっさぼさの状態で、取るものも取りあえず我々は持ち運び式古民家を設置している公爵家の鍛錬場へとまろび出た。
そしてビートを呼ばわりながら、あわわわと散らばりその辺を探す。
リッチな知り合いのお屋敷でいらんことしてくれるなよ。と、祈るような一ミリの信用もない不安が我々をむやみにわちゃわちゃさせた。
と、その騒ぎに飛んできたのは公爵家を守る騎士たちだ。
まだ朝も早いと言うのになにやらちゃんとした格好で、「落ち着け!」と我々をたしなめる。
「あの男なら夜明け前に迎えがきた。……いや、あれを迎えと言っていいものか判断に迷うが……」
「えぇ……何それ……」
「なにがあったの……なにが……」
辺りは朝を迎えて明るくて、だから夜明け前のことならもう結構経っている。
それでもいまだに新鮮に困惑するみたいないかめしい騎士に、我々も「ええ……」と大体の感じで困惑を深めた。
とりあえず一緒にあわててくれたテオや筋肉ウサギの兄弟たちと一回エルフの古民家に戻り、もそもそと着替えたりしてからレイニー先生の前へと並び、猛烈な勢いかつ徹底的な衛生観念で強めに洗浄魔法をキメてもらって準備して、詳しい話を聞くためにアーダルベルト公爵が設けてくれた朝食の席へとお呼ばれ。
もう本当になにも解らないのだが、そこにはなぜか我々の偏った信頼を集めるヴァルター卿とそのご子息もいた。




