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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
冬のウサギとぴょんぴょんとどすこいもち米旅情編
707/800

707 もち米

 ウサギのついたおもちが食べたいと、その一心だけで色々突き進みすぎるメガネにほかの大人は大体引いた。レイニーなどの一部は除く。

 しかし、ムリもない。

 この世界で恐怖の実と呼ばれる米は、ほとんどが家畜の飼料とされる。人間が口にすることもあるが、それはほかに食べるものがないなどの追い詰められた状況でだけだ。

 だからコストを掛けてよりおいしく調理しようとすることはなく、増して、この隠密一族の隠れ里で発見されたもち米はほかでは見られない種類だそうだ。

 なぜここでだけ育っているのかはガン見によって世界の全てを知りながら細かい説明文が中年にはつらいと読もうとしないメガネにも、とんと解らないと言う。

 それは細かい説明文を読んでないからじゃないかしら、などとのマジレスは、家電の説明書を読まずとりあえず動かしてみる私には口出しする権利すらないのかも知れない。

 ……ちゃんとしたメーカーさんは大体の感じで動くように製品作ってくれてるから……困った時は読むから……。説明書の目次にも、「困った時は」って項目があるから……。親切……。

 まあ、それはいい。

 致命的に誤った使用法による重大な事故にだけは気を付けて欲しい。

 なので、生産地である隠れ里においてもイマイチよく解らんと捨て置かれたもち米に、はあはあと目の色を変えて飛び付いて、時間と手間を掛けて入念に準備してどうあってもおいしく食べようと執念を燃やすメガネの姿は異世界の常識的にだいぶ変態のようだった。

「たもっちゃん、どこへ行っても変態性が隠し切れてなくてかわいそう」

「……これは変態じゃないだろ……食材を最大限においしく食べようとしてるだけだから……無実だろ……」

 思わず私も同情したが、事実は事実なので仕方ない。

 けれども、これは違うだろと往生際の悪いメガネをやっぱり理解はできず、心の距離がどんどん開いていながらも、まるでそれが使命であるかのように強い覚悟でぐっと踏みとどまる筋肉がある。

 ウサギのような容姿を持ったハーゼ族、獣族の冒険者たる兄弟たちだ。

「どうしてそこまで恐怖の実にこだわるか理解は正直できないが……恩もある。やろう」

 と、兄弟の中では小柄ながらに筋肉質なしなやかな体をふりふりの服に包み込み、誰よりもかわいい筋肉ウサギの長兄がなにやらそんな男気を見せる。

 弟たちも同意して、昨日メガネが夜なべ作業で周囲からまんべんなくうるせえとキレられた木製のきねを手に手に持ってうなずいていた。

 かわいくかしこい長兄の判断に間違いなどないのだと、むちむちの筋肉に包まれた体の大きな弟たちの表情が語る。ベルベットのようになめらかな短い毛におおわれたウサギに似た顔面がなんかすごくキリッとしていた。

 彼らが軽々と手に持っているのは、大人の背丈よりいくらか短いほどほどの丸太の、真ん中辺りにくびれを作り持ちやすくしたストレートタイプのきねである。似合う。ウサギの兄弟たちに餅つきの道具が。

 これは筋肉により軽そうに見えるが、見えるだけで結構地味に重かった。やはり筋肉。料理には筋肉が必要なのだ。

 こうして準備万端に見えて、実際はここからだいぶもたもたとした。

 たもっちゃんは、やいやい言い合いしながらも全然譲らず着々と準備し、もち米を完璧に蒸し上げ、おい待てどこへ行くと追い掛ける隠れ里の比較的元気のある大人らと山へ入って土を探してくるはずがなんか加工しやすそうなちょうどいい石があったと魔法と見せ掛けてアイテムボックスで運搬して戻り、灰色の中になにやら黒っぽい斑点のあるちょうどいい石をやはり魔法でごりごりと加工。どっしりとした石の上部中央にちょうどいいくぼみを作り、念入りにみがいて若干てりてりと光るレベルでなめらかに仕上げた。

 たもっちゃんはそうして自らが丹念にみがき完成させたもちつきの臼に満足そうに、さあいよいよ行くわよと張り切った。

 ここまででもう昼である。

 さあやろう、すぐやろうと落ち着かず、朝早くから作業していてこのていたらく。朝ごはんはしっかり食べたし、これもちいつになるか解んねえなと察した私が主犯となってお昼も勝手に備蓄の料理でちゃっかりと済ませたのでその辺の心配はいらない。

 しかもだ。

 もち米にいたっては餅をつくための臼を作るより先に蒸し上げてしまい、やべえ順番間違えたと誰よりもメガネがわたわたとあわてて一旦アイテムボックスへと収納しその時間停止の機能によってほかほか状態の保持を図らねばならなかった。

 この段取りの悪さ。

 泥棒を捕えてから縄をなう代わりにもち米を蒸してから臼を作ることわざとかが異世界にできそう。

 ここまでくると隠れ里の大人らも、もういい。そこまで言うならついてみろ。もちとやらを。気の済むまでやれ。みたいな、あきれとあきらめと逆ギレでもう見守る感じすら出していた。

 警戒心、強ければ強いほど疲れてきちゃって長く続かないパターンとかある。

 手際の悪さはあるものの、なんだかんだで準備が進み衛生観念に厳しいレイニー先生による洗浄魔法監修のもと、監修と言うか魔法でダイレクトによく洗われた餅つきの道具や今か今かと出番を待つ筋肉。

 それらを隠れ里の子供らやじゅげむが寒さ対策に毛布でぐるぐるに巻かれた中からぴかぴかの顔だけ覗かせ見守って、なんだかわくわくとしているのが伝わる。

 そんな熱い視線を浴びる中、ほかほかに蒸し、しかし蒸すタイミングが早すぎてこそっとアイテムボックスで出番を待ってもらってた輝くようなもち米が、お湯で一回よくあたためたのちにお湯を捨て軽く水気をふき取った臼の中へどっしりどすこいと移された。

 冬の空気に立ちのぼる湯気。

 ほんわかと鼻をくすぐる熱い炭水化物の香り。

 なぜなのか。自分でも不思議でならないが、ここらで日本人の魂がちょっとしたお祭り気分になってくる。

 解るよ……。子供らの、これからなにが始まるかよく解ってもいないのに、なんか知らんがわくわくしてしまうその気持ち。このイベント感。そわそわする。解る……。

 たもっちゃんは水で満たしたボウルをそばにスタンバイさせ、頭に布をゆるく巻き、白っぽいシャツを前後ろ逆にむりやり着込みさながらかっぽう着のようなそよおいで蒸したもち米がほかほかと投入されている臼のそばへと片膝を突く。

 どうやらもっちもっちとつかれるもちに合いの手を入れる役らしい。

 そのキリッとした勇壮な姿。

 まるでお正月のもちつきに張り切るいなかのおばあちゃんみたいだ。

「最初はね、最初はこねるのよ。こうやって。こうやってね。ちょっと貸して。こうよ。それで糯米が潰れて混然一体としてきてからが出番よ! はい。兎達、今こそその餅搗きに特化したヴィジュアルと筋力をこの餅にありったけ込めるのよ!」

「えぇ……」

 おばあちゃんの熱烈指導に異世界の筋肉ウサギの兄弟は「うさぎ?」「うさぎってオレたちのことか?」などと言って困惑したが、それでも一応付き合ってくれるようだ。助かる。彼らがなにをそうさせるのか、だいぶ義理堅い雰囲気をひしひしと感じる。

 あと私はすっかりメガネのことをおばあちゃんと呼んでしまっているが、もちに対するガチの姿勢がもち好きのおばあちゃんみたいてだけで別に本当におばあちゃんではなかった。間違えちゃった。

 でも、あのかっぽう着に見立てた後ろ前の白シャツで体を丸めて中腰に屈み、臼の中を覗き込む姿。正月の親戚の集まりで張り切るおばあちゃんを彷彿とさせる。これはもうマジでおばあちゃんと言えるのではないのか。

 ただよく考えたら私の人生に正月の親戚の集まりでもちつきが始まった経験はなかったように思うので、この胸にありありと思い出されているのは完全にどこにも存在しないはずの記憶だ。これは得点が高いですね……。


 男子らは、そして、やっと出番となった筋肉たちは躍動した。

 ドッカドッカドッカドッカ。

 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。

 そんなものすごい音をさせ、完璧な連携のようでいてストレートタイプのきねを振り下ろし力の限りもち米に向き合う筋肉たちの攻撃がもちと一緒に臼の中でさっささっさともち米をまとめ、またはきねにくっ付かないようその表面に余念なく水気を補給するメガネの手を割と頻繁に殴打する。無情。でも大丈夫。たもっちゃんは天界製の頑丈で鉄壁なメガネを装備してるので、なぜだか物理攻撃無効みたいなところがあるのだ。

 お陰で、もっちもっちと粘度を増して行くもち米をぺたぺたはあはあとなで回すメガネの手に幾度もきねがぶつかって、見た感じがだいぶ暴力的でありながら実質ダメージはゼロである。こう……あれ。見た感じがおっかないのと、なんとなくあのもち嫌だなと思っちゃうだけで……。

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