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694 筋サーの

 大森林の苔におおわれた地面に、様々な条件がそろいできた結構な大きさのまぼろしの泉。それをぐるりと回った、あちらとこちら。

 互いに素材を争わない配慮で離れてキャンプを張ったため、我々と筋肉の集団には二十五メートルのプールとそれを囲むプールサイドほどの距離がある。

 しかし、私は聞いたのだ。

 はっきりと、狂暴に牙をむきだして襲い掛かるサルの群れを相手にしながらに、筋肉たちが口々に兄者と呼んだのを。

 そしてその声を一身に浴びるのが、彼らの中で最も小柄で、また唯一ふりふりと愛らしい衣服に身を包んだ人物であると言うこともまたしっかりと解った。

「いや姫じゃないんかい」

 兄なんかい。

 筋肉サークルでも姫でもなくて、兄弟なんかい。

 どうして。

 そんな思いが頭の中をぐるぐると回るが、人は誰しもしたい格好を楽しんでいいし、なりたい自分になっていいのだ。

 自由。人は自由なのよ。

 ただそれはそれとして、ぱっと見で筋サーの姫みたいになっているふりふりと愛らしい兄ウサギに対して「ほーん? 続けて?」みたいな気持ちになってしまう自分の業の深さはほんのちょっとだけ反省している。

 私がそうして先ほどまでとは別の意味でそわっとしてしまっている間に、うちの男子らはそれぞれできることをしていたようだ。

 森で自然発生するノーガードの泉に対して、衛生管理はそもそも期待してはいけないのかも知れない。だがそれが、サルの群れが現れたことでさらに一気にぐらついた。やだあ。

 レイニーがものすごい顔でサルを見ていた気もするが、まずメガネが泉全体をびっちりと障壁を張ってできる限り保護。

 サルの群れがざぶざぶと泉に殺到する未来が見えたとのことだ。ガン見ではなくそうなったら嫌だなと大体の予想で。気持ちは解る。

 そうする間にすでにテオは腰に吊るした剣を押さえ走り、筋肉兄弟のかなり手前で「加勢する!」と大声を上げた。

 冒険者は基本自己責任と言うか、横から変に手を出すと作戦のジャマをしてしまい状況を悪化させることもある。そのため手助けが逆に迷惑がられたり、トラブルの原因になるのも少なくはない。

 しかし今回は本当にまずかったらしく、筋肉たちも「済まない!」と応じて受け入れた。

 フェネさんもふわふわの毛玉の体でテオの肩からぴょいと飛びおり、「つまががんばるなら手伝ってあげる!」とその辺のサルにがぶがぶと勢いよく噛み付いて回っているのが見えた。妻を一人でがんばらせない伴侶のかがみ。

 人間ではなく泉を守るためなのでセーフ判定だったのか途中から障壁をレイニーに任せ、サルの群れとの戦闘にわーっと駆け付けたメガネがなにやらごそごそしてるのをさらに念のためレイニーが自分とついでに私を囲って張った障壁の中から見ていると、なにやらいくらか離れた筋肉キャンプの辺りからもくもくと煙が立ちのぼり始めた。

 火のない所に煙は立たぬ。

 筋肉たちに襲い掛かるサルも火を吹いたりしてくるタイプの魔獣ではないようだったので、完全に人類のしわざだ。意味的にことわざの使いかたが違う気はしている。

 なにかと思ってあとから聞くと、どうやらこの時メガネがちょうどアイテムボックスから勝手に出した、虫よけの草に火を付けてサルにぽいぽい投げ付けているところだったらしい。

「たもっちゃんが私の草勝手に使う……」

「だって猿いっぱいいたし……猿はなんかゴブリンに次いで殺しにくいし……」

「それはちょっとなんとなく解る……」

 戦闘能力が一ミリもないのと恐いとすぐ腰が砕けるなどの諸般の事情で一切戦わないタイプの私にも。なんとなく。

 そんな話をしたのはサルの群れがウキーウキーと悲鳴を上げて、やだなんかこの人間ひどい! 愛すべき野生動物に対してこんなのひどい! と恨みがましく遠吠えしながら逃げて行ってからである。

 まあ、草もむしりにむしって干しに干し、ギルドで売るのすらだるいレベルで在庫がダブついているので使ってもらっても構わない。おやつとかで補填してもらえれば全然。

 しかし虫よけの草で魔獣に効いたんやろかと思ったら、草の成分で虫をよせ付けないのではなくシンプルに煙で追い払うやつだったのでサルも涙目で逃げるしかなくなったようだ。ただし人間も煙によって涙目である。

「なるほど……私のむしって干した草のお陰だから私のお陰と言っても過言ではないな……」

「びっくりするほど何もしてないのにしっかり手柄を主張する感じ、力強くて俺は嫌いじゃないですよ。リコ、びっくるするほど何もしてないけど」

「強調すんなや。なんもしてないけど」

 自分で燃やした煙にやられてぐしぐししながら戻ってきた男子らに、寒かったやろとあったかいお茶とおやつを出してそんなことをやいやいと言い合う。テオには甘くないホットサンドなどにした。

 そうして一緒にむきむきとお茶にしながら話すのは、筋サーならぬ筋肉ウサギたちである。

「世話を掛けて悪かった。俺が甘かった。この時期は冬眠する魔獣も多い代わりに、残ったものは輪を掛けて狂暴だと聞いていたのに……まさか群れで襲われるとは」

「兄者、みなの責任だ」

「そうだ。兄者がかしこいからむずかしいこと全部まかせて、油断したんだ」

 ごめんよお、としょんぼり耳を伏せながら、むきむきとした獣族の冒険者兄弟は両手におやつとホットサンドをそれぞれ持って反省を口にした。

 先ほどまでは遠目に見ただけだったのでよく解らずにいたが、これでもかと筋肉に包まれた弟ウサギたちもまたやわらかそうな毛皮に全身おおわれて頭にはぴょこんと耳が生えていた。大きな体との比率によって小さく見える感じはするが、しっかりとウサギの耳である。

 種族としては兄弟みんなウサギに似た獣族で、弟たちを危険な目にあわせたと苦い顔の兄ウサギもよく見ると小柄ながらにガチガチの筋肉質に思われた。

 ふりふりの愛らしい服の合間から、ちらちら覗くゴリゴリの腹筋。意外性である。

 彼らのキャンプ地がサルの襲撃で荒らされて、装備にも被害があったと言うのでメガネが「とりあえずお茶にしよ!」と連れてきた。

 オタク、考えすぎるとアッ……アッ……と奇怪な生物みたいな鳴き声しか出ないが、疲れてくると急に雑なコミュ力を見せる。

 ウサギの兄弟もよく付いてきてくれたなと思ったら、彼らはなによりもまず迷惑を掛けたと深々とレイニーや私にまで頭を下げた。めちゃくちゃウサ耳がめちゃくちゃしょんぼりとしていた。

「詫びにもならないが、素材や魔石はそちらで取って欲しい」

 どうやら、大半は逃げたがいくらか倒したサルもいるらしい。

 兄ウサギが言い、たもっちゃんが答える。

「猿の素材、剥ぐのこわぁい……」

 たもっちゃんは異世界にきてから魔獣を狩るようになってはいるが、それでも人間に近い形の生き物はまた話が違うとのことだ。

 解る。私は人間に近くない食肉の解体でもおっかないほうだ。

 兄ウサギは素材のはぎ取りを恐がるメガネに色濃い戸惑いを垣間見せたが、それをぐっと飲み込んで「それは、こちらで」と素材や魔石を取り出した上で渡すと申し出てくれた。

 我ら筋肉ウサギの兄弟、できぬことなどなにもない。くらいの気持ちで大森林にきたのに、そう大きくもないサルたちに数の暴力でぼこぼこにされ彼らはだいぶ悲しげだった。

 弱っているところにレイニーからの執拗な洗浄魔法を掛けられて、さらにちょっとよれよれである。おやつの前に洗われたのだ。

 ふと、清潔になってもなんだかよれよれしてるなと思えば、筋サーの姫っぽい兄ウサの服にところどころほつれが見えた。

「お兄ちゃん、その服さ……」

「趣味だ」

「そっかあ」

 直すなら針とか糸とか布とかリボンもストックあるよと言おうとしたら、食い気味にそんな申告を受ける。そっかあ。趣味か。

 聞きたいのそこじゃなかったけど、そっかあ。

 兄者はなんでも似合うからな! と筋肉ウサギの弟たちが全肯定マシーンと化して小柄な兄をちやほやしたり、森からだいぶ巨大なシカ的なものがやってきてドカドカとレイニーの障壁に体当たりするのを「今度こそは!」と兄弟ウサギが張り切って仕留めたり、その素材や肉を「詫びに」「いやいやそんな」と押し付け合っている内に、その時がきた。

 それは冷たい風だった。

 真冬に凍えた山の上から深く積もった雪原をすべり、ここまで吹き下ろしてきたような。

 唐突に、ごうごうと刺すような突風が吹き荒れて、我々の体温と人間性を奪い去る。我先にとほかの人間を風よけにして、やだやだ寒い信じらんないと自分だけは助かろうとする争いが仲間内で起こった。

 しばしのち、風が治まり辺りを見れば緑の木々がばりばりと凍て付き、泉からはピインピインと金属質な音がした。

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