70 溶岩の池
※豪雨の表現があります。
ブルッフの種は、我々とターニャのパーティでそれぞれ頭割にして分けた。ただしトロールと薬売りは含まないものとする。
手伝っていないトロールはともかく、薬売りは結構てきぱき作業してくれた。だから渡さないのもダメだろと分けようとはしたのだが、種よりも甘いものがいいと言われた。
スイートポテト的なものを山ほどでもいいのだが、それもかわいそうなのでホットケーキやプリンも付ける。夏なので、たもっちゃんは冷却の魔法陣を刻んだ板も渡していた。
ほとんど作業を手伝わなかったうちのメガネの取りぶんは、薬売りの成果をスイーツと引き換えにした格好になる。
「あああ……こんなん食べたら大森林で生きて行けなくなりそうっす……」
休憩のお伴にみんなで冷やしたプリンを食べてると、そんな男の悲鳴を聞いた。
この日、作業は夕方前に切り上げた。
本格シーズンにはまだ少し早いのだ。落ちているブルッフの実を拾い尽くしてしまったし、真っ青な夏空にもこもこ黒い雲が出てきたかと思うとあっと言う間に大雨になった。
木々の間からざぶざぶ休みなく降りそそぐ雨は、バケツの水を無限にひっくり返しているかのようだ。
これはムリだよ。今日はもうごはんにして寝ちゃおうぜ。と、全員の意見が一致する。
ワンプレート銅貨一枚のメガネ食堂が開かれて、大体みんなそれを二食ずつ食べた。
溶岩池までくるまでも結構距離を歩いたし、溶岩池に投げ込むためのブルッフの実は目視で根気よく探さなくてはならなかった。
思いのほか成果があって充実した気分ではあったが、気付けば体はくたくただ。食後、公爵家のおじいちゃん家令もむきむきになるゲゾント草のお茶を配る。
ついでに袋に入れて一晩一緒に寝たあとの、バキバキに強靭な健康が付与された草を煎じておいた。ヒマつぶしである。
ただこの時、激しい雨をよけるため、みんなレイニーの障壁にいた。その中で草を煎じたら、当然のごとく薬っぽい草のにおいでいっぱいになる。なった。ごめん。
「ねえ、たもっちゃん」
「んー?」
草のにおいでいっぱいの雨よけの障壁を換気して、魔法で造成した小さなかまどと薬湯の鍋の辺りを別の障壁で隔離してもらった。
そうしてぐつぐつ煮える草をかきまぜながら、私は障壁の外の少し離れた辺りを見て言った。
「お風呂とかさ、作ってみる気ない?」
指で示すのは溶岩の池だ。雨で表面が冷やされて、もう赤く対流するマグマは見えない。
それでもやはり、温度はほかよりはるかに熱いのだろう。広場のように丸く開けた黒い地面の真ん中辺りで、降りそそぐ雨がもくもくと真っ白な湯気になっていた。
つまり、冷たい水が、この場所でものすごくあったかくなっている。
たもっちゃんは最初に少し首をかしげて、それからはっとしたよう叫んだ。
「温泉か!」
温泉、それはなんか知らんけど地面の下から吹き出したりしなかったりするいい感じのお湯。または水。
今回は、こんな近くに超熱いマグマがあるんだから、この辺の水脈を掘り当てれば自動的にお湯なのでは? と言う発想だ。ホントにあるかどうは知らない。
夕方頃に始まった豪雨は、一時間くらいでピタリと終わった。
雨が上がってしばらくの、夜の森。
そこに残されたのは、びっしゃびしゃでどろどろのうちのメガネと付き合いのいいテオ。それからターニャのところの若い者ロルフと、薬売りの男も同様の姿で。
彼らは四人そろって足元の地面をぼう然と見詰め、立ち尽くしていた。
その足元にあるのは、どろどろと言うか泥しか見えない直径三、四メートルほどの穴だった。温泉を求め、男子たちが掘った。
たもっちゃんが魔法で地面をずいずい掘って、穴が深くなるほどに出る土砂をテオが大きなシャベルで取り除く。ただ、あれをシャベルと呼ぶかは疑問だが。
森の地面から出た土は、夕方からの雨を含んで見るからに重い。その処理班にターニャとミンディがパーティ唯一の男手ロルフをなかなか強引に送り出し、薬売りの男は自分から積極的に巻き込まれていた。
薬売りは、ブルッフの実を割る作業中にも背負いヒモの付いた大きな木箱となにかの植物で編み上げた笠を、絶対に下ろさず脱ごうともしなかった。よっぽど大事なのだろう。
それを今はあっさりと、障壁の中に置いて行きせっせと穴を掘っている。なぜか解らないが、間違いなく楽しそうではある。
道具は彼らのぶんも含めて、たもっちゃんが板を削って取り急ぎ作った。シャベルと言っても鉄ではなくて、木でできた巨大なしゃもじみたいな物だ。
板でできた平らなしゃもじで泥をすくうのはむずかしい。しゃもじでおかゆがすくえないのと同じで。それでも穴の端をざくざく崩して広げたり、たもっちゃんが出した土砂を横のほうへ積み上げたりはできた。
とにかく、彼らはがんばった。
温泉と言い出したのは私だが、なぜここまで必死に穴を掘ったのか。ちょっと解らないほどだった。なかば熱狂めいていた。
そんないつ終わるとも解らない彼らの苦行を、ターニャとミンディ、レイニーと私はエアコン魔法が適切に効いた障壁の中で眺めたり眺めなかったりした。基本、見てなかった。
穴掘り現場がちょっと離れていたのもあるし、追加のおやつを食べるのにも忙しかった。
そして、ふと気付けば、彼らの足元には泥水で満たされた結構な穴ができていた。
マジか。やればできるもんだなと、見に行くと穴は泥水でいっぱいだった。これはなんだか、地下水と言うより雨水がたまっているだけと言う気もする。
「たもっちゃん、元気出して」
「いやいや……温泉、温泉。出てる出てる。ちょっとだけど……ちゃんとお湯出てるから」
マジか。
マジだった。
放心したようなメガネに言われ、泥水に手を入れる。じわじわとあたたかい。よく見ると水面がぽこぽこ沸き立つように動いているし、なにかがわき出しているのは確かだ。
しかし、男子たちはまだぼう然と足元を見ていた。なぜだ。温泉、ちゃんと出てるぞ。
もっとよろこべと思ったら、普通に疲れてもうなにもしたくないし考えたくないらしい。
まあね。あるよね、そう言う時って。
だが、わき出しているだけではただのお湯。それか泥水。温泉とは呼べない。いや、呼ぶのだろうか。詳しくは知らないが、とにかくこの泥水にゆっくりつかる気にはならない。
私は男子たちが掘り当てたこの温泉を、温泉っぽい温泉にすることを決意した。
「なんかさー、竹みたいなの生えてないかな。中が空洞でパイプみたいに使えるような」
肩掛けカバンに手を入れて、アイテムボックスの片手斧を取り出す。竹があるなら切り倒す気はまんまんだ。
「タケは知らないけど、フラウムの木なら水を引くのに使ったりするよ」
多分、その辺にもあるだろう。ターニャが言って、ミンディやレイニーが出した魔法の明かりで周辺を探す。すると、あった。あっさりその辺に群生していた。
フラウムの木はひょろりと細く長かった。大きいものは五メートルほどで、上部に五、六本の枝がある。その先に大きな花が付いている以外は、途中の幹に枝葉もなかった。
大きくなり切ったフラウムの木は太すぎたので、もう少し若い木を選ぶ。勇者からせしめたダマスカス鋼の片手斧で叩くと、結構硬い手応えがあった。
いや、ホントは叩いたのではなく、切り倒したかった。しかしダマスカスはよく切れるはずなのに、私が使うと幹の表面に刃先がちょっと埋まるくらいだ。
コンッ、グググ。
コンッ、グググ。
そんな音をさせながら斧の刃をぶつけては引き抜き、ぶつけては引き抜きをくり返していると横から腕をつかまれた。
つかんだのはトロールだ。そして斧を取り上げて、スコンと一撃で細い木を切り倒して見せた。なぜこれができないのかと、完全に、手際の悪さにイライラしておられる。
切り倒したフラウムの木を見ると、手首くらいの太さの幹は中がちゃんと空洞だ。花の付いた上のほうを切り落とし、一本のパイプになったものを穴まで運ぶ。そしてお湯がわき出している辺りにぶっ刺して立てた。
穴は思ったより深く、三メートルほどある木のパイプが半分ほど沈んだ。穴に入らず障壁で足場を作ってもらって正解だった。
水面から出た木のパイプからお湯が出てくるのを確認し、ムダに大きな周囲の穴をかき出した土で埋め戻す。
がんばって掘った穴をほとんど埋められ、泥だらけの男子たちが絶望っぽい顔になる。
先ほどより少し太いフラウムを切り出し、温泉が出ている木の先端へ横向きにつなげた。これはターニャとミンディが力業と魔法を使い、うまく接続してくれた。
二本めのパイプに角度を付けて、お湯が流れるようにする。空洞の木を通ってお湯が流れ落ちる先には、土魔法で強固に作った大きな湯船。これは意外にも、レイニーが文句も言わず作ってくれたものだった。
こうして男子たちの労働の成果を搾取して、大森林の隠れ湯がなりゆき任せに誕生した。




