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697 命を感じる

 意外にも、日本式鍋料理の会にドはまりしたのは深刻に遠慮していた筋肉ウサギの兄だった。

「これはいい。いいな、これは。命を感じる。生きている実感がある……」

「どうして鍋の感想までそんな重くなるの……?」

 泉の周りはやわらかい苔でおおわれて、なんとなく火をおこすのよくない気がする。と、めずらしく気を回したメガネがシュピレンで買った三口の油コンロを取り出した。

 そうして土鍋を二つ並べてコンロの上で火に掛けて、兄弟ウサギのパーティと我々でぎゅっとかたまり鍋をつついている状態だ。土鍋の直径の関係で三つはコンロに乗らなかったらしい。

 たもっちゃんに教えを乞うて鍋奉行のスキルをめきめき上げた兄ウサは、弟たちに適切に火の通った具材を取り分け、完璧な配置で鍋の中に新しい具材を投入し、時に余分なあくを取り、時に濃すぎず薄すぎない分量を見極めて弟たちの取り皿にポン酢やごまだれを追加してやる仕事にやりがいを見いだす。

 異世界の脚がいっぱいある夢のようなカニをメインとしたシンプルな水炊き。異世界の豆による濃厚な豆乳鍋。洋風ダシでのトマト的ななにかの鍋に、肉のポテンシャルに全振りしたしゃぶしゃぶ――。

 やたらと土鍋いっぱい出してんなと思ったら、様々な鍋料理がいっぺんに用意されていた。

 筋肉ウサギ兄弟のむきむきとした食欲を信じ、たもっちゃんが張り切りすぎたのだ。我々はそのご相伴に預かっているすぎない。おいしい。色んなお鍋をちょこちょこ食べれてだいぶいい。

 この鍋会は冬といえども大森林の真ん中で食べ物のにおいをさせてたら魔獣を呼びよせかねないとメガネが張った障壁の中、レイニー先生のご好意によって暖房魔法がガンガンに効かされた中で開かれた。快適すぎてちょっと眠いしぼわぼわしてくるほどである。アイス食べたい。

 そしてシメのおじやとうどんとインスタントラーメンとで主に私とレイニーが多重的な派閥に分かれ、しかし幸いにして具材のうまみがこれでもかと溶け込んだダシの残った土鍋がいくつもあったのでその全てをほどほどに味わって閉幕となった。

 トマト鍋のおじやに関しては初の鍋会であるウサギたちには変わり種でのスタートすぎる印象もあるが、これはこれでよいものには違いない。

 たもっちゃんは全力を尽くした。

 きっと、尽くしすぎたのだ。

 やたらとキリッとした兄ウサギにより「この恩は一度で返し切れるものではないと思う」なのでしばらく彼らに――つまり我々に、同行しよう。そんな提案が凛々しく出され、たもっちゃんの料理にすっかり胃袋をつかまれた筋肉ウサギの弟たちが全力で賛同。

 さすがにメガネも考え込むようにして、けれどもほどなく「いーよ。ちょっと試したい事あるし」などと意味深に了承を伝えた。

 冬。

 刺すように鋭く冷たい、そしてどこか清浄な空気で満たされた大森林は静謐で、ちらちらと舞い散る雪にどこまでも続く豊かな森がうっすら白く煙る景色も美しい。

 ただレイニー先生の暖房でだいぶほかほかにされ、鍋おいしいシメおいしいと口々にやいやい騒いで全然静かでなかっただけだ。

 我々だけでも落ち着きがないのに、元気いっぱいで色んなことに新鮮におどろく筋肉ウサギの兄弟たちも一緒になるともうずっとわっちゃわちゃしてしまう。

 いくらか経って、彼らがやわらかく短い毛におおわれたもきゅっとした口元をふわあと開き、見上げることになったのはメガネ自慢の帆船である。

「飛ぶのか! これが!」

「便利だな! 安全だな!」

「男の子ってこーゆーの好きでしょ? 解る解る。俺も。俺も好き俺も」

 むきむきしい筋肉とそれを包むベルベットのようになめらかな毛皮を備え持つ、獣族のメンズらにそわそわとまざってメガネが自慢の帆船をここぞとばかりに自画自賛した。

 きゃいきゃい騒ぐむちむちと大柄な弟ウサギらと、それに比べるとあまりに静かに、けれどもだいぶびっくりしている兄ウサギを「さぁ! 乗んなよ!」とメガネが張り切り乗船させて、地上を歩けばそこそこの日数が必要な距離をどんぶらと空を飛んで森の外を目指す。

 途中、筋肉ウサギの兄弟から聞いていた氷を採集しようと大森林に入ったが途中脱落したいくつかのパーティを上空から見付け、ウサギらに「頼む」と言われて拾いつつ、そして獣族も人族もいた脱落組が「この船はずりぃわ……」と妙に心を一つにしてめそめそ泣いてうちのメガネに謎の高笑いをさせるなどしての道のりとなった。

 笑いの止まらないメガネによると、「あれはもう逆に絶賛だった」とのことである。

 そうして大森林の端まで船で行き冒険者ギルドが管理する出入口から森を出て、みんなでそのまま大森林の間際の町にある冒険者ギルドの建物までをぞろぞろと歩く。

 我々は氷の素材を売るためだったが、脱落組は失敗しましたと申告しなければならないようだ。

「えっ、つら……何それつらい……」

「アォフゲーエンの氷は貴重だからな……採集に向かうと申告すると準備金や装備を出してもらえるんだ……」

 それは金銭だったり冬の大森林で必要になる最低限の装備だったり、兄弟ウサギらも持っていた氷を保存して運ぶための箱――これはレンタルだそうだが。そう言ったものが用意してもらえるのだと、思わずびっくりしたメガネの声にものすごく暗い顔をした脱落組のおっさんが答える。

 氷の採集に失敗してもレンタルの保冷魔道具以外はムリに返せとは言われないようだが、これは温情などではなくてギルドが損失を回収するヒマもなく貴重なアォフゲーエンの氷を求める貴族らが手に入らなかった怒りにまかせて色々な処罰を与え、それどころではなくなる場合が多いからだと思う。

 これは根拠のないただの私の憶測になるが、そうした失敗時の重すぎるリスクがあるためにだいぶ手厚い補助でもないと誰も採集依頼を受けないのかも知れない。

 ただそれはそれとして失敗の申告は気が重いもんだよとめそめそとしょぼくれたおっさんの周りでは、同じく脱落した人族獣族ないまぜの冒険者たちが、そよ風に揺れる草花のようにさわさわ小さく同意を示してうなずく。

 脱落の失意によるものなのか、もうなんかおっさんたちの存在感がはかない。

「でも、まだマシなんだ……おめぇらが取ってきてくれたからよ……」

「そうだ。これで誰も素材を手に入れてなかったら、採集に出たパーティに残らずどんなお咎めがあったか知れん」

「こわ……」

「お仕事こわあい……」

 たもっちゃんだけでなく特にはなにもしてない私までもがしみじみと身につまされる気持ちになって、冒険者ギルドに入る頃にはなんとなくみんなでしょんぼりしてしまった。

 どう見てもそれが、素材の採集に成功したテンションではなかったのだろう。

 大森林の間際の町の冒険者ギルドで窓口にいた職員たちが、ぞろぞろ入ってきた我々に気付いてこちらに目を向けた瞬間に一斉に「あっ……」と言う顔をした。

 さながら、やばい仕事に失敗した我々を待ち受ける厳しい現実を一瞬で理解してしまったかのように。こわい。そこはなんかもうちょっと、なんでもないフリとかして欲しい。

 ほどなく、脱落組とは窓口のあるギルド一階部分で別れ、我々と筋肉ウサギのパーティはギルド長の部屋へと通された。

 そしてその部屋の中にあるソファとテーブルをまとめて置いた応接セットへとみちみちに収まり、一部は収まり切らず立ったまま、冬の装備で夏よりちょっともこもこした服からビキニアーマーをちら見せしているギルド長からのお小言をいただく。

「成功したなら成功した顔で帰ってくるべきだと思うわ……」

「顔に文句言われた」

「ひどい。顔に文句言われた」

 柿渋色の長い巻き髪を持つご婦人の、間際の町のギルド長もまたてっきり氷の採集に失敗したのだとほとんど確信していたようだ。

 我々、そんなに顔がやばかったのだろうか。

 それがギルド長の部屋に入るなり、氷ここで受け渡していいの? と問い掛けられて安堵でどっと気が抜けたらしい。

 どうやって権力からかばおうかと頭を悩ませ心なしか胃を痛くしていたと言うのに、この仕打ち。ひどい。こんなの飲まなきゃやってらんないかも知んない。

 実際だいぶ心配していたらしいギルド長からのぶちぶちとしたそんな苦情は貴重な氷を適切に保存するための魔道具が部屋に運び込まれるまで続き、と言うかそれでも全然止まらず、こう言う時は口答えしちゃいけないんだと前世での豊かな経験を思わせるメガネの判断によりアイテムボックスの備蓄から大森林でドラゴンさんのご自宅下の調味ダンジョンでエルフらときゃっきゃと獲ってきた日本酒入りの小さめの角樽がなにも言わずそっと差し出されるまでだいぶ続いた。

 ギルド長もなにも言わず、ただ角樽を抱きしめた。助かるが、アルコールで問題から目を背けるの本当によくない。

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