708 ウサギともち
ウサギともち。
日本人なら夜空に月を見付けるたびに、ウサギがぺったんぺったんついたおもちを砂糖しょう油で食べたいとぼんやり思うに違いない。味付けについて異論は認める。
この異世界でその夢に誰よりも近付いた我々ではあったが、むちむちとした筋肉を持つ大柄なウサギ――に、よく似た獣族の男子らが力を尽くしてきねを振るう姿は、なんかだいぶ思ったのと違った。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!ふんっ!」
「代わるぞ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!ふんっ!」
「よし次だ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!ふんっ!」
これがだいぶエンドレス。
もっとこう……こう、なんか……。メルヘンな感じになると思ってましたね……。
違った。
もう、どこまでも筋肉。
私にとっては背丈に近い、しかし彼らにしたらなんだか軽々としたような、丸太のようなきねを振り回す筋肉はウサギかどうかに関わらず力こそパワーのおもむきしかなかった。
我々が、主にメガネがどうしてもと頼んでおきながら、なんだか思ったのと違ったと失望のような感覚をうっすら胸にいだいてしまう。心の機微が身勝手すぎてちょっと反省しています。
とにかく。
こうしてバイオレンスな雰囲気で、しかしケガやアクシデントなどもなく無事にもちはもちとして異世界に生まれた。
その、内側から輝くかのように瑞々しく真っ白で、それでいて強いねばりと弾力をしっかり持った謎の物体。
我々にはもう愛おしくすらあるそれと、生まれて初めての出会いを果たした異世界の住人たちはここまできてもまだ全然引いていた。
「どうしてわざわざこんな……」
「話に聞くフィンスターニスってあんな感じっすかね……?」
ぶよぶよ……ぶよぶよもちもちしてて形がない……なのに意外と存在感あるし、ずっと手にくっ付いてきて恐い……やだあ……。
彼らは――もちつきに駆り出された筋肉ウサギの兄弟たちや隠れ里の人々は、我々から隠れるようにそんなことをひそひそと言い合っていた。
おうなんだ。我々のソウルフードになんか文句でもあんのか。あるよね。解る。得体の知れない物体になっちゃってるもんね。もち。解る解る……。
やはり、形ある穀物をやわらかく粉砕、なおかつ再びねばねばとまとめ上げてひとかたまりとしたジャパニーズもちの生まれたままの姿に、異世界の人々は強い戸惑いを隠せないようだ。
その戸惑いも解ると私はテキトーにうなずく。
「破壊と創造、それがもち」
「なんと……」
それっぽい言葉を重々しく言われ、恐らく大体の感じで異世界人がはっとする。心配。テキトーに言ったのは私だが、もうちょっと人を疑って欲しい。
こんな感じでなんの生産性もない、ただただ無為な会話を交わす我々は、もちつき会場の片隅にいた。
もちがもちとしてつき上がり、小分けにして丸めるフェーズへと突入しているからだ。
取り残されたのは毛皮の問題でもちとの接触に相性が悪すぎる獣族ウサギの兄弟たちと、毛皮はないが不器用すぎて戦力外どころかいるだけでデバフと訳の解らない評価をくだされてしまった私だ。
ついさっきまで筋肉ウサギの兄弟たちと未知のもちについてひそひそしていた隠れ里関係の隠密、もしくはその一族は、毛が少ないと言うだけの理由でメガネからもちを丸めるお仕事を押し付けられて忙しそうにもちと粉にまみれる。毛布から上半身だけにょきにょき出した子供らも、衛生管理責任者であるレイニーからの念入りな洗浄魔法を浴びせられた上で駆り出されている状況だ。
私も、一応トライはした。
しかし。
「たもっちゃん、私ね、思う訳。最初からなにもかもうまくできる人間なんていないんじゃないかしら? ってね。だとしたら、失敗してもへこたれずチャレンジし続ける心が大事だって言えるんじゃない?」
「あのね、今は忙しいの。だいぶ粉ぶちまけてんのにいつの間にか両手に餅くっ付くだけくっ付けて全身で餅と同化しようとする奴の面倒見てる暇ないの。時間との勝負なの。ちょっとあっちで大人しくしてなさい」
「はい」
と言う、ぐうの音も出ないくだりを何度かくり返すだけの結果となった。
もちに対して存在自体がデバフ扱いされてしまう前にちょこっと触り、触ったら触っただけのもちが手の平いっぱいにべったりと付着しどうにもならなくなってからもう全然相手にしてもらえない。悲しい。
さっきからそのもちをどうにか取ろうとボウルのお水でねちねち洗ってもいるのだが、両手がずっとねばねばしてて永遠にこのままのような気がしてしまう。
冬の常温のだいぶ冷水にずっと手を入れてると冷たくて、逆に熱いみたいに感覚がしびれる。そのせいか、なぜだかどんどん切ない気持ちになってきた。
みんな忙しそうにしてるのに、その輪に入れてもらえないのつらい。一人こっそりサボるのは好きだが、最初から輪に入れてもらえないのはまた違う。
「仲間外れよくない……」
心でひんひん泣いてると、顔もひんひんとしていたのだろうか。
同じく仲間外れであるはずの筋肉ウサギの兄弟たちが、元気出せよ……みたいな感じで憐れんで、鎧を身に着けたむちむちの胸元から表面がちょっと溶けたあめ玉を取り出してくれた。筋肉は冬でも発熱する。勉強になる。
お返しに私が草をむしる片手間に森で見付けた木の実をメガネがローストしたものを分け、ボリボリコリコリとおやつにしながらもちと格闘する毛の薄い者たちを見守った。
私の手に貼り付いたもちは大半が取れたがまだ爪の間とかにその気配を感じつつ木の実をボリボリやってると、誰にも必要とされずただ時間を浪費する大人の姿に同情してか子供らが「これあげるね……」と自分たちで丸めたおもちを積み上げたお皿を我々のほうへと持ってきてくれた。優しい。完全に絵面がよくないものをなだめるお供え。
そうして筋肉ウサギの兄弟たちが木の実をもぐもぐしている口元の、もっきゅもっきゅと動いている様から目が離せずにずっと執拗に見てしまっていると、もちをせっせと丸めていたメガネが雪のよけられたもちつき会場の片隅でポリポリと際限なく木の実をつまんでぼーっとしている我々に気付いて「あっ、ナッツ甘くして餅にまぶしたろ!」と名案を閃き、いそいそと自分から仕事を増やした。
そうして甘くした木の実にまみれたおもちをもらい、すごくいい。これ、すごくいい。とメガネを絶賛したり、それはそれとして子供らがお供えしてくれたノーマルおもちをとりあえず焼こうとシュピレンで買ってそんなに使う機会のないまま今日まできた一口の携帯コンロを取り出したところ、これを見とがめたメガネが「餅は炭火だろうが!」と急にキレ、かと言って手持ちに炭はなく、仕方ないな! と小規模な、しかし詰めれば大人が二人や三人は入れそうな炭焼き窯を作ろうとしていた。
それは――彼らが現れたのは、そんな時のことだった。
荷物を背負い、冷たく湿り、凍り付く雪を荷物や服にこびり付かせた風貌は、きっと強行軍とでも言うべきムチャをして雪山を歩き通しでようようたどり着いたのだと思わせる。
しかも、そうして必死で向かってみれば、ひっそりと隠されているはずの山間の里で目にしたのはこれ。
熱々のもちに甘くした木の実をまぶしたり、しょう油にたっぷり砂糖を溶かしたり、たもっちゃんがこんなこともあろうかとウロボロス焼きの時にいっぱい作った甘いあんこをいつか使おうと取って置いたものをこれでもかと載せ、熱いあんこには有塩バターがよく似合う。と、秘められし世界の真理を子供らに植え付けきゃっきゃしている我々の姿だ。あと、魔法のゴリ押しで雪ではなくその辺の土でかまくらのような炭焼き窯を今まさに作らんとしている怪しいメガネ。
彼らは、これも中身は救援物資なのだろう。
重たげな荷物を背負ったままに、隠れ里の住人たちが集まった一軒家の前に立ち尽くし、ぼう然と呟く。
「えぇ……なんすかこれ……」
どうやら、本職の隠密たちの登場だった。
隠れ里の住人は確かに、冬の寒さと尽き掛けた食料に追い詰められていた。少なくとも、我々が偶然訪れるまではかなり厳しい状態だったと聞いている。
けれどもその助けなら――途中で遭難してしまい、たもっちゃんが掘り起こしに行くことにはなったが。先だって荷物を背負いやってきた夫婦の存在がすでにある。
だとしたら、今しがた遅れて現れた隠密たちはなんなのだろう。
もちろん、遭難こそしてしまったが先に訪れた夫婦二人が先発隊で、あとからもっとたくさんの物資を持ってやってきたとも考えられた。
でも、今回に限っては違った。




