716 あくまでもド正論
※ 災害(雪崩)の描写があります。ご注意ください。
寒さと積雪と巨大魔獣に閉じ込められて、なかなかの密閉状態で日々をすごす我々。
そんな中、じゅげむの塾でこっそりと、大人二人と子供一人と毛玉が一つ大体一日姿をくらませた訳だが。
これはドアのスキルなどの事情についてよく知らない筋肉ウサギや隠密たちの間でも、意外と問題にはされなかった。
大人二人の内のメガネのほうはすぐに戻ってフィンスタ収穫の作業をしたりお料理したりといつも通りだったし、そもそも、このメガネ自体がカニの調達でこっそりちょくちょくふらっといなくなることが多かった。
また、子供がいなくなるのはただごとではないが、テオが一緒ならまあ大丈夫なのだろうと思われたのもあったようだ。
まだ浅い付き合いなのに、この信頼され具合。
さすがテオと言うほかにない。
なにがどうしてそんな信じられてるのかは知らないが、我々といるよりテオと一緒にいるほうが安心みたいな感覚は解る。
ほかならぬ我々が誰よりそう思うのだ。間違いない。はちゃめちゃに解る。
で、大活躍の金ちゃんにひゅーひゅー言って今日のぶんのフィンスタ収穫祭りを終えて、夕食頃に再び合流したテオいわく。
「公爵様からは、がんばれ、と」
「あっ、さすがの公爵さんももう細かいところまでは知らんみたいな疲労を感じる」
一応、もうこれ訳解んないと危機感を覚えたテオにより大体の今の状況を一応聞いてくれた公爵は「何でそんな事になるの?」と、もうごもっともと言うほかにない感想をフェネさん自慢の、自前の毛皮のいいやつをこれでもかとわさわさもみしだきながら述べたとのことだ。
隠密の隠れ里、身の安全の意味ではマジのマジで見付けてはいけなかったらしい。そんな気はしてた。
ただあの当時、隠れ里はのっぴきならない困窮にあった。
その辺りも勘案してみれば、見すごせず仕方がなかったのも解る。
公爵は努めて平静に、そんな一定の理解も示したそうだ。
しかしそれはそれとしてもう訳解らないのも事実であるため、隠密たちもだいぶ胃袋から懐柔されていることに期待し、もうそれはそっちでなんとかできそうならがんばって。とのことらしい。
そんな公爵のコメントを暗澹と伝えるテオの隣では、フェネさんをお膝に乗せて古民家の囲炉裏のある板の間にキリッと正座するじゅげむがいた。
足痛くならないかな。心配。と思わせるいたいけな小さな子供は、おどろくほど強い意志を示してこう言った。
「たもつおじさん、ぼくおもうの。こーしゃくさまにたよりすぎだって」
「あっ、はい……」
「こーしゃくさまこまらせちゃだめだよ」
「……すいません……」
「じゅげむ……じゅげむ……それ誰に教えられたの……」
あまりにもそれ。
どこまでも正論……。
けれどもそれは本当にじゅげむの考えたことなのか。誰か大人に吹き込まれたのではないのか。こう、アーダルベルト公爵を強火で支える有能執事の一族とかに。
むしろそうであって欲しい。
これが子供心に素直にいだく真っ直ぐな本心なのだとしたら、我々の中に残されたなけなしのなにかが砕け散ってしまいそう。こわい。あくまでもド正論ではあるのだが。
そうこうしながらうだうだと、つい最近、全く同じような感じで一回たどったような気がする、なんとかせねば。しかし恩もある。みたいなジレンマの、同じところをぐるぐる堂々巡りする思考の迷路に遅れて合流した追加の隠密もものすごく綺麗に同じ轍を踏んで飲み込まれ、やはり最近同じような感じで行けると踏んだ我々が削れども削れども、回収すれど回収すれど全然終わりの見えない大量のフィンスタ素材回収作業で毎日へとへとの隠密にさあさあおいしいよとごはんやらおやつやらをどんどん与え、思考力を奪おうと画策。
相変わらずぐるぐるとはしているのだが、まあ、なんか、もうなにも解んないな。と言う、ぼや~っとした状態に持ち込むことには成功していた。
ぼや~っとしたままぐるぐるとはしてるので、全然解決にはいたってないのだが。
完全に食べさせすぎなので、急に血糖値とかが心配になってあわてて体にいいお茶を浴びるように飲ませたりしている。
そんなある日、転機は意外な、そして霹靂のように突然現れた。
雪崩だ。
最初、そうとは解らなかった。
と言うか夜中、普通に寝てて、またもやメガネの叫び声に起こされたのだ。
「ちょっとぉ! 夜中にメテオはやめてって言ってんでしょぉ!」
結果、またもメテオではなかった。
けれども確かに、たもっちゃんがそう叫ぶのもちょっと解らなくもない。
辺り一帯に地響きがどこからともなく、しかし確実に近付いて、そしてずっと終わらない。
ドドドドと。
足元から空気までを震わせて、ずっと鳴ってる地響きで耳が奥からしびれるようだ。その中には時折、ドコドコと重たい音がとめどなくまざる。
この時点ではなにも解らず、山々に囲まれ盆地になった隠れ里の辺りに勝手に出した持ち運び式の古民家で、なにこれこわいと轟音におびえてそれぞれ手近な知り合いとひしと抱き合いだんごになって耐えるしかなかった。
どうやら結構な規模の雪崩が起こっていたのだと、状況から判断できたのは翌朝。
ピンと冴えた冷たい空気の冬の日の晴れ。
遠く高い空の下、エルフの古民家を四角く囲む三、四メートルはありそうな雪の壁を見てからだった。
我々は、その一夜にして急に出現した高い壁をぼう然と見上げてあわわわと震えた。
「なんでこんな……なんなのなにこれ……」
我々から見たこの状況を簡単に言うと、古民家すらすっぽり入る巨大な箱に閉じ込められているのに近い。ただしフタはない。上のほうは空いていて、高い空が見えている。
かわず。我々は今、井の中の蛙。言葉として使いかたは違う気もする。
その、四角い箱状の穴の底。
硬くぎゅっと固まった高い雪の壁が、古民家を四方から囲んで閉じ込めている。
この雪の形状は同時に、エルフの古民家になんかあったら俺、嫌です。と堅い意志を見せたメガネが夜間警備の一環で、昨日からあらかじめ張っていた魔法障壁の形と一致していた。
つまり、夜の間に三メートルも四メートルも雪の層ができるレベルの雪崩があって、その雪を魔法障壁が阻んだためにここだけ四角く空間が残ったと言うことのようだ。
では、障壁がなかったら?
それはもう、我々を含めてなにもかも雪の下と言うことになる。
我々は叫んだ。
「障壁ありがてえ~!」
心からのそんな言葉と、なんか変な汗がびしゃっと吹き出す。こええ。寝てる間の災害。マジこええ。
起きてればなんとかなるとも限らないけども。
やだあ、こわあい。
とか言って、夜明けを待つまでにちょっと時間があったので「ドコドコすごい音するぅ……」などとめそめそしながらしっかりメガネが用意した朝食をいただいてから魔法障壁で足場を作り、みんなで雪の壁の上を見に行くことにした。
すると、一面真っ白な銀世界だった。
まあ、考えてみれば当然ではある。
昨日の時点でほぼほぼ廃墟と化していた、それでもまだ建物らしき残骸の見られた隠れ里がどこにあるのかもはや全く解らない。
足元は――これは我々が震えながら一夜をすごしたエルフの古民家がすっぽり入った四角い穴の上に当たるが。
そこは雪崩の勢いで均されたのか、やたらと平坦な雪原である。ただし、昨日の日暮れ時点より雪の高さが数メートル高い。
この、圧倒的なにか。
「やだあ……」
大自然の驚異、やだあ……。
完全に我々危ないとこだったじゃん……。
井戸から這い上がり、地上に出てきたかわずのような我々。
ここでもう一度こわあいと、雪の上にへたり込みかわいい雪ウサギを作ったりしながら改めて震えた。かわいいものを作ったらちょっと癒されてマシになるかと思った。
ウサギのお耳に手持ちの草をそっと刺し、完璧じゃねえかと悦に入る、そして現実から目をそむけている我々のそばで「ほらぁ!」と一部の隠密関係者が騒ぐ。
「だから言ったんす! この里はもうダメなんすよ! 暮らせないんす! だから姐さんたちに場所がバレても意味ないんす! オレ、そう言ったじゃないっすか!」
ビートである。
いっそすがすがしいほどに雪しかなくなった真っ白い景色をあっちこっち忙しく指差し、ここぞとばかりにがんばっていた。




