692 荷が重い
武者姫からのあまりにストレートな感謝に、そうですか? だったらなんかよかったですう。と、若干もじもじしてしまう我々。
まだあどけなさすらあるような、姫は明るく他意がない。
しかしそのぶん正直に、彼女は少し悲しげに続けた。
「もしかしたら……もしかしたら、秋には大森林に誘ってくれるかと思っていた」
「ふぎゅう」
変な声出た。
秋――いや、その前の自主的夏休みの辺りから大森林に入りびたっていた我々は、全然そんなこと思い付きもしなかった。
「いや、よいのだ。勝手に期待していただけだ」
「おあぁ……」
なんでそんな的確に息の根止めにくんの。
約束してた訳ではないし、我々多分悪くない。悪くないけど、なんか姫、すごい寂しそうな顔してんじゃん。
我々? やっぱ我々が悪いの?
そんな思いであわわわともうなにも解らないパニックに飲み込まれそうになったが、悲しげな顔をふっと曇った表情へと変えた武者姫がもの憂げに続けた言葉によって意外とそうでもねえなと冷静になる。
「ドラゴンと約束した供物のこともあるだろう? あれに関してはわたしが大森林まで足を運ぶのが筋と言うもの。そうだろう? しかし、お父様に止められていてな……。友に誘われたなら、断るのも悪いと大森林行きを押し通せたのだが」
「あっ、これ逆に誘わなくてよかったやつだ」
だってえらいパパが反対してっから。
なんだよかったびっくりしちゃったとメガネは安心したようにほうっと大きく息を吐いたが、私は気が付いた。なんか今、しれっと武者姫の友に数えられてたなって。
王族の友、荷が重い。
なんかあれでしょ? 魑魅魍魎が跋扈するお茶会とかで姫のイエスマンとして平民出身の聖女とかの言動を重箱の隅をつつく姑のようにあれやこれやするんでしょ?
……できるかな……心配だな……。
むしろ私が小市民すぎて、逆に重箱の隅をつつかれてしまうかも知れないな……。
ついそんな変な心配に思いをはせてぼんやりとしたが、よく考えたら各所でちょくちょく本能的にケンカを買ってこじれるだけこじれた辺りで公爵などのえらい人とか常識人になんとかしてもらっている私のような人間に、大事な姫のイエスマンとしての役割が期待される訳がなかった。
あれですもんね。私、考えるより全然先に口から本音がぼろぼろこぼれちゃってる時ありますもんね。それはね。あれ本当になんでなのか解んなくて自分でも恐い。
また、そもそもの話になるのだが武者姫、重箱の隅をつつく感じの嫌がらせはしない。絶対にそう言うタイプではなかった。
どうしても気の合わない人間がいたら、多分こぶしで語り合う。私には解る。
真っ赤に熟れた夕暮れの太陽。雑草が川風に揺れる河川敷で二人、タイマンでぼこぼことなにかを確かめ合うのだ。
いつか触れるものみな傷付けてきた姫のこぶしを受け止めて、相容れないかも知れないけれど互いに認め合えるライバルのようなご令嬢が現れてくれることを願う。姫、姫なのに夕暮れの決闘がものすごい似合う。
脱線に脱線を重ねてもうなんの話だったか解らなくなった想像に、「姫、武器はダメよ。こぶしよ。友情はこぶしで語るのよ」と唐突なアドバイスを始め、さすがの姫にも「えっ、うん?」と、なにも解らない顔をさせながら無事に王家へのお歳暮を渡して日頃の感謝を伝えることができた。無事とは。
両親のぶんの保湿クリームもまとめて一時的に預かった武者姫は、これを人質に色々有利に交渉したい。などとよからぬ感じをこぼしたが、それは聞いてないことにして帰ろうと思う。
うっすらと、王家へのお歳暮をまとめて姫に渡してはいけなかった気はしている。
最後にちょろっと以前稀少な素材を巨大ペリットの吐しゃ物として山ほど提供してくれたドラゴンさんとの約束のため、供物として姫の考えた最強のおいしいものを届けてもらう仕事を依頼することになるかも知れぬとふんわりした予告を受けるなどして我々は王城をあとにした。
姫もスケジュールが詰まっているのか割と短時間で我々との話を切り上げて、去り際にはお付きの侍女らからだいぶ急かされ忙しそうだった。
冬、異世界の社交シーズンは王侯貴族が忙殺される季節なのだろう。我々、特殊なアーダルベルト公爵を一番身近に見すぎてるせいでちょっとピンとこないけど。
我々も、お歳暮の旅がまだ始まったばかり。
いや、嘘。今年の保湿クリームは公爵家で量産する前にエルフの里でもそこそこ作っておくと言う高い計画性により、あと何ヶ所かを残すだけである。
量産のお陰で在庫にはダブついている勢いでかなりの余裕があるが、これは多分あとから王様経由で発注があるから……。なんか知らんけどちょうどいいギフトとしてお城で需要があるっぽいから……。私、お金、大好き……。
姫と別れて王城から出るまでの間に、我々担当として呼び出されたもののすぐに颯爽と武者姫が現れ結果として本当に呼ばれただけになった隠れ甘党へこっそりと甘いものを保存の魔法を念入りに掛けた箱いっぱいにお渡し。なんとなくお世話になってます。
その足で、急ぎマダム・フレイヤの娼館へと向かう。
娼館の営業時間が多分夜であることを思うと、マダムやレディのお仕度前の迷惑な時間になってしまった。
そのためなるべく手早くと、シックでゴージャスな扉の辺りで娼館のレディたちのぶんも含めてお歳暮のスキンケアシリーズをいっぺんにお渡ししてすぐに辞去する。
実際、忙しい時間帯だったのだろう。
マダムやレディたちはものすごく残念そうに、けれども引き留めはせず、それでいてものすごくちやほやと送り出してくれた。
本当にささっとご挨拶しただけだけで、ごく短時間の訪問だったのに残されるこの満足感よ。
やたらとほこほことした気持ちがすごい。なにこれ。プロのレディのちやほやすごい。
これは紳士も課金しますわと、もう何度も思っている気がするやたらとしみじみとした納得を改めて得た。
それから寝たり起きたり日を改めたりしながらにクレブリで日々子供らの面倒を見てくれているユーディットたちにも保湿用品をたずさえ会いに行ったり、子供らに甘いものを際限なく与えて怒られたり、冬に入ったばかりながらにすでにいくらか積もった雪を集めた山の中から地元の漁師がなんか獲れたと売りにきたカニをせっせと回収したりしてすごした。
また、その合間に聞かされた話によると、たもっちゃんがうっかり温泉卵として買ってきた大きな卵から生まれたダチョウ的なかなり大きめの鳥であるおんたまが、思ったより成長いちじるしくそろそろ孤児院の建物にも入れなくなりそうな雰囲気だそうだ。
いや、孤児院の建物は元は倉庫だっただけあってだいぶ広さはあるのだが、入り口が。人類用の入り口がせまい。
それを聞き、引いちゃいましたね。なんか気持ちが。
おんたま、今ですらダチョウくらいあんじゃんと思ったら、まだ全然雛鳥の段階らしい。
ダチョウくらいあんじゃん……。
あとは普段ちょっと忘れがちだが隣国へお婿に行った某王子の様子も見に行って、薄情ではありませんかもっと頻繁にいらしてくださってよろしいのに! などと主にメガネが責められる横で王子の妻でご当地王族であるふわふわの姫にこれは大変よいものですと強靭なるスキンケアシリーズを贈り、抜かりなくポイントを稼いでおくこともした。
彼らの住むザイデシュラーフェンは雪深くメルヘンな小国ながら、いい絹を生み出し、なによりそのさらに隣国であるエーシュヴィッヘルから百年朽ちない異世界栗を入手する重要な経由国でもあるのだ。
媚び売る。全然売る。
我々は直接入手に行ってもいいし実際行ったこともあるのだが、我々の手を離れた輸入経路が確保されることにより市場で普通に異世界栗が流通し、市井の料理人によるまだ見ぬおいしいなにかがいっぱい生み出される可能性を私は夢見る。
それで久々の兄弟子と兄弟子を囲む大量のでっかいイヌたちにテンションのあがったじゅげむから、軽率な師匠であるメガネによってやはり軽率に新しく妹弟子ができたことを知らされた王子が「もう……わたしは用済みなのですか……?」とめちゃくちゃ悲劇っぽい空気を出してメガネにぐいぐい詰めよる様を、なんかもうおもしろいなこれ。と、おやつをもそもそいただきながら眺めた。完全にひとごとでだいぶ娯楽だった。
そうこうしてると王子の実家のブルーメの王様から保湿クリーム大量発注がきて、公爵家のメイドさんたち全面協力のもと蓄えた在庫を放出して対応する内に日にちがすぎた。
で、改めて大森林である。
なんとなくすでに疲れてるメガネがガン見によってリサーチし、よぼよぼと船を飛ばして到着した泉にはすでに先客たちがいた。




