718 投げやりな打算
雪山である。
隠れ里があったのは山々に囲まれた低い盆地だったので、雪山と言うべきかどうかは知らないが。
とにかく、雪深い山に囲まれた文明から孤立したような土地である。それはもう、位置を知ってて慣れてるはずの地元の隠密も遭難する勢いの。
今年は特に雪が多くて大変で、これで現地解散はどう考えても人として想像力がなさすぎてひどい。
たもっちゃんもさすがになけなしの気遣いを見せ、自慢の空飛ぶ帆船をなんらかの収納魔法と見せ掛けて出し、ほどよい所までお送りしますと申し出たほどだ。
船を自慢して隠密たちを「ふええ」と言わせたかった気持ちもまあまあだいぶあるような気はする。
我々の身勝手なジャパニーズドリームでもちつき要員として連れてこられた筋肉ウサギの兄弟たちはもちろん、秘密主義で用心深い隠密たちもおとなしく乗船。
出会った頃よりむきむき回復してきてはいるが、隠れ里に隠されていた傷病者と子供を連れて雪山は厳しいと判断、したか、なんかもうなにもかもどうでもいいんだな。と、やたらとおとなしい隠密の様子に私は勝手に共感を深めた。
が、この無抵抗の裏では隠密の魔道具で連絡を取り合った彼らの本部かなんかみたいなとこから「もういいから乗ってしまえ。そいつらマジでどうにもなんないし、隠れ里も放棄する。見逃してやる格好にして、価値のない情報で国にも貸しが作れるかも知れん」などと言う、投げやりな打算を全開にした雑な指示が出ていたようだ。
それを我々がなんとなく知るのは、船で雪山を脱出し、町と言えるほどではないが文明の気配をうっすら感じるほどよい辺りで隠密一族をぞろぞろおろし、できればもう関わりたくないが受けた恩は誰かがその内とか言われながらにお別れし、数日ののち。
空飛ぶ船で気分としてはのんびりと、速度的には割と高速移動して王都に着いてからである。
そして、当然のように。
また実際に当然としか言いようもなく、我々の保護者的なたたずまいあふれるアーダルベルト公爵に別になんの用もないのにただ顔を見せるため、我々は王都の中でもだいぶいい立地にあるらしいそのお屋敷を訪れた。
しかし、よく考えたらウサギのもちが食べたいがためにうっかり隠密の隠れ里を見付けてしまい、結果としてその情報は無価値となりはしたもののなんとなくこれまでも気を使わせていた雰囲気がだいぶなくもない隠密との関係に一瞬緊張を走らせた件は、そもそも改めてみんなで報告相談しなければならない案件だったような気はする。
だが、少なくともこの時点の私にはそんな意識などなにもなく、ひたすらにいつものように遊びにきただけの感覚だった。
大事なことをすぐ忘れずに危機意識を持って生きてみたいと思ってはいる。
で、メンバーとしてはいつもの我々たるメガネにテオにじゅげむにレイニー、フェネさんや金ちゃんなどの人外に私。
あとは完全に引き際と下船のタイミングを失ってまた訳も解らず連れてこられた筋肉ウサギの兄弟たちに、隠密たちは早々に途中でおろしたはずなのに、なぜか一人だけしれっと残ってた某ビートだ。
「いや姐さんたちがこんな大貴族様と知り合いってなんかの間違いかと思ってたんすけど、マジだったんすね!」
「姐さんはやめよう」
ビート、大貴族であると言うだけでなく視覚的にも輝きしかないアーダルベルト公爵の前でもマジビート。
なぜだろう。
不思議と親近感がある。
場所は公爵家の中にある、いつもの豪華なサロンの中だ。
けれども、押し掛けた人数が多いためだろう。室内にはソファやテーブルがいくつか追加されていて、普段より人も家具も密度が高い。
そのソファにさあさあどうぞと座らされ、毛の一本たりとも落とす訳には行かないみたいな悲壮な緊張感を見せているのは筋肉ウサギの兄弟たちだ。毛足の短いなめらかな毛皮でおおわれて彼らの顔色は全然なにも解らないものの、かもす空気が蒼白で「終わった」みたいな感じがすごい。
対して、ビートはどこまでもビート。あまりにも強い。
と言うかなぜビートがここにいるのかは、本当になにも解らない。隠密一族のほかの仲間と一緒に船をおりたと思っていたら、しばらくしてから船の荷物の合間から出てきた。
本人は、「姐さんたちがヘタなこと言って回らないようにと、恩返しっす!」などと供述していた。
ヘタなことと言うのはほぼ確実に、隠密関連のことだろう。
正直なところ、とても解る。その不安。
我々が迷い込んだ隠れ里に関してはすでに撤収が済んでいるのでその情報は無価値だが、ほかにもなんかそうとは解らず大事なことを知ってしまっている可能性もある。我々には大事なことは読み逃すのに見ようと思えばなんでも見える、ガン見のメガネと言うリスク要因があるのだ。
それに、秘密主義で危険の多い隠密が一族の弱い者を隠して集めて守っていると言うこと自体、外部には極力知られずにいたほうがいいようにも思う。これは私が大体で想像するだけなので、妥当かどうかは知らんけど。
だから、隠密が我々に監視を付けるのはムリからぬことではあるのだが、それが我々を隠れ里へ引っ張って行ったほかならぬビートであること。
加えて、なんか知らんが恩返しっすと張り切ってしまっているビートの姿に、大いなる不安を覚えずにはいられない。
大丈夫なのか、その役目は貴様で。
そんな、お前がゆーなと反論されてもあんまり強く否定はできない我々のそわそわとした心配をよそに、ビートは初めておジャマするアーダルベルト公爵家――そしてそのお屋敷の豪華なサロンで、主人たる公爵を相手に腰掛けたソファから身を乗り出すほどにだいぶ絶好調だった。
「姐さんとの出会いはダンジョンの町だったっす。あの頃の姐さんはまだ駆け出しの冒険者丸出しで、今より全然頼りなく……いや……今も……そんな変わんないすけど……」
「ビート、どうした。急にそこだけ勢いなくしたりしなくてもいいのよ」
お前今の今までどうでもええこと聞かれんでもべらべらしゃべって公爵さんにまだバレてなかった数少ない秘密とか暴露しとったやんけ。その勢いを思い出せ。
まあ、その秘密の内訳はダンジョンの町の屋台で買い食いしようとしてた私がいきなり肩に掛けてたカバンごとすられたとか、ダンジョンで落とし穴の洗礼を受けて負傷――したビートの姿に我々がきゃーきゃー言って完全なるパニックを起こしたなどのだいぶ細かい話だが。
このことに私は最初、人の失態を軽率にバラしやがってみたいな気持ちでいたのだが、よくよく精査してみると割とビートが自分の身を削って話題を提供している可能性もある。
私のカバンをすったのも、ダンジョンで落とし穴っつうかダンジョンモンスターが自由に掘って回った穴に勝手に落ちて舌噛んだのもあいつだ。
あれ、ホントびっくりしちゃったよね……こわ……。たもっちゃんも思わず、なぜかビートの治療代払ってましたもんね。
我々にしてみれば「そんなこともあったなあ」と言うような話だが、アーダルベルト公爵やじゅげむには自分たちが出会う前のことになる。
それが興味を引くのだろうか。つらつらとしたビートの話もなんか意外とおもしろいようだ。
また、たまにからかうような淡紅の瞳を我々にチラリと向けてくる公爵や「はわー」と話に引き込まれわくわくとしたじゅげむだけでなく、主人のそばに控えた有能執事や公爵家の騎士たちまでもがだいぶ耳を傾けている。
大体いつも公爵をおそばで助ける執事に加え、騎士たちの姿もあるのは我々が知らない人間をぞろぞろ連れてきたせいだろう。
だから彼らは主人を守るため、大切なお仕事中である。なのに、不思議だ。キリッとした騎士らの真顔から、どう見ても笑ってる空気がにじみ出す。
ビートのトークがそこそこ受けて、なんとなくくやしい。
そうして話はビートと出会った頃のことから先日再会した辺りへと移り、また地中からズゴゴと出てきたフィンスターニスを討伐したくだりでは公爵やその周りの人々に「……あれは、そんなに出会う魔獣ではないんだ……」などと言われつつわいわいとして話し込み、ごはんの時間――になる前になぜか筋肉ウサギの兄弟たちの長兄とついでにじゅげむが公爵家のメイドたちに捕獲されてしまった。
「どうして」
「お召し物をご用意いたしますので」
やわらかく、しかし譲らぬと強い姿勢のメイドさんが語るには、公爵家の晩餐にほつれた服ではやるせない。本人が気にしていないなら公爵様も構いはしないが、こちらはこだわりがある様子。そう言うの、メイド敏感。
とのことだ。できるメイドの気遣いだった。




