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695 樹液の泉

 突然の寒波に、我々がぎゃあぎゃあと騒ぎすぎたのだろう。

 青々とした木々を凍らせ真横にたなびくつららを作った突風がすぎ去り、気が付けば我々は筋肉ウサギの弟たちにむちむちと包まれ守られていた。

 ウサギの兄弟が円陣を組み、その中に我々を包み込む格好である。包容力……。

 それぞれ身に着けた防具や武器がごつごつするが、強靭に弟ウサギたちの肉体を包む筋肉は意外なほどに硬くはなくてしなやかで、さらにその表面をおおう短い毛皮がなめらかなベルベットのようだ。

 しかもでかい。

 ウサギにはちっちゃくて守ってあげなくてはいけないようなイメージがあったが、ウサギの兄弟の小さいほうの兄ですら私よりも背が高かった。弟たちの筋肉との対比で小さい気がしているだけだった。

 我々を包むウサギの毛皮はまるで上等の毛布だが、しかし彼らは生命体なので自ら発熱する機能まである。一冬うちにいて欲しい。

 彼らのとっさの判断でむちむちに守られたお陰で、脆弱なる我々も泉の中に周りに生えているつららを付けて凍る木々のようにならずに済んだ。

「ありがとねえ……ありがとねえ……」

「人族は毛がないからな!」

「毛皮って言って欲しい……毛はあるから、ないのは毛皮だけだから……ありがとね……」

 どさくさに私が弟ウサギの毛皮をふぁっさふぁっさとなで回し、それをでっかいウサギが胸を張りどうだいい毛だろうと受け止めて、毛について、それ繊細なやつよとメガネがなにやらめそめそとしていた。

 そんな、どこかのんびりゆるんだ空気を、叫び声がびりりと破る。

「急げ! 氷だ!」

 辺りには、鉄の糸を弾くみたいなピインピインと甲高い音がどこからともなく時折響く。

 先ほどからそうだった。

 けれどもそれがいつからか、あちらこちらでひっきりなしに、まるで四方から迫るみたいに鳴り響く。

 我々に、その場の全員に、叫んだのはウサギの兄だった。

 それに体の大きな弟たちがはっとして、自分たちのキャンプに目をやった。

 彼らが設営していたキャンプは泉をぐるりと回り込んだ位置で、ここからはそこそこの距離がある。走っても間に合うかどうか。

 それに、サルの群れに襲撃されて、遠目に見ても今はもう破れたテントや壊れたものしか残されていないようだった。

 彼らの全身にうっすらと焦りや失望がにじむのは、そのどちらか、それとも両方のせいだっただろうか。

 が、あわわわと、誰よりもあわてたのはうちのメガネだ。

「こっ……氷? 氷くんの? やだぁ! 急にくるぅー! リコ! リコ! 何でもいいから道具出して! 鍋とかボウルとか、ほんと何でもいいから! 渡してあげて! 行くわよ! 一瞬の勝負らしいから! もー! 皆で行くわよ!」

「説明がさあ! 説明が足んないのよメガネはさあ!」

 いつも! いつもよ!

 こう言うと大体「だって聞かれてないもん」みたいな屁理屈をかますメガネに対してぶちぶちと私は文句が止まらなかったが、どうやら今は急ぎのようだ。

 私も大人。空気くらい読める。嘘。あんま読めない。

 とにかく早く早くと急かされて、ただのカバンをアイテム袋と見せ掛けながらどこからともなくアイテムボックスの鍋などをぽいぽい無限に取り出して、道具を失ったか置いてきてしまっているらしき兄弟ウサギに押し付け渡し、自分も一応異世界米の殻のボウルを装備した。

 なにがなんだが全く解ってないながら、どうしてかテンション高くはあはあとしたメガネが泉を守る障壁を解いて、代わりにレイニーへとのちほどの賄賂を約束し広く平たく足元に新しく障壁を貼り直してもらう。

 そうして泉の中央近くまで届く障壁の足場に横一列にスタンバイした一同は、たもっちゃんによる「いいい今ぁっ!」と、もやっとした合図で一斉に森の木々からしみ出した樹液の泉にざぶざぶ手持ちの容器を沈めた。

 容器ごと沈めた両手はまるで、一瞬熱いのと間違えそうに冷たくしびれた。

 なにこれ痛いマジやべえとぎゃあぎゃあ騒ぐ我々に、たもっちゃんから「はいすぐ持ち上げる!」と叱責に近い指導が入る。

 そうして樹液に沈めたボウルをざばざば持ち上げてみれば、そこにはざらざらと重なり合ってこすれ合ういくつものいびつな四角柱。

 コンサート会場などでオタクが指の間と言う間にはさみ込みぶん回すタイプのケミカルライトに近いサイズでスティック状の、細長い氷がなぜだか山盛りに採れていた。

「逆にどうして」

 そう思ったし、声も出る。あと手がどうしてもじんじんと冷たい。

 我々の両手から体温と感覚をどんどん奪った泉の水は冷え切っていたが、それでもまだ液体だった。

 それが一斉に鍋やボウルを沈めて上げたら、ざらざらとあふれんばかりの氷になって現れたのだ。

 左右を見れば泉に張り出す障壁の足場で横一列に、手に手に鍋やボウルを持った我々の誰もに同じ現象が起きていた。

 マジでなんでや。

「俺、多分過冷却だと思う。もう氷になっていい温度なのになぜか氷にならずに液体のままで、そこに刺激が加わったことにより瞬間的かつ連鎖的に結晶化して氷になるのよ。何かあんのよそーゆーの。多分。多分ね」

 はあはあと氷を検品しつつぽいぽいとアイテムボックスにさりげなく収納して行くメガネのだいぶ早口の説明によると、鉄の弦を弾くみたいな金属質のあの音は泉の端から瞬間的に氷ができて行く音だったらしい。

 ホントかどうかは知らないが、私だけでなく筋肉質のウサギらも一緒になって「へー」と感心してたので異世界あるあるって訳でもないようだ。

 なんだか手がべたつく気がするとおかんむりのレイニーにより洗浄魔法が吹き荒れて、そのどさくさにメガネと共に私も天界製で収容物の時間を止めるような気がするアイテムボックスにそのまま、さりげなく氷をどんどんと放り込む。こうしてしっかり収納しておけば、いつでもなんでも新鮮なままだ。

 しかし、本来はこうは行かない。

 貴重な氷が溶けないように厳重に、それでいて傷付いたり砕けないよう繊細な管理のもとで大森林から運び出さねばならない。

 そのための道具も、しっかり準備していたのだろう。

 弟ウサギが二人ほど自分たちのキャンプ地へと駆けて行き、すぐにどかどかと彼らの上半身ほどもある古びた木箱を二人で仲よくかかえて戻った。

「外の板は割れてるが、どうだろう?」

「兄者、兄者、確かめてくれ」

 弟たちにそう乞われ、だが愛らしい兄ウサは自分より大きな弟たちにきつく厳しい目を向けた。

「お前たち、思い違いをしてはだめだ。これは俺たちの素材じゃない。道具を失い、命すら危うく、それを助けられたんだぞ。全て渡しても返せない恩だ」

「えっ」

 弟ウサギが運んできた木箱に、なにこれ魔道具? 見せて見せて! とウサギの周りにそわそわまとわり付いていた魔道具製作などの細かい作業が嫌いでないメガネが、なにそれ知らんと完全にびっくりした声を出す。どう見ても、なにも考えてない顔である。

 そのメガネの視線を受けて、しかし、筋サーの姫のようでありながら賢く意志の堅いふりふりの兄はふかふかと愛らしい顔を厳しくさせて崩さない。

 武士かな。

 多分全然関係ないのだが、なんとなくブルーメの王様のところの武者姫のことを思い出す。姫ってなんか、意外とみんなこうなの?

 ぎゅっと険しい表情をしてても機嫌の悪いウサギのようでかわいい顔の兄により筋肉でむちむちとした弟たちが叱られるそばで、たもっちゃんはただただおろおろと言う。

「でも、でも、依頼じゃない? これ、依頼とかじゃない? 大丈夫? 持って帰らないと怒られちゃわない? うちも充分採れてるからいいよぉ。持って行きなよぉ」

「それは……いや、魔道具の箱ももう使えないようだ。運搬の手段もないんだ」

「じゃーもー一緒に行こうよぉ。大丈夫だよぉ。怒られるってとこ否定しないじゃん。一緒に帰ろうよぉ」

 サルの群れに襲われてんだもん。不可抗力だよお。

 それにみんなでせーので氷採ったから、ウサギさんのぶんまで俺らがもらっちゃうとなんか搾取じゃない? 感じ悪くない? ねえ。

 たもっちゃんは、そんな感じでほとんど泣き言の勢いで説得を続けた。

「気ぃ使うからぁ! こっち手伝ってもらったのに素材全部もらってそれで怒られてるの全然関係ない感じで見てられないからぁ!」

「だが……返せるものが何も……」

「兄者! おれたちが不甲斐ないばかりに!」

「おれたちが稼ぐ!」

「冬毛でも売ろう!」

 頭脳担当で苦悩が深い兄ウサに、筋骨隆々の弟たちも元気よく嘆いた。

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