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698 筋肉ウサギの兄弟たち

 実り豊かな大森林においても稀少な、アォフゲーエンの氷は無事に冒険者ギルドへ引き渡すことができた。

 ここからはギルドのほうでうまいこと、えらい人たちに高く売り付けてくれるのだろう。頼もしい。

 元々その氷の採集を目的に、ギルドから事前の補助を受けた上で大森林に入った筋肉ウサギの兄弟たちや途中脱落してしまったパーティと違い、我々は採集依頼を受諾せず大体の感じでふらっと行って運よく採集できただけだった。

 この軽薄さゆえなんとなく、ばちばちに覚悟を決めて氷に挑んだウサギたちより報酬が下がったりするのかなと思ったら、逆にちょびっとだけ高く買い取ってくれた。

 事前にギルドから補助を受けていないからそのぶんがどうたらこうたらと言ってたが、よく解らんけどとにかくなんかやったぜと思った。

 ここでちょっともめたのが、筋肉ウサギの兄弟たちのことである。

 アォフゲーエンの氷を採集に我々よりも早くポイントに到着し、けれども不運にも直前で魔獣と交戦することになり必要な道具を失ってしまった彼らは、ギルドから渡される報酬を辞退すると申し出たのだ。

 冬と言うのに俊敏に群れで現れて、その頃はまだ筋サーとその姫と思い込んでいた彼ら兄弟パーティに襲い掛かったサルたちは、一匹だけなら大きさも力もそこそこながらとにかく数が多かった。

 ウサギによく似た愛らしい姿の、しかしなめらかな毛皮にむちむちと筋肉を隠し持つ獣族の頭脳担当の兄は言う。

「あれに襲撃された時点で詰んでいた。あんな不運は滅多にないと油断して……あったとしても自分たちならなんとかなると慢心もあった。実際失ったのは道具だけだが、それも、加勢がなければどうなっていたか……。俺たちは、しくじった。アォフゲーエンの氷の採集成功者として名簿に載せてもらえるだけでもありがたい」

「重いんだなぁ……」

「でもほら……いっぱいとれたのはみんなでとったからですし……」

 採集は成功してますし……。ただ用意してた魔道具が壊れて、採集してから大森林の外まで運ぶ手段がなくなっちゃっただけで……。

 かわいい姿が全体的にボロボロと疲れた感じの兄ウサに、ホンマにそれでええんやろかと我々がしつこく確認していると先ほどメガネが差し出してから全然離さない小さめの角樽を愛しげに抱きしめたギルド長が言った。

「大森林は冬でも厳しいのよ。寒さで魔獣も眠るけど、全てではないし、冬眠しないぶん魔獣も生きるのに必死だから。それを舐めたのは反省すべきね。次は命を落とすわよ。今回だって、ほとんど覚悟したでしょう? しかもたちが悪いのは、命の危機を助けられた相手が何も考えてなくて大したことじゃないと思ってるところね」

 うなずくように長い巻き毛をふわふわ揺らすギルド長のもの言いに、たもっちゃんと私は「最後ちょっとディスられた気がする」「大事なこと言ってそうなのにお酒抱きしめてて話なんも入ってこない」などとざわついた。

 しかし語り掛けられた当事者である筋肉ウサギの兄弟たちは教訓を胸に刻むようにしっかりとうなずき、その真剣さにちょっと引いて周りを見るとなぜかテオやレイニーも「それ」とばかりに小さくこくこくと頭をタテに振っていた。

 我が家の二人に関しては、いや、キミらはなんだかんだで我々と一緒にやらかして行く側やないかいと思った。


 そうして、貴重な氷とあとのことを間際の町のギルド長に任せ、我々は冒険者ギルドの建物を出た。

 晴れ晴れとしたような、同時にちょっと釈然としない気持ちをかかえるなどしている。

 で、なんとなく一仕事終えた感じをかもし出し冒険者ギルドをあとにして、もう帰ろうかなと思ったら待て待てと筋肉ウサギたちに囲まれた。

「これからどうするんだ? 付いて行くぞ」

「あっ、その話まだ続いてましたか」

「当たり前だ。ハーゼ族は恩を返すんだ」

 ウサギによく似たかわいい顔をキリッとさせる、しかしもちもちとしたいい筋肉をいっぱい付けた兄弟たちは堅い意志を見せて言う。

 その姿に私は思わず「いいのよ。大丈夫。食べ物がないからって大好きなおじいちゃんのために自らたき火に入ったりしなくていいのよ」と涙ぐんでしまったが、このやるせないような狂おしい情緒は同郷で元ネタを知るメガネにしか通じなかったしそのメガネからはめんどくさそうに、同時に軽く引くような感じで「今はそう言う話じゃないんで……」と、たしなめられた。そうか、違うか。

 たもっちゃんも一瞬忘れていたらしく、その話まだ続いてたのかとすっとぼけたが、付いてくると言うウサギらに一回いいよと同意したのはほかならぬメガネだ。

 話しながらにそれをじわじわ思い出してきたようで、「じゃ、今日はもう夕方だし、一旦解散して明日の朝集合しよ」と言うことになった。

 そうして筋肉ウサギの兄弟たちとまた明日と約束して別れた我々は、大森林の間際の町で宿を探す――と見せ掛けて適当なドアから王都のアーダルベルト公爵家へ向かった。

 若干ムリめに塾の予定をねじ込んでじゅげむや金ちゃんを置いてきたので、お迎えがあんまり遅くなってしまうと、なんかこう。取り返しの付かない信頼のアレになるような気がした。危ないところだった。

 もう泊る気まんまんでやってきた、公爵家の夜。

 我々はついでに、普段からお世話になっている公爵を始め、家令のおじいちゃん一族などの公爵家の人たちにめずらしい氷を振る舞うことにした。

 氷を引き渡したのはギルド長から鋭いディスを受ける前のことだ。だからそれとは全く関係ないのだが、アイテムボックスにいくらかの氷を売らずに残してあったのだ。

 あれほど採集の面倒な、そして高く売れる氷。どんな味か一回食べたいと言う私利私欲がそうさせた。

 その時にはすでにうっすらと、じゅげむのお迎えついでに普段からお世話になりすぎている公爵家で食べてもらお。と言う考えが、なくもなかったのもあった。

 しかし氷の量と人数のかね合いで、せいぜいが一人ひとかけらずつ。もはや試食程度の量でしかない。

 それでも公爵家で働く人たちからは「もったいない」と強めに遠慮され、「溶ける溶ける!」とムリヤリ配らねばならなかった。

 遠慮じゃなくて、マジでありがた迷惑だったらどうしようと言う不安。

「縁起物だから。何かこう、縁起物だからほら」

「食べよ食べよ。もう早くみんなで食べよ。早く早く。私もちょっと食べていい? ……えっ、なにこれ」

 たもっちゃんと私が室温にさらされた氷と言うもののはかなさに追われ、早く早くとスティック状の氷を取り出し冷やした包丁で一口大に切ったものをどんどん配る。

 氷を切るってどう言うことなのと思ったら、元々そうして食べるものらしい。人数に合わせて小分けにするためじゃなかった。今回はそれもあるけども。

 アォフゲーエンの氷は、やはり特殊なのだろう。

 なぜだか不思議にやわらかく、刃物を入れるとサクサクと軽やかな音を立てて滑らかに切れた。

 私も、だいぶ貴重な氷に周りが尻込みしているすきに一つもらって口に入れたが、なにこれ。

「なんかさくさくする。なにこれ。外側ちょっとパリッとしてるのに中身がやわらかく砕けてすぐに消えちゃう。あといいにおい。いいにおいする。最初解んないけどあとからちょっと甘いのがきて、なくなったあとににおいが残って頭ん中が春のお花畑になっちゃう。なにこれ」

 もうあれ。ふわあ~! と感覚がバカになってしまってもはや言葉がなにこれとしか出てこない。なにこれ。

 私がふわあ~となっている間にメガネから氷をひとかけらあーんとされていたじゅげむが、好奇心でふくふくの顔をさらにぱああと輝かす。

「ほんと! お花! たもつおじさん、これ、お花ばたけ!」

「もー。またそうやって寿限無に変な言葉教えるぅ」

「変じゃないですう。ちょっとお花畑の意味合いが違うなって気がしてるだけですう」

 そんな言い合いをしながらも一口大に切られた氷を賄賂によって買収されたレイニーの魔法でよく冷やしたスプーンに一つずつすくい、公爵を始めとしたお屋敷の人たちに引き続き押し付ける勢いで配る。

 じゅげむと塾で一緒に学んでいるらしき子供らがぱああと顔を輝かせ、「おはなばたけ!」と言い合う姿をほほ笑ましく、ホントに余計な言葉教えちゃったなと悪い意味でドキドキと見守る。

 子供たち、それは全然覚えなくていいのよ。

 家令のおじいちゃんからは「こんな結構なものを……」としきりにお礼を言われ、その息子である有能執事にも「父の寿命も少し延びたと思います」と重ための感謝を告げられた。縁起物への信頼があつい。

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