717 むしろ大歓迎
隠密の、秘匿されてた隠れ里。
今となっては跡形もなし。
ちょっと文字数がうまいこと五七五みたいになっちゃったなこれ。
まあこれはマジでビートが最初から言っていたことでもあり、そこへ追い打ちを掛けたのが地中から急浮上してきたフィンスターニス、からの雪崩だ。
こんな危ないところには暮らせないし、そもそも暮らせる設備もなくなってしまった。家とか。
となれば、残された道は――そう、引っ越し。それしかないのだ。場合によってはなんとか復興をがんばるパターンもある。
ただ今回の場合は我々が迷い込むより前に、食糧事情や厳しい寒さでそもそもこれ以上は暮らせないと言うところまできていた。
ビートが迷いなく、むしろ大歓迎でよそ者である我々をようこそと全力で招き入れたのはそんな事情もあったのだ。もうだいぶ記憶がおぼろげなので多分だが。
だから、隠密たちがどうしても守らなねばならなかった同胞の弱き者たちはこれからどこかへ移り住み、そうなれば、秘匿されるべき情報はもはや価値を持たない。
ほらあ! と、ちゃんとしたほうの隠密にここぞとばかりに迫るビートが、俺の言ってた通りでしょとはちゃめちゃに得意げであるのを除けば、マジでそれはそうと説得力あふれる状況だ。
ビートがすごく得意げすぎて好都合であるはずの我々ですらあんまり同意したくない気持ちになってしまうが、それはただの感情なのだ。ビートもうちょっとおとなしくして。
で、これらの劇的な状況の変化と、ここ数日のうだうだした時間によってもう訳解んねえなと胃袋とカロリーでだいぶ懐柔されてしまっていたこと。
それらの要素がごちゃごちゃと合わさり、隠密たちは若干の釈然としなさを残しながらも「まあ、そっか……」と、なんだかぐずぐずに説得された。
勝利である。
そもそも我々がいなければ渡ノ月にフィンスターニスが世界を滅ぼす巨大怪獣かのように地中からアンギャアと目覚めなかった気がするし、そのフィンスターニスがぼこぼこに土地をまぜっかえさなければもしかすると雪崩も起こらなかった可能性はちょっとだけなくもないなみたいな思いがチラっと頭をかすめはしたが、実際そうなってしまっているので今さら言っても仕方ないのだ。
そうだね。嘘だね……。
正直に全部打ち明けちゃうとまた新鮮にどう言うことなのとややこしくなって、話が長くなっちゃうやつだなと思った。私、そーゆーのすごく身に覚えがある。
なのであれ。さすがにもう疲れちゃったな……とか言って、ちょっと恣意的に黙ってました。
とにかく、全ては深い雪に埋もれてしまった。
とにかくでごまかせるものとごかませないものがある気はするが、一夜にして景色を塗り替えた雪崩と言う途方もない大自然の圧倒的エネルギーを目の当たりにして我々はもはや、こりゃーもーどーしよもねーな。みたいな、投げやりな気持ちだったのは事実だ。
そして、我々を雪から守ったエルフの古民家と、その周りを四角く囲む障壁の魔法。
雪崩によって運ばれて、古民家の障壁が守る範囲をきっちりよけて積み重なった雪の上で我々は、自分たち以外には動物の足跡すらもない綺麗な雪でせっせと両手で持てるサイズの雪ウサギを量産して行った。
今の我々にはなにか、なんでもいいから打ち込める作業が必要だった。
結果無事ではあるものの、薄皮一枚へだてたところをえぐめの災害がかすめて行った。
さすがに平静ではいられない。
ウサギかわいいよウサギ。
そうして事実に背を向けてどうにか心の平穏をはかっていると、その内に、同じく圧倒的大自然のやばさに飲まれていた筋肉ウサギの兄弟たちも雪ウサギのファンシーな感じに「おっ、これ、俺達じゃない?」とよってきて、だとしたらもうちょっと筋肉が欲しいと力いっぱい雪を固めてがっちがちで大きめの雪ウサギのようでいて決定的になにかが違う新しい雪像をあちらこちらに生み出していた。
雪まつりかな……。
我々も、嫌いなほうじゃない。と言うか我々が始めたことだ。
なんだか段々と楽しくなってきて、子供もきゃっきゃと元気にはしゃぎ、金ちゃんは平らな雪原をのっしのっしと除雪車のように道を作って走り回った。ただし目的地などはなにもなく、ただ迷走するだけだ。
あとは白い毛玉の小さな獣が同じくらい白い雪にずぼっと潜って子供らのそばへ忍びより、我、ここ! と急に地上に飛び出してキャーキャー言わせて遊んだりしていた。
私があれをやられるとびっくりしすぎて絶叫の上でぶっ倒れると思うが、子供らは楽しそうだった。おつよい……。
そんなこんなで絶対に今やらなくてもいい不必要な遊びでそれぞれ心の平衡を保ち、ふと。
少々遅ればせながら、どっこらしょと大きい雪玉を何個も転がし連結し、謎のイモムシみたいな石像を作る筋肉ウサギらの中にちょっと前まで虚弱な感じでゲホゴホしていた隠れ里の元隠密の男性がしれっとまざっているのに気付いた。
「えっ、大丈夫? 体、大丈夫?」
思わず心配になってしまってそう問うと、彼は仲間の隠密一族がぎゅうぎゅう着せた厚手の外套に少々窮屈そうにしながらに、大丈夫だと首を振る。
「この頃、ずっと調子がいいんす。体、治ったかも知んないす」
「私のお陰か……参っちゃったな……」
がぶがぶ飲ませた体にいいお茶の効能だなこれは……。
なるほどね……、と私がすかさず自分の手柄に酔いしれていると、たもっちゃんが「いやいや俺の料理のお陰もあるでしょ」と横からぐいぐい割り込み張り合ってきた。
「いやいやでもほらこっちは体にいいお茶な訳ですし」
「いやいやいや医食同源って言うでしょ。食事よ。人間、食事が大事なのよやっぱ」
「いや草。人間を最後に救うのはボタニカルが秘める可能性なのよ」
「でもリコ、野菜ばっかだと文句言うじゃん。肉も食わせろってうるせぇじゃん。草だけ食ってる訳ではねぇじゃん」
「肉は食べたいに決まってるだろなにを言ってるんだ貴様は」
マジでなに言ってんだ。
草と肉はまた別の話でしょうがとぎゃーぎゃー言って、もはや最初がなんの話だったのか全然思い出せなくなるレベルで争ってしまった。
人には譲れぬ一線があるのだ。
そこまで肉が食べたいかどうかは人によって違うとは思う。
そんなこんなでやいやい騒ぎ、本能に忠実な金ちゃんやフェネさんや私の訴えでほどよく食事をはさみつつ、あちらこちらで力のこもった雪像がどんどん製作されて行く。
一日の終わりには独断と偏見と割と満場一致の感じで、筋肉ウサギの弟たちがかわいい兄者を全力で模したきゅるるんとした雪像に最優秀の栄誉が贈られた。
兄ウサこだわりのふりふりの服がやはり難しかったそうで、よくよく聞けば筋肉ウサギの兄弟たちが秘蔵していたカロリー高めのいざと言う時のお菓子で買収されたレイニーが繊細な魔法をあほほど駆使して加担していたと発覚。
別にそれはいいのだが、なんかさすがの完成度だった。
こうして、隠れ里が深い雪に埋まり、隠れ里とその周辺の土地をボコボコにしたフィンスターニスの死骸も埋まり、全ては白い景色に消え去ってしまった。
まあ実際に消えた訳ではなくて普通に存在しているし、でたらめな魔法をどんどん使えば掘り返せないこともない。
だが、我々は疲れた。
体は全然元気だが気持ちの上で、なんかもう、いいか。みたいな投げやりな雰囲気が我々の間を濃密に満たす。この倦怠感。間違いない。お腹いっぱいでぼーっとしてて、誰も物事をちゃんと考えられてない。助かる。
素材としてのフィンスターニス回収も固く凍ってはかどってなかったこともあり、この地で隠れ里を形成していた隠密を含めて割とあっさり撤退が決まった。
エルフの古民家から隠密や筋肉ウサギの兄弟たちの私物をそれぞれ引き上げてもらい、古民家自体をなんらかの魔法とごまかしてアイテムボックスにしまうなど帰り支度をしながらに、やたらしみじみメガネが語る。
「あれよね。自然の摂理よね。春がきて雪が溶けたらフィンスタさんの巨大な死骸がぐずぐずに腐って一旦地面に吸収されて、寒い中を生き残った恐怖の実とかの栄養になったりするのよきっと。そして野生の糯米が豊作になったりするんじゃないかしら?」
その、まるで誰かに言い訳するかのようなメガネの肩に、私はぽんと手を置いた。
「たもっちゃん。肥料として売れるのが解っててもこの雪掘り起こしてまで回収するのがめんどくさいって正直に言っていいんだぜ」
「……うん……」
出発しました。




