705 疑われた我々
だってなんかなじんでたから……。
ちょっともう違和感すらなくて、子供のかたまりとトロールでワンセットみたいになってたから……。でも忘れて帰るとか本当によくないなと思ってはいます。
まあそれはともかく。
ともかくと言うかまた別にじっくり反省するとして、ごはんとかいっぱい提供しすぎて絶対にウラがあると疑われた我々。
行き当たりばったりが服を着て歩いている我々にそんな深い考えや計算がある訳がないが、向こうも病人や子供をかかえて、しかも元々が隠密関係の人たちだ。用心深くなるのも解る。
ただそう言った心の機微と言うか、ややこしい部分に対してできることはなにもない。ごはん出したの、私じゃないですし……。
これはメガネだな。大体全部メガネが悪いなと完全なるひとごととして見切りを付けて、たもっちゃんがこの隠れ里にきたのはもち米が目的であることをあうあうと伝えようとして必死さが空回りしてしまいかえって挙動不審に拍車が掛かっているのを私はただ背後から眺めた。気分は高みの見物である。
そうして変な余裕が出たからか、ふと、別のことが気になってしまう。
我々を外に出すまいと、戸口をふさぎ立ちはだかる大人ら。
その、雪と嵐に閉じ込めらえて物資の尽きた隠れ里での生活で体を病んだ人たちが、まだちょっとゲホゴホと具合悪そうにしている。
このことが私には不思議でならない。
なぜなら彼らにはもうすでに、具合の悪いおじいちゃんでもむきむきにすると私の中で評判のお茶をがぶがぶと飲ませているからだ。
それなのに、まだイマイチ元気になってないのはどうしてなのだろう。
「ねえ、具合悪すぎない? まだ寝てなよ。お薬? お薬とかいる? あるかな……。体にいいお茶ならまだ全然いっぱいあるんですけど」
薬があればいいのだが、我々は医者でもなければ薬屋でもないのだ。もしかすると、むしってアイテムボックスに放り込んである数々の草の中には薬になる種類のものもなくはなさそうな気はするが。
だから私にできるのは、体にいいお茶のおかわりをぐいぐいと勧めることだけだ。
「さあ、お茶を。どうぞ。体にいいやつを。ぐいっと。さあさあさあ」
空腹と寒さにボコボコにされ、いつまでも具合の悪そうな病人たちへの心配。
そして私がむしり私が蒸して私が干してお茶とした体にいい草に対する信頼により、私の親切心はいつになく最高潮の押しつけがましさを増した。
ほかほかのお茶を陶器のカップにそそいだものをどこからともなく取り出して、我々の前に立ちはだかった隠れ里の病人たちにずいずい迫らんとする私。
えっ、こわ……とばかりに若干腰が引ける隠れ里の住人とその関係者たち。
なぜなのか。なぜこの親切を受け取らぬのか。いいやつ。こわくない。このお茶、とてもいいやつ。
そんなことを言いながらはあはあと距離を詰めて行く私はしかし、「リコ、今そう言うんじゃないから」とぐいぐい行きすぎる私の感じに引き気味のメガネと、危機感をつのらせた筋肉たちにはばまれた。
「疑われているんだぞ。なにをするか解らない相手にのこのこ近付いたりするな」
私の前に体を割り込ませ、隠れ里の住人たちとの間で壁となったのはふりふりの服に身を包み、ウサギ的なかわいい顔をぎゅっとさせた筋肉兄弟の長兄だ。
なんと言う男気。弱きものを背にかばい、守らんとするその姿勢。好き。
筋肉ウサギの長兄はふりふりのかわいい服を好むので、まるで魔法少女に守られてるみたいな感じもあって私だいぶまんざらでもないです。
サブカルをこじらせた大きなお友達としての感性で私が勝手に「ほわあ」と感銘を受けている間に、筋肉多めの筋肉ウサギの弟たちが兄の周りを固めて加勢する。
「そうだ! 兄者の言う通りだ!」
「兄者はかしこいから、言うことを聞かないとダメなんだ!」
「そうだそうだ! こいつらの身のこなし! 素人ではないかも知れない!」
隠れ里と言っていたのも聞こえたし!
筋肉ウサギの弟たちは口々にそう言い、兄よりも大きな体でむちむちと意外に鋭く事実に迫る。野生の本能とかなのだろうか。
まあ、なにもかもごもっともと言うほかにない。だってほら。この隠れ里にいたのは、実際に隠密一族な訳ですし。
最初のほうでビートが口走っていた情報によると、隠れ里の住人は諸般の事情で隠密としては活動してない人たちらしい。
だから、と言うべきかどうか。
住人はよぼよぼの大人や子供ばかりで、けれども隠されているのを思えばなにやら事情がありそうにも思う。それに適性がなかったりケガなどで一線を退くまでは、訓練くらいは受けていた可能性もある。
だとしたら元プロ、それか、少なくともなにも鍛えてない人間よりはいくらか突出した存在であると言えるかも知れない。
そんな人たちが本気を出せば、多分こう……あれよ。なんか。我々など、特売の期限が切れたチラシのように丸めてポイよ。
だから筋肉ウサギの兄弟たちが我々をかばうべく前に出てくれたのはなにかあったらと警戒しての、まぎれもない善意だったのだろう。ありがたい。
でもそれでホントになんかあってケガでもさせてしまったらと思うと、親切心がちょっとだけ重い。
なお、たもっちゃんとテオもほかほかのお茶の入ったカップを手にした私を後ろのほうへと押し込もうとしたが、これはちょっと理由が違った。
「リコ、今じゃないの。今は俺がこの里でだけなぜかできる糯米のポテンシャルと素晴らしさを説明して解ってもらえるかでこれから継続的な栽培に繋がるかどうかの勝負なの。ちょっと黙って座ってなさい」
「リコ、下手に動いてくれるな。刺激してどうする。おれも、あれらは素人でないと思う。お前にいつでも悪気がないのは解っているが、相手にもそれが伝わるとは限らない。変に刺激して攻撃を受けて、茨で巻きでもしたらまた話がこじれるぞ。下がれ」
前者がメガネ。後者が肩に白い毛玉の自称神を巻き付けたテオの言いぶんである。
「私の心配じゃなかったかあ」
たもっちゃんはもち米を目的とした利己的な勝負を掛けようとしていたし、テオはまるで私が首を突っ込むと確実に事態がややこしくなるとでも思い込んでいるようだった。ひどい。
「ひどい」
ひどいと思ったし、声も出た。
誰も飲んでくれない体にいいお茶、ついしょんぼり自分で飲んじゃう。
そんなこんなで名実共にかやの外に追いやられた私。
そもそも自分でもだいぶひとごとの構えではあったが、ほかのメンバーから仲間外れにされるとそれはそれで寂しい。そう言うのってよくないと思います。
なんかやってられなくなって、いつもそっとより添って、マジでより添うだけであるレイニーと一緒にまだ全然どっしり落ち着き矮小なる人間の争いを見ているような、もう寝そうになってる感じもする金ちゃんや子供らのそばでおやつとした。
しょんぼりした気持ちを癒すのはカロリー。間違いない。これまでの人生で私がしっかり貯えてきた、脂肪的な余分なお肉も間違いないとささやいている。
しかしテオはあれだなあ。私と私の茨のことを傍若無人ななにかだと思ってる感じがあるな。どうしてだろう。不思議だな。
茨については特になにも説明してなかった気がしてるので、なんか知らんがたまにやべえのがもさもさ出てくるのを目の当たりにし続けてもうドン引きの気持ちなのかも知れない。常識人、訳が解らないのが極まってくると逆に現実から目を背ける時とかがなくもない。
なんかごめんなと心の中でうっすら思い、思うだけで別に謝ったりはせず、そう言うたら茨だけでなく私のことも改まって説明したこととかないしな。今さらだな。と変に落ち着いた気持ちになってきて、私はアイテムボックスに焼き立を備蓄したホットケーキをどこからともなく取り出してたっぷりのバターをしみしみに溶かした。
金ちゃんが自らの重みでばっきり破壊し傾いたベッドにむりやり座り、そこにいるじゅげむや隠れ里の子供たちにも同じ仕様のホットケーキのお皿を渡す。共犯。その、お皿を両手で大事に持った幼き人間を見渡すようにレイニーが、自分のぶんのホットケーキのお皿を掲げて大事なことを切々と説いた。
「良いですか、ホットケーキは熱きもの。バターの上からジャムを掛けるのも結構でしょう。ですがぐっと堪えて残して置いて、少し冷めるのを待ってからホイップクリームを盛り付けるのを忘れてはなりません。たっぷりと、可能な限りです。良いですか、ゆめゆめ忘れてはなりませんよ……」
「神託じゃん」
レイニーにはたまにある上司さんの伝言を伝える時より全然おごそかな感じで、めちゃくちゃカロリーのこと訴えてくるじゃん。




