71 悲劇の素地
※下ネタ注意。
全部できたあとで気が付いた。
温泉と溶岩の池が結構近い。
ブルッフの実がシーズンになるとこの辺も人が多くなると言うし、これでは隠れ湯とは呼べないかも知れない。まあ、それはいい。隠れ湯については、私も大体の感じで言った。
温泉と溶岩池は二十メートルあるかないかの距離だろう。たもっちゃんがガン見して、地下水を取ってもそんなに影響が出ない場所がここだったらしい。意外と考えてた。
緑の深い森の中、なにもないはずのその場所に突如現れる大きな湯船。湯気を立てる熱いお湯。
これぞ温泉。しかも露天だ。いや、厳密に温泉かどうかは知らないが。
木のパイプを通って出てくるお湯は、泥がまざって薄く茶色くにごったものだ。しかしそれは最初の内で、段々と澄んで透明になる。
大きな湯船がじわじわとお湯で満たされる様子に、私は結構満足していた。
ただ出てくる湯量は家庭用の蛇口を全開にしたよりいくらか少ない程度のもので、お風呂としては頼りない。
実際、湯船を大きく作ったこともあり、なかなかお湯がたまらなかった。
あまりに時間が掛かるので、レイニーがじれた。もういいとばかりに魔法で水を作り出し、湯船いっぱいのお湯にして満たす。
その暴挙に、たもっちゃんと私は衝撃を受けた。
「温泉とは何だったのか」
「早いけど。確かに早いけれども」
まあ、ただのお風呂もよいものだよねと言う話になり、とりあえず入った。
うええ~っと変な声を出しながら、透明なお湯に全員でつかる。と、あっと言う間に湯船の中が泥水になった。
穴掘りとその後の温泉施設造設のため、我々は泥だらけだったのだ。汚れがひどい。男女共に服を着たままのせいもある。
ここは大森林なのだ。
大森林とは圧倒的な大自然であり、いつ魔獣に襲われるとも知れない場所だ。そんな場所で武器を手放し、全裸になるのは気が進まない。
いざ入浴と言う時になり、大森林をよく知る辺りからそんな意見が出された。よく解らないが、なんかそう言うものらしい。
「けどさ、服のままだと着替え困んない?」
少なくとも、私は困る。
これまでにシャツは何枚か買い足したけど、ズボンはなんとなく気に入るのがなくて今履いているのしか持ってない。
「大丈夫。魔法で乾かせるわ」
靴とベルトを外しながら話していると、そのくらいはさせて欲しいとミンディが力強く請け合った。
ほかに客がいる訳でもないしと、革製品だけを外して服を着たままお風呂に入る。
たもっちゃんは湯船のフチを改造し、シカのツノみたいな台を作った。テオとロルフが入浴中に、近くに剣を置けるようにだ。
一回めのドロドロに汚れたお湯は、衛生観念に厳しいレイニーが捨てた。そしてまた作り出した新しいお湯に、全員で再度うええ~っと変な声を出してつかった。
「大森林で風呂だなんて。贅沢だ」
ターニャはビキニアーマーだけの姿で首までつかり、ため息まじりにしみじみと言った。
ビキニと水の親和性は高い。アーマーではあるが。ほかは服を着たままなので、この中では一番正しい姿にも見える。
ターニャたちによると、大森林では食事も睡眠も最低限で、体は初級の洗浄魔法でさっと綺麗にする程度。お風呂なんて入れるはずがない。とのことだ。
それは薬を持って売り歩く、大森林の薬売りも同様らしい。
うああ~うへへ~と熱いお湯に溶けそうな勢いでくつろいで、もうずっとここにいたいっす。などと、心の底からしみ出すような声で言う。
「姐さん達はこれからどうする予定っすか?」
お湯の中であぐらをかいて、薬売りの男がたずねた。どうでもいいが、その呼びかたは変えないつもりか。
「どうって?」
「いやあ。もうブルッフの実は取り尽くしたし、どっか移動するんじゃないっすか?」
「私は草がむしれればいいからなあ」
あんまりめんどくさい感じがなければ、行き先はうちのメガネ次第じゃないかな。あんまりめんどくさい感じがなければ。
我々は肩までお湯につかって、湯船の端にもたれていた。四角い湯船は三畳ほどの広さだったが、形としてはお互いの顔を見る格好の車座だ。
この湯船も外から見ると大きいし、実際も家庭用の浴槽よりははるかに広い。ただ、九人で入るとどうしても隣が近かった。あと、体の大きなトロールがかさばる。
私はちょっと体を前に倒して、トロールの向こうにいるメガネを見た。
この時、湯気の立つお風呂に入っているのに鉄壁のメガネは曇ってなかった。
天使のアイテムだからだろうか。地味だがさすがに高機能。水滴もほとんど付いてない。
なるほどさすがと感心したが、この視界のクリアさが割とすぐにアダとなる。
「たもっちゃん、予定とかある?」
「俺、窓の素材を手に入れたらエルフの里を探しに行くんだ……」
たもっちゃんは、たもっちゃんだった。
夢見るような表情で、なにかのフラグを立てるかのような返事があった。
「それに、折角の大森林だし。冒険したいし。珍しい魔獣も見たいし、狩りたいし」
メガネが付け足すように言うのを聞いて、少し残念そうにしたのはターニャだ。
「じゃあ、ここで一度お別れだね」
横並びになってお湯につかるミンディやロルフも、困ったみたいな残念そうな顔だった。
彼女たちは一度、大森林の間際の町に戻らなくてはならないと言う。
「ブルッフの種が意外に採れたからね。荷物になるし、ギルドで売って身軽にしておきたいんだよ」
「姐さんたちは大丈夫? あんまり高値の素材を持ち歩いてると、たちの悪い冒険者に目を付けられてトラブルにもなったりするよ」
「マジか」
心底心配そうなミンディに、我々は初めてその可能性を知った。
そうか! あるのか! そう言うの! すごくやだ。
トラブルと言うのは多分、高値の素材をほかの冒険者に奪われたりすることだろう。もちろん、冒険者ギルドの規則には反する。と思う。しかし、素材にいちいち持ち主の名前が書いてある訳じゃない。
いや、素材によっては採集者の名前が永遠に残る。そのことで、勘弁して欲しいと思った記憶がうっすらとある。だがその場合も確認には鑑定スキルが必要だったし、名前が残るのはごく一部の素材だけに限られた。
通常出回る大半の素材の前には無力。
ほかの冒険者が集めた素材を力づくで奪って売った者がいたとして、その証拠がない限りおとがめなしが現状だそうだ。
「たもっちゃん」
「うん」
「一回、ギルド行こっか」
「うん……」
タチの悪い冒険者に絡まれるとか、ムリだ。
テオもいるし、たもっちゃんとレイニーの魔法があればなんとかなる。ような気はする。
でもムリだ。気持ち的に。なんとなく、絡まれるにもコミュ力がいるような気がする。
我々もまたリスクを避けて、素材を手放し身軽になっておこうと言うことになった。
悲劇は、風呂上がりに起きた。
いや、風呂上がりと言うか、お風呂から上がる時と言うか。
湯から出たのは女子たちが先だった。あと、トロール。トロールは相変わらず腰布一枚で、タオル巻いたまま湯船に入った人みたいだった。
町にいる頃にトロールにも服買うかみたいな話になったりはしたのだが、サイズが特殊だし店で聞いてもトロールの服ってなんだとすごく困惑された。
気持ちは解る。我々も困った。
それで結局よく解らないし、夏だからまあいいかと腰布を新しく取り替えてそのままにしていた。悲劇の素地は、すでにあったのだ。
その時、私たちは湯船の外だった。土魔法で作った床にびしょぬれで立ち、ミンディの魔法で服ごと乾かしてもらおうとしていた。
うちのトロールは割と、空気を読む。私たちが上がるのを見て、彼もまた湯から出た。
事件は、そのなにげない時間に起きた。
透明な湯の中で腰布がふわりと広がって、トロールのトロールが「やあ!」とばかりに広い世界と邂逅を果たしてしまったのである。
見てしまったのは、まだお湯の中にいた四人の男子たちだった。
のちに語る。あれは視覚の暴力だったと。
彼らは言葉少なにそれだけを言って、ショックを隠せず地面を見詰めた。悲劇である。
私はそのできごとに息が続かないほど笑ってしまい、しぶい顔をしたターニャにやんわりたしなめられるなどした。ごめん。
曇らないメガネのクリアな視界できっちり自尊心に被害を受けたうちのメガネは、その夜泣きながら手持ちの布でふんどしを作った。
しかしそれは結びヒモが付いたタイプで、明らかに片手のトロールには難しい。誰かがヒモを結ぶ必要があったが、それはふんどしを制作したうちのメガネの役割になった。
悲劇を自分で生み出して行くスタイル。




