710 得体の知れなさ
この異世界で正式になんと呼ぶかは知らないが、我々が軽率に正体を見抜いてしまう隠密は本来、得体の知れない神出鬼没の集団である。
常ならば見てもそうとは知れないだけで意外とその辺りに普通にいたり、なんらかの理由で色々潜入していたり、国の諜報部に雇われてたりする場合もあるそうなのでどんな就業形態なのかはもう全然解らない。
けれどもそんな得体の知れなさに反して、そんな職業の人たちがどこかに、けれども存在していることはほとんど確定の事実のように一般によく知られている事柄らしい。
現代日本で生まれ育った我々に置き換えて言えば、現代のスパイや昔の忍者みたいな感覚だろうか。
実際に見たことはないのだが、なんとなくどっかにはいるか、かつては存在したのだろうとなぜだか自然と確信がある。ただし改めて根拠を問われると、それはなんか。あんまよく解んない。不思議だね……。
「ねえ、我々はいつどこでスパイや忍者の存在を実在のものとして学んだのかしら? 根拠なくない? 陰謀論じゃない?」
「リコ、また何か関係ない余計な事ばっか考えてるでしょ」
「なんだメガネ。関係ないとはなんだメガネ」
私は真剣なんだよいつだって。あれよ。なんか普通に隠密だなと思ってたけど、隠密ってそもそもなんなんやろなと探求してんのよ。
ただし私なりに真剣ではあるものの、そもそもが大体の感じでそう言うもんだとざっくり認識していただけなので考えたところで別に答えなど最初からどこにも存在せず、だから結局なにも出てくるはずがない、と言うことにうっすら気付いてきているところだ。
隠密とかあれ。時代劇とかで見ただけなので、それ以上の知識もなにもないですね……。 そんなこんなで割と関係あるようでいて実際は別に今は考えなくてもいいことにばかり思いをはせてちょっとした逃避行動に走る我々は、どうやらだいぶやばい所へ連れてこられてしまったらしいと薄々察した筋肉ウサギの兄弟たちから「これはちょっと……」「これはさすがに……」恩があるからなんでもするつもりではいたけどさあ。これはさあ。などと、もちもちとした壁のような筋肉に囲まれだいぶぎゅうぎゅうに詰められていた。
それはそう。我々も、もちをつきにきただけなのにどうしてこんな隠密にまみれることになったのか本当になにも解らない。
また、話題の――それか、問題の大元と言うべきか。
とにかくそれらの中心である隠密も、我々が筋肉ウサギに囲まれ詰められているのと大体同時進行でまた別のかたまりを作り、最初は隠れ里の存在もバレていなかったのにその近くで我々を見付け、ようこそ! と自分から全力で案内したくだりが露見したビートが周りから肩やら胸倉やらをつかまれて「なぜなのか」と強めに問い詰められたり、特に、先ほど合流したためにまだなにも飲み込めてない隠密たちによる言いたいことはいくらでも思いっ切りいっぱいあるのだがうまく言葉にならない様子のものすごい顔で「あああああ! お前ぇー!」と、内容はないのにやたらと伝わるもののある叫びがこちらのほうまで響き渡ったりとなんだか忙しそうだった。情緒とかが。
どんな場面でも冷静に対処し切り抜けられるはずの隠密の、あんな感じはたまにしか見ない。ある意味貴重な姿ではある。
ただ、不思議なことにそのレアな姿を我々は、なぜかちょっとだけ割と見ている覚えがあるような気はする。
そんな我々を囲んだ輪からいくらか外れ、かと言って隠密のほうへまざる訳でもなく、どちらからも用心深く距離を置いた位置取りでじゅげむとフェネさんを両手にそれぞれしっかりかかえているのはテオだった。
いつでも猛ダッシュで逃げる準備はできているとばかりのその空気。せめて子供だけはなんとしても無事に逃がすと悲壮な覚悟でも決めているような、そして「ほらぁ……」と聞こえるみたいな顔付きになんとも言えない味わいがあった。
と、まあこんな感じでお互いに詰めたり詰められたりするので手一杯となり、まあ混乱するのも解るしなんか言いたくなるのもムリはないけどそれはそれとしてあんまり責められてばっかりいると我々も心がすさんできてしまう。
この場合、誰が悪いとか誰に原因があるとかこの状況を作り出した責任がどこにあるかなどは関係はなく、いや関係ないと言うこともないのだが。
ただなんか。あれよ。
よってたかって責められてしまうと、夏休みの花の水やり当番を忘れてアサガオと言うアサガオを片っ端からカラカラに枯らして学級会で責められる時みたいなやるせなさを感じるの。
そう、お気付きだろう。我々が悪いのは普通に悪い。
ただし今、我々に詰めよる筋肉ウサギの兄弟たちはマジでこれどうなってんのとパニック気味に問い詰めるだけで、別に人格攻撃などはない。
それは念のため強調しておきたいところだが、けれどもぎゅうぎゅうに囲まれてやいのやいのと言われていると昔やらかした数々の失敗。そしてそれを責められてきた記憶が次々に、走馬灯のようにぐわんぐわんと脳裏を駆け巡る。
つらい。
「たもっちゃん、なんか私ちょっと悲しくなってきちゃった……。コタツで首までおふとんに入ってめそめそしながらアイスとか食べなきゃやってらんない……」
「わかるぅ……俺も……」
心をびゅーびゅー吹き抜けるすき間風の冷たさに、なんとなく自分かわいそうみたいな気持ちがむくむくと育つ。
くり返しになるが、こうなると責任や原因がどこにあるのかは重要ではない。いや、重要じゃないこともないのだが、我々は勝手に悲しみをかかえてめそめそするのに忙しい。
気が付けば我々は甘いものとしょっぱいものを無限に出して交互にもりもりといただいて、しかし自分たちだけでおいしいものを食べるのは大罪なので周りにも配り、我々とは立場が違い問い詰める側でありながら混迷を極める状況に心を痛めて寒々しい思いをしていたらしき隠密たちにももりもりと食べさせる内になぜだか日が暮れていた。
なぜだろう。ついさっきまでまだ昼で、きゃっきゃとおもちをついている筋肉ウサギの躍動を見守っていたはずなのに。いつの間に。冬の日照時間すぐ溶ける。
もめて食べてめそめそしていただけなので当然ながら話はなにも片付いてないが、隠密の、それも隠された里に迷い込んでしまった者をそのままでは帰せない。とりあえずこちらの方針が固まるまでちょっとおとなしくしてろと引き留められて、この日も隠れ里でお泊りとなった。
なお、これはあとからなにもかもしっちゃかめっちゃかでもう知らんとキレ気味に全部ぶちまけられて知ったことだが、この段階で隠密たちの間には我々を口封じすべきではないかとの検討もなされていたらしい。
物騒。でもそれでこそ隠密。
一族の秘密と掟を守るためには血の涙もない感じ、なんかそう言うのフィクション作品とかで見た。
ただしその非情な検討も、そうははかどっていなかったようだ。
隠密の秘密は守らねばならない。けれども、彼らには――つまり我々のことだが。少なからず借りがある。それに王室ともつながりを持ち、先だっては勲章すら授与された。国との軋轢は隠密としても歓迎はできず、なにより彼らはいるだけで目立つ。なにかあればすぐ周囲にも知れる。やるならよほど慎重にならねば。ダメだ。とりあえず一回休もう。
強行軍で隠れ里までやってきて疲れ切った頭ではなにも判断できないと、なけなしの理性で議論は一旦お休みとされたらしい。わかる。もう訳解んない時には一回寝たい。
彼らの言う我々への借りにはあんまり心当たりがなかったが、もしかするとビートと出会ったダンジョンの町で当のビートの医療費だったり別れ際の餞別を出したことだったりするのだろうか。それとも、某皇国で潜入に失敗してた隠密を大体の感じでついでに連れて帰ってきたあれとかか。
だとしたらカッコ付けてビートに渡し、でもいつまでもうじうじとなんとか帰ってこないかなと恋しく思っていた金貨のこともムダではなかったと思――……いや、返してもらえるならやっぱ金貨は返して欲しい。
あと、口封じまで検討されてたと思うと仲よくおもちや甘いものとしょっぱいものを一緒に食べていながらにそのほがらかな時間はあくまでも欺瞞だったのだなと悲しいような気持ちだが、隠密には隠密の事情があった。
隠れ里に集められ、捨て置かれているかに見える住人たちは隠密に向かない者ばかりだ。身を守るのもままならず、そうなると万が一にも隠密とつながりがあると解れば人質や報復の対象にもなり得る。だから隠れ里に住まわせ、不測の事態から守ろうとしていた。ただ、だいぶ念入りに隠しすぎてて環境が厳しく、農作も物資の運搬も思うように行かずこんなことになってはいるが。
その辺の事情を知るのはまだ先で、この夜はとりあえずごはんを食べてお泊り。
轟音と共に揺り起こされたのは、その真夜中のことである。




