715 ごはんやらおやつやら
ごはんやらおやつやら、しょっぱいものや甘いものを延々と。
無限のように食べ続けていると、なんだかぼーっとしてきてしまいなにもかもどうでもよくなってしまうあの感覚はなんなのだろう。
まあ、今なんですけども。
フィンスターニスの出現で一瞬大混乱がなくもなかった冬の渡ノ月を越え、考えても考えても同じところをぐるぐる惑う心のすき間を埋めるみたいにカニやらもちやら甘いものやらを延々と食べ、最初は増えた体重を「まあ……食べたものの重さもありますし……ねっ」とか言って自分をごまかしていた我々が、待てど暮らせど全然減らない体重にこれは食べた料理の重さじゃなくてどうやら自分そのものの重量らしいと現実をうっすら目の当たりにし始めていたある冬の日のことである。
追加の隠密が隠れ里にやってきた。
「これは……これはどう言う事っすか!」
彼らは、新しく増えた隠密たちは、我々がだいぶ落ち着いているエルフの古民家の縁側のほうからすぱーんと引き戸を開け放ち強い口調でそう問うた。
いや、我々もね……我々も、思ってはいたんですよ。なんかずっと食べてばっかいるな……って。
「えっ……その、ごはんがおいしくてえ……」
「リコ、多分そうじゃない」
だいぶ心当たりがあったので体積が増量したのを見破られたのかと動揺し、つい正直におどおどしている私にメガネが横からそこじゃないんだと首を振る。
「でもごはんがおいしいのはそれはそう。わかる。俺が作りましたからね。どういたしまして」
そしてまんざらでもない感じを全開に、ちょっとだいぶ得意げだった。
すぱーんと古民家の引き戸を開けて、冬の乾いた冷たい空気と一緒に入ってきたのは数人の隠密たちである。
雪山に合わせた旅装でがちがちに身を固め、荷物を背負い、植物で編んだ笠の感じが薬売りのようにも見えた。
彼らは、なんかびっくりしていた。
こう言うものを目の当たりにした時、人間って大体似たようなリアクションになるんだなとなんだか変に感心してしまうほどだ。
だが、まあ気持ちは解る。
ムリもない。
どうやら新しくやってきた追加の隠密はすでに我々と鍋を食っていた隠密たちが、もうなにも解らんと隠密秘蔵の暗号通信魔道具で連絡を取り、よく解らんがなんか助けを求められてるとやってきたもののようだった。
そうしたら、なんとなく全員が増量しているこの姿。
解る。なにこれってなる。そらそう。解る。
ハリガネムシの影響でボディラインがちょっとだけすっきりしていた金ちゃんも、今やすっかりもちもちとしている。
実際に金ちゃんをすごいねすごいねとちやほやほめてせっせと食べ物を運び続けたのはじゅげむや隠れ里の子供たちやメガネや私だが、その仕上がりは数年ぶりに田舎に行って実の祖父母だけでなく近所のご老人にまでよってたかって食べさせられた正月の大学生みたいな肉付きだった。ちょっと不安になってきて、すきあらば体にいいお茶をまぎれ込ませてがぶがぶ飲んでもらうなどしている。
で、追加で現れてナニコレみたいな本心がだいぶ出てしまっている隠密は全部で大体五人ほど。
その表情は隠密たちが好んで使用する隠匿魔法でよく解らないながら、きっと落ち着いたものではなかっただろう。
相対するのは絶対に隠し通さねばならない大切な里に、まぎれ込んだよそ者だ。色々と厳しくなるのもムリはない。
しかしその、こちらに対してピリピリ厳しい目を向けて完全に身構えてる隠密たちを、我々は――主にうちの黒ぶちメガネが。
はちゃめちゃな勢いで大歓迎した。
「労働力はナンボあってもええですからね!」
晩ごはん、フンパツしちゃうから!
たもっちゃんはそんなことを叫んで張り切って、増えた隠密、ちょっと前からいた隠密、隠れ里の住人だった元隠密に、一緒にピョンピョン連れてきた筋肉ウサギの兄弟たちやテオや私にまでシャベルやらスコップやらの道具を持たせ、さあ行くわよと勝手にどーんと設置してはちゃめちゃにくつろぐエルフの古民家から連れ出した。
外に広がるのは降り積もる雪。
あとはその雪に一部が埋もれ、または一部がボコボコと地面ごと掘り返して荒らしたフィンスターニスのぬたりと横たわる巨大な死骸だ。
「これ! あれでしょ? いい肥料とかになるんでしょ? 俺知ってるんだからね! だからさ、できるだけ回収して売りに行ったりしようぜ! そんでうまい事お金にするか、どっかに畑でも作って肥料にしちゃって野菜とか糯米とか豊作にしてやろうぜ!」
フィンスターニスと言うものは巨大で倒すのに苦労もするが、ぶよぶよの死骸は肥料になってなかなかいい値段が付くと言う。
金ちゃんが見事に倒し、だいぶジャマな感じで隠れ里を押し潰して横たわる死骸を前にメガネはそのことを思い出し、なんとか活用できないものかとずっと考えていたらしい。
あるものをムダなく利用する。これぞサステナブルである。
正直サステナブルがなんなのかあんま解っていないので、私は「なるほどね」みたいな顔で一応キリッとだけしている。
追加メンバーである隠密たちは、当然ながら戸惑った。
なんすか。マジでなんすか。などと、もうずっとざわざわとしている。
対し、既存の隠密関係者たちは「お肉っすかね。奮発した夕食。やっぱお肉っすかね?」とか言いながら、のそのそと雪を踏み分けさっさと手分けし作業に掛かる。
これぞ慣れ。
この、渡ノ月を乗り越えた数日。
同じ鍋を囲みポン酢とゴマダレで若干たもとを分かったりしながら、けれども最終的には冬の鍋がよいものであるのに変わりないと広い範囲で絆を深めたり、食べすぎでみんなぼーっとしちゃってて深く考えるのをあきらめてきた時間がここへきて威力を発揮した。
お陰で、みんな大体の感じで手伝ってくれる。助かる。
しかしなんとなく面倒で真冬の外気に数日そのまま放置していたフィンスターニスは、ぶよぶよとゼリーのようだった在りし日の姿を失って別の意味で強敵だった。
だいぶ中のほうまで凍り付き、金属製のシャベルやスコップでがっしがっしと掘ろうとしても文字通り全然歯が立たないのだ。
そこでばーんと登場したのが我らがヒーロー、金ちゃんである。
「金ちゃあん!」
「きんちゃん! がんばって!」
金ちゃんは活躍した。
子供らや子供に割と違和感なくまざる私の声援をむきむきもちもちと背に受けて、私から奪い取ったミスリルの鎌を凍ったゼリーのようなフィンスターニスに振り下ろし、かっしょかっしょと薄切りにして削り取る。
我々は金ちゃんが素材を削りながらに移動して安全が確保されるのを待ってから、薄く削れたフィンスターニスを拾い集めてなんらかの魔法と見せ掛けてアイテムボックスに回収して行くだけのお仕事だ。
助かる。さすが金ちゃんは頼りになる。
しかしいかに力自慢のトロールなれど、道具が鎌では削るのにも限度があるようだ。
「こうなってくると特殊金属農具シリーズのクワとか欲しいな……」
そうしたら、こんな薄切りではなくてがばっと削り取れる気がする。薄切りでも全然助かるのだが、もっと効率がよくなるのでは。
金ちゃんの活躍を眺めて段々と贅沢を言い出した私に、別行動で隠密たちと地道な魔法でフィンスターニスを切り出していたメガネが休憩がてらに戻ってきながらうなずいた。
「わかる。もうちょっと力技で行ける道具が欲しい。どっかの勇者襲って料理食わせて対価に脅し取ったりできないかな……」
「手段がだいぶアレだけどわかる」
勇者はなぜか、特殊金属農具シリーズを死蔵しているパターンが多い。我々が現在所持する、いい金属の数々の農具も勇者たちからなんらかの礼として譲られたものばかりだ。
なんか、どっかにちょうどよく困ってる勇者とかいねえかな……。
そんなろくでもないたくらみを本当にただたくらむだけでうだうだと、なんでこんなことにとイマイチ釈然としていない追加隠密の力も借りつつのたのたと作業。
このフィンスタ収穫には数日掛かり、と言うか数日掛けても全然収穫が終わらなかった。
実際どうかは知らないが感覚としては容量無限の天界アイテムボックスに削った端からぽいぽいと、レイニー先生によるなんらかの魔法と見せ掛けて放り込んでも放り込んでも永遠に作業が終わらない。永遠ではないです。
その途中にはじゅげむが塾に連行されて「ああ~ぼくもお手つだいするう~」などと叫びながら遠ざかり、凍ったフィンスターニスを削る作業にやりがいを見い出してきた金ちゃんが隠れ里へと残る代わりにテオが一緒に王都まで行ったが、これはじゅげむが通う私塾のざっくりとした責任者であるアーダルベルト公爵に急いで会うのが目的だったようだ。
あれみたい。
我々の最近の感じに、もーどーしたらいいのか解らないですと色々相談したかったらしい。……まあ……うん。解るよ……。




