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69 ブルッフの実

※地球の火山は命に関わる有害物質を放出していて大変危険とのことなので、地球にお住いの地球人の皆さまにおかれましてはむやみに溶岩に接近せず、調理の熱源などにはなさらないようにお願い申し上げます。

 大事なのは、膨張したブルッフの実の、真ん中にあるクルミみたいな種だ。

 しかしそれは、しょせん愚かな人間の常識なのである。

 こだわりの地産地消奴隷であったトロールは、どうやら大森林出身のようだ。その彼は、むしろ薄いピンクの実の部分こそを愛した。

 いや、本当に愛しているかは解らない。とりあえず、むっしゃむっしゃ食べてた。

 もちろん食べても構わない。溶岩の熱でポップコーン的にふくらんだ実は、そうなる前の、石みたいに硬い姿から想像できないくらいにやわらかい。割ってみると、ほこほことしたサツマイモみたいだ。

 ただ、おいしくない。ほこほこしてるのに口に入れるとぱっさぱさで、味もなかった。

 おいしくないけどこれどうするかと言いながら、ほこほこ実を割り種を取り出し、ピンク色の実を積み上げている。食べられるだけに、捨てるのもしのびなくて悩ましい。

 そのブルッフの実を山盛りにした、ボウル代わりにしているうつわは二つに割った恐怖の実の殻だった。

 大森林にくるまでの道で、我々は目に付いた農場に片っ端から立ちよった。そして手当たり次第に恐怖の実を買ったので、つぶつぶが全部こっちを見ているお米を取り出したあとの殻もまた、大量にあった。

 これが、意外と便利だった。乾燥させたひょうたんみたいで薄くて軽く、そうそう割れないし数だけはある。ちょっとなにかを入れとくのによかった。

「これは駄目だわ……不憫過ぎるわ……」

 たもっちゃんは悲しい顔でトロールを見た。

 トロールは恐怖ボウルに山盛りの、ブルッフの実をむっしゃむっしゃと手づかみで食べた。たまに地面に落ちたのも、平気で拾ってもしゃもしゃ食べる。それはやめろ。確かに不憫だ。

 くり返すが、おいしくはない。腹がふくれればなんでもいいと言う感じがすごい。

 そのことを、たもっちゃんが嘆く。

「やめて! もっとおいしいもの食べさせてるでしょ! そんな大して変わんないみたいなテンションで食べるのはもうやめて!」

 いや、違った。嘆くと言うか……なんかこう、ものすっごい取りすがって泣いてた。

 我々はブルッフの実を割る作業に忙しいので、とりあえず泣いたメガネはトロールに任せた。

 取り出したブルッフの種を洗浄し、乾かすために黒い地面の端に並べる。途中で泣いたメガネに肩を揺すられ食材などを出したりしつつ、しかし単純作業は順調だ。

 どんどん数を増やすブルッフの種に、悪くない、と言ったのはターニャだ。

「まだ早いかと思ったけど、結構取れるもんだね」

 人気スポットだと言う割に、ほかに人がいないのはオフシーズンだったかららしい。

 大してとれないと承知の上でここへきたのは、大森林初心者である我々のために難易度は低くしかし実入りのいいスポットを教える意味合いが強かったようだ。親切がすぎる。

 ありがたみより忍びなさがすごいみたいな私をよそに、ターニャの連れである二人が「いやいやいや」と首を振る。

「まだ早いよ。落ちてるブルッフの実も少ないし。それ以上に効率がよすぎなんだよ」

「ターニャ、ごめん。わたしでは、あの障壁はむりよ」

「いやー、なかなか見ない力業っすねー」

 スンッと真顔の二人の前で、大きな木箱を背負ったままに薬売りの男が笑う。

 へらへらしているようでいて、なんだかあきれているようにも見えた。手には薄いピンクのブルッフの実を持ち、割って種を取り出す作業を手伝ってくれている。

「て言うかさ、キミはあれなの? いいの? こんな所でサボってて。助かるけどさ」

「よくはないっす」

 私が問うと、ははっと乾いたような声で笑って男は言った。

「お客さんたち、ランクもそう高くないみたいだし大森林初めてだっつうじゃないっすか。ポーションとかお入用じゃないかなー、と思ったんすけどね」

「それは当てが外れたな」

 こいつらはめちゃくちゃだからなと、今までにも何度か聞いた誹謗中傷をしながらにテオが重くうなずいて見せる。その手はやはり、せっせとブルッフの実を割っていた。

 我々は今全員で、ころんころんと山のように集まってくる薄いピンクに膨張した実から種を取り出す単純作業に当たっていた。ただし、メガネとトロールは除く。あいつらはまだモメている。

 素材と冒険にあふれているらしいせっかくの大森林ではあるが、我々がせっせと行う作業は地味だ。

 レイニーのエアコン魔法で涼みながらに障壁の中で車座になって、ひたすらブルッフの実をほくほくと割る。

 いや、私はこの作業に向いてると思う。レイニーも、これなら手伝えると言う意味で向いている。

 ただ、ターニャたちは見るからに戦闘に備えて装備を整えた冒険者だし、テオにいたってはAランクだ。戦闘力のムダ使いすぎる。 彼らも荒ぶる魔獣を追い掛けて、血で血を洗うような仕事がしたいのではないか。いやこの言いかただと、ただの戦闘狂だけど。

 薬屋については、よく解らない。こんな作業に慣れているのか、手際はよかった。ただ、彼にはなんの得にもならない。

 しかしあとでポーションの一本でも買ってあげようかなと言う気持ちにはなるので、もしかすると深淵なセールスの一環かも知れない。効率は悪い。

「薬ってさ、森の中で売れるもんなの?」

 割ったブルッフの実を積み上げて、男に問う。こんな調子で売り上げは大丈夫なのかと、私は余計な心配などをしている。

 しかし、これはホントに余計なことだった。

「ヨユーっすね。大森林に入る前にはポーションくらいは準備してるもんすけど、大体皆さん少なめなんっす」

 初心者はちょっとしたことですぐにポーションを消費してしまうし、熟練の冒険者でも大森林は油断ならない場所らしい。奥地に行けば行くほど危険度は増す。

 そんな環境だからこそ、大森林の薬売りは重宝されるとのことだ。

 森の外で買うよりは、どんな薬もかなり高めにはなっている。そこが難点ではあるが、しょうがない。

 大森林では奥地はもちろん外縁部でも、薬を運ぶのも比喩ではなく命がけなのだ。

 観光地でも場所によってはおみやげの値段が高くなる。あの現象に我々は、異世界でも涙をのむほかにないのである。

「ポーションの品質には自信があるっす! 傷薬とか毒消しも用意してるんで、一回使ってみて欲しいっす!」

 大森林を中心に、需要があればどこへでも。

 薬を背負って売り歩く男は、話のついでに意外と心に響かない軽薄なセールストークをくり広げた。ひどい。いつもせっぱ詰まった客を見付けて売り付けているので、あまり話術は必要ないのかも知れない。

 たもっちゃんが汗だくになってはあはあしながら駆け戻ってきたのは、我々が薬売りの男を売り込みかた下手くそかとぼろくそに言っている時だった。

「ねぇねぇ見て見てこれ食べてねぇねぇ!」

 うちのメガネが走ってきたのは、黒い地面に囲まれた溶岩池の方向だ。マグマが見える池の上には、二階くらいの高さの所に足場代わりの障壁があった。

 それは溶岩池の中心部から階段状に低くなりつつ森の端、我々の所まで伸びている。

 障壁の階段を駆け下りてくるメガネの肩には長い棒が担がれていて、先には焼き網みたいな金属の網を二枚重ねて固定してあった。

 二枚の金網の間にいくつも並べてはさんであるのは、平たく丸いおもちみたいなものだ。ただし、色はピンクに近い。

「どう? どう? これどう? ねぇねぇ、よくない? どう? おいしい? ねぇ」

 たもっちゃんが肩で息をしながらにぽいぽい全員に渡したそれは、少し熱くて、甘く、やわらかく、口に含むとほくほく砕けてねっとりと溶けた。

 表面には少しこげめが付いて、その部分は皮のような食感がある。焼く前に溶き玉子が塗ってあるからだろう。

「あっ。これ、スイートポテトだ」

 単純作業のかたわらに私たちがあまり内容のない話をしている間に、たもっちゃんは裏ごししたブルッフの実にバターや生クリーム、砂糖、ハチミツなどを加え、これでもかと練るようにまぜて丸めて表面に溶き玉子を塗ってから、長い棒の先の焼き網にはさんで高温の溶岩池の上であぶってきたようだった。

「おいしい。たもっちゃん有能」

 私は、幼馴染の能力をたたえた。

 ポテトではないスイートポテトはターニャたちにも好評だったが、一番よろこんだのは薬売りの男だ。

「大森林産の蜂蜜とかはあるんすけど、お菓子とかに加工して売ってるとこないんっすよねー」

 男は大森林の担当になって数年にもなるそうで、どうやら甘いものに飢えていたようだ。

 たもっちゃんは結構数を作っていたが、薬売りとトロールが遠慮なくぱくぱく食べてあっと言う間になくなってしまう。

 追加で作るとそれも二人でほとんと食べて、最後のほうは我先にと争いすぎてちょっとケンカみたいになっていた。昭和の子供か。

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