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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
冬のウサギとぴょんぴょんとどすこいもち米旅情編
699/800

699 こだわりとカロリー

 一夜明け、我々は改めて大森林の間際の町にいた。

 現地で一晩宿泊したと見せ掛けて、公爵家がある王都からの出勤となる。

 たもっちゃんが昨日の時点で細かく待ち合わせを決めていたようだ。

 そのため我々が着いた時にはすでに筋肉ウサギの兄弟たちが集合し、開け放った戸口からそわそわと店内を覗き込んでいるところだった。

 なぜだろう。彼らはだいぶ体が大きくて、近くによると見上げるほどだ。なのにこの、背中を丸めて集まって、わくわくと夢中になっている感じ。ほほ笑ましい。

 その背後にそっと忍びより、もちもちとした集団に加わるようにメガネが彼らに問い掛ける。

「朝ご飯食べた?」

 はっと振り返るウサギらの、そのモキュッとした真剣な表情。

 昨日、氷の件で色々辞退した時よりも全然鬼気迫っててじわじわとくる。

 ここを待ち合わせ場所としていた段階でそのつもりだった気がするが、たもっちゃんはウサギらの横をすり抜けてまだ朝早くやってるかどうかも解らない店の中へと気安く入った。

 そして凛々しい顔で店主に告げる。

 横に倒したピースサインを片目に添えて。

「きちゃった!」

 厨房の防火性。そしてエルフたち全面協力のもと魔法的ななにかで排気および臭気対策に全力を尽くしたその店は、ミオドラグのラーメン屋であった。

 なんか大森林にきたら食べたくなって、朝からきちゃった。

 筋肉ウサギの兄弟たちは明らかに興味津々に、しかしおずおずと誘われるまませまい店の中へと入る。

 店の戸口は開いていたがまだ仕込み中だったのか、ミオドラグやその従者から「いや早いのよ」などと言われつつ、厨房に面したカウンター席へと横並びにぎゅうぎゅうと座った。まあまあまあ、悪いね。とか言って、しかし遠慮する気は一ミリもない。

 スープはあるが麺の納品がまだだと聞いて、たもっちゃんがアイテムボックスから備蓄の麺を取り出してこれで一つと頼み込む。

 そうして期待一杯に少しばかり待たされて、出されたデカ盛りラーメンはミオドラグのこだわりとカロリーがこれでもかと詰め込まれた逸品である。

 なんとなく食べるたびにどんどん重たくなっている気がするが、これは我々の年齢的な問題なのか。それともカロリーは日々進化するものなのだろうか。

 たくましく、そして同時に愛らしいウサギに似た獣族の兄弟たちは、この罪の味に脳汁を出した。本当に出しているかは知らないが、見る限りだいぶ出てそうだった。

 ミオドラグのラーメンは一日の数に限りがあって売り切れが早く、存在は知っていたがなかなか食べる機会がなかった。おいしい。数多の命の味がする。

 彼らはそんなことを言葉を重ねてそれぞれ語り、頭の上にぴょこんとくっ付いた、むきむきの体に対しては小ぶりにも思える長めの耳を高速で動かす。勢い余って両耳がペチペチとぶつかって、まるで拍手のようだった。

 その真っ正直な興奮と絶賛に、だいぶまんざらでもなく両腕を胸の前で組み、ミオドラグがぐっと体をのけぞらす。ラーメン屋店主としてのポージングの正しさ。ラーメンイベントのポスターかなんかで見たやつや。ラーメンイベントてなんだろう。夢かな。

 また、ローバストで買ってきた麺を提供しただけのメガネも兄弟ウサギの歓喜の感じにそわそわと、「やばい。おいしいものいっぱい食べさせたい……」と呟いていた。その気持ちもまあまあちょっとだけ解る。

 ラーメンとの邂逅に気を取られ、筋肉ウサギの兄弟たちが我々に子供とトロールが増えていることに気付くのはラーメンを全て胃の中に収め、「食べたらなくなっちゃった……」とばかりに満足感とほのかな悲しみをあふれさせつつ店を出て、濃厚なスープと麺の食感を何度も反芻してからしばらく経ってのことである。

 獣族も子供を連れて旅から旅へ、仕事を求めて流れ歩いて冒険稼業と子育てを両立するパターンもあるそうだ。

 恐らく、元冒険者で今はクレブリの孤児院で用務員をしてくれている白ヤギっぽい獣族のグリゼルディスと息子のカルルがそうだったのだろう。

 だからか、ウサギめいた獣族の兄弟たちは我々が子供を連れてても普通によろしくなくらいのリアクションだった。

 さすがに大森林には連れて入れずどこかに預け、昨日急いで帰って行ったのは子供を迎えに行くためだったのだと彼らの中で納得してくれたようだった。

 迎えに行ったのが一晩で行き来するには遠すぎる王都の中であるなどの、細かいことを抜きにすればまあ、正解と言って差し支えない。

 そんな、獣族ゆえなのかなかなか大らかな兄弟たちは、けれども金ちゃんに対しては違った。

「トロールが人に、それも人族に下るとは信じられん。うーん、勝負だ」

「どうして」

 金ちゃんに勝負を挑むのは筋肉ウサギの兄弟の中で一番体の大きな弟の一人だ。

 彼は一回「うーん」と悩ましげにうなったが、これはちょっと悩んだ感を一応出してみただけだろう。

 なぜなら短い毛皮におおわれたかわいい顔が、どうしようもなくわくわくとしている。確実にやる気いっぱいである。

 それがちょうど大森林の間際の町を通り抜け、町の外に広がったうっすらと雪の積もった原っぱに差し掛かった頃のことである。

 どうして。どうして勝負。どうして。筋肉は筋肉とのぶつかり合いを求めるとでも言うの?

 我々のそんな戸惑いをよそに、弟属性の筋肉たちはこれ幸いと原っぱへと駆け出し、ささっと等間隔に展開すると「さあこい!」とたくましい両手を広げて金ちゃんを呼んだ。あまりにも息がぴったりだった。打ち合わせでもしてんのか。

 人の言葉を解さないはずの金ちゃんはしかし、その挑戦に乗った。まるで、勝負の気配を本能的にかぎ取ったみたいに。

 冬の装備としてただの毛皮を適当に巻き付けられた金ちゃんの背中は闘志に燃えて、これからリングに上がるプロレスラーのようだった。首に赤いタオルを掛けて、かっこいい入場曲があるといいと思う。


 そんなこんなで一勝負あり、少しのち。

 我々はとりあえず空飛ぶ船でずんどこ進み、どこまでも続く曇天の空と目下に広がる地上の雪景色を我が物としていた。

 冬は爬虫類なのかも知れないワイバーンもおうちでおとなしくしてるから、我こそが空の覇者なのだ。そんな謎の万能感があった。

 私は船を飛ばすのに一切なにも関わってないので、そもそも全然関係ないが。

 思えば、最近はもうドアからドアへ移動する便利なスキルに慣れ切ってほかの手段は億劫でやってられない感覚すらある。

 その能力者であり元凶であり、けれどもわざわざそれらの手段を封印し、今回あえて船での移動を決めたメガネはこう言った。

「まだよく知らないよその人と一緒ってのもあるけど、俺、たまには移動じゃなくて旅がしたいの」

 利便性を追求し逆に疲れた現代人がたまに出す、効率的な移動ではなく不便な旅情をあえて楽しみたいみたいなあれだった。

 たもっちゃんやレイニーが交代しながら飛ばす船に運ばれて、パエリア的なお米の料理やいっぱい備蓄しすぎててもう見た感じでは中身がどれか解らないホットサンドで駅弁気分の軽食にしたり、ウサギたちからホットサンドにこんがり付いた「この、祝! 叙勲! とは?」と不思議がられたり、軽食と言う語感の軽さでずっと食べて続けてしまう主に私のかたわらで「いかんいかん食べ過ぎだ」と筋肉ウサギが体の大きな兄弟たちをあちらこちらで担ぎ上げふんふんと筋トレにいそしんでみたり、筋肉の波動に金ちゃんもふんふんと参加してなぜかテオを担ぎ上げいつしかスクワット耐久勝負みたいになったりもした。

 ウエイト代わりに金ちゃんに担がれ荷物のようにふんふんと雑な高い高いされているテオは、両手で自分の顔を押さえて世界との断絶を試みていた。成人男性に高い高いは耐えがたいなにがあるらしい。

 金ちゃんの足元に小さな毛玉のフェネさんがそわそわキャンキャンまとわり付いて、「つま、楽しい? つま! つま! 我もおっきくなったらそーゆーのできるよ! つま! 楽しい?」と、無邪気に追い打ちを掛けて行く。もうやめてあげて……。

 それを「はわー」と見ていたじゅげむが、おっ、興味あるかい? みたいな感じで弟ウサギに捕捉され、さっと抱き上げ肩車した格好でうぇいうぇいその辺を走って連れ回された。じゅげむはさらに「はわー」としていた。

 空飛ぶ船は甲板を守る魔法障壁で囲まれており、その主な目的は風よけだ。冬の空、風がびゅーびゅー吹いている。五七五で噛みしめてしまうレベルでこれがないと寒い。

 その障壁が魔力の光を帯びてるだけのほぼ透明で、見た感じはらはらさせるやつだとしても、ぽろっと船から落ちたりしないから安全性はばっちりなのだ。はらはらはするが。

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