688 ウロボロス焼き
ちょっとした善意を見せたのに、その優しさを上回るデメリットを瞬時に見抜いたメガネによってこっぴどく拒絶されてしまった私。悲しい。
逆になぜマーガや厨房の神官は普通に手伝わせてもらえたかと言えば、まあ、料理に慣れてて手際よく有能であるのも確かだ。
しかし今回はそれだけではなくて、彼らにはメガネが去ったあとにもこのウロボロス焼きの道具を活用し自分たちでお菓子を作ってもらわねばならぬと言う理由もあった。
焼き型の手入れを一通り終え、焼き型のためのハンドルカバーを製作する内に時刻はお昼。
厨房の神官が用意した豆のスープにこちらからは手持ちのふかふかしたパンを提供し、昼食にしながらメガネが言った。
「焼き型作るのに何か楽しくなってきてちょっと忘れちゃってたけど、ウロボロス焼きの仕込みとか作りかたとか使ったあとの道具の手入れとか覚えて欲しいからお昼からもちょっと時間もらえない?」
「はい、もちろん」
ぴかぴかと期待に顔を輝かすみたいに返事をするマーガに、私もうっすらと思い出す。
「そうでしたね……そもそもマーガのお仕事の話から始まってましたね……」
一身上のもめごとにより、理不尽にも身を隠さなくてはならないがそろそろお金も稼ぎたいと言う、のっぴきならない生活の。
そこでメガネが神殿で顔を見せない密売方式でお菓子でも売ればいいじゃん、と軽率に提案して今こうなっている。
専用の道具まで作ってきたことで思ったより大ごとになってきた現状に、バスティアン様が困ったような、申し訳ないような表情を浮かべる。
「前の神官長が横領していた黄金の像を中央神殿に売ったから、資金にはまだ余裕があるが……。確かに、このままいつまでもは続かない。余裕のある内に何かを始めるのは賢い判断だと思う。また、親身に力を貸して頂いた事、感謝します」
大半はマーガに向けて、そして最後の部分をメガネに向けてイケおじが少し目を伏せ頭を下げる。
そんな姿も様になっているのだが、我々はその辺に感心する前に意識を別の部分に持って行かれてしまった。
「あれ、売ったんだ……」
「まぁ……よくないお金でも見た感じは聖人像だから……」
私はメガネとぼそぼそ言って、かつてこの神殿で不正バイトに明け暮れていた神官と前の神官長のご老人がその収入を隠すため神殿の屋根にゴージャスに飾った金ぴかの像のことを思い出していた。
もう少し詳しくイケおじに聞くと、売り払われた黄金の像は現在王都の神殿の先日覗いた礼拝堂でこそないが割と目立つ辺りにドヤと設置されていると言う。
いいのだろうか。金ぴかの聖人像、できた経緯が不正資金の投資とか言うだいぶアレな感じだが。
でもそんなことは気にせず飾っているのかと思うと、さすが信仰の場でありながら見た感じなぜか富と権力うずまく印象の中央神殿やでみたいな気持ちすらする。
そんな変な納得を深めて昼食を終え、午後はメガネによってウロボロス焼きの担い手として見込まれたマーガの特訓が始まった。
火を使うし道具もかなり熱くなるので子供らは厨房に入れてもらえないのだが、試食と商売のかおりをかぎ付けて一枚噛もうとするように厨房と食堂をつなぐ戸口の辺りに子供らと金ちゃんがわらわら集まりなにかを待ち構えていた。心なしかめちゃくちゃ熱意にあふれた顔だった。
なお、これは余談ではあるが、どうやらマーガがメガネの新しい弟子になったらしいと理解したじゅげむがマーガは妹弟子になるのかも知れないねと私などからテキトーに教えられ、自分のあとに門下となったマーガに対してやたらとキリッと「ぼくのことはあにでしとよびなさい」と言っていたのは日記かなにかに太字で記して後世に強めに残しておきたい。
なんかいないな。と、うっすら思ったり別に気にしてなかったりしていたのだが、テオとテオを伴侶とする毛玉の神たるフェネさんが外出していたと気が付いたのは彼らが神殿に帰ってきたのを見てからだ。
ごはん! と元気いっぱいに食堂へ飛び込んできたフェネさんとそのあとに付いて戻ったテオに気が付き、厨房からメガネが「お帰り」顔を覗かせた。
これがだいぶ普通だったので、もしかするとテオのお出掛けは男子らの間では共有済みだったのかも知れない。別にいいけど私にも共有してくれないのはなぜなのか。
ウロボロス焼きで手の離せないメガネから便利さの観点から私が任命を受け、備蓄のごはんをアイテムボックスの備蓄から適当に提供。
悪いな。助かる。と親しき中にもちゃんと遠慮とお礼ができるテオがテーブルに着き、フェネさんと一緒に食事にしながら唐突に語り出した。
「街の警備隊に行ってきた」
「えっ、はい」
誰に話しているのか解らんが、なんかこっち向いてるし位置的に一番近いのが私だったので一応戸惑いの合いの手を入れておく。
もしも私に話しているのではなくても、なんだこいつと思われるだけだ。なにそれすごく恥ずかしい。でも会話を無視するとかわいそうだから……間違ってても私が悲しみをかかえれば済む話だから……。
一瞬そんな悲壮な覚悟が頭と胸の中をかき乱したが、今回は運よく話を聞くのが私でもよかったようだ。テオは食事と共に話を続ける。
「マーガとトラブルになった相手の事は、警備隊も把握しているそうだ。ただ、やはり常時の警護は難しいと。代わりに、神殿周辺の見回りを増やすとの約束は取り付けてきた」
ついでに警備隊で把握しているトラブル相手の名前と居所を聞き出して、その顔を確かめに行った。周辺でもその評判を聞き込んでみたが、やはりタチの悪い仲間とつるんで素行の悪さが目立つようだった。
テオはそんな所感を述べて、最後にこうまとめた。
「少なくとも、まだしばらくはマーガも神殿から出ないほうがよさそうだ」
「テオさあ……もうご老公なのよ」
やってることが。
こう、なんか。水戸辺りの黄門様的な。
チラっと縁ができただけの子供にも、この手厚い配慮ぶり。
周りを固める若い者とか忍びを使わず自ら動く辺りまだ若さを感じるが、人がよすぎる。だがそれでこそテオ。さすテオである。
これだからなにもちゃんとしてない我々と変な縁ができてしまうのだ。かわいそう。
私からこぼれたご老公の響きにさすがにまだ老公と言うほどの年ではないとテオが複雑そうにしてたので、我々の故郷にはそう言う人物がいて後世の創作も入りまじりもうなんかだいぶおもしろいことになっているのだと熱心に布教しておいた。
その流れでテキトー極まりない我々のパーティ名もそのご老公にあやかっていると説明したが、テオはなにやらハッとしたように「なるほど、それで……」みたいな感じ入りかたをしていた。
多分、テオが持ち前の善良さによってこれまでの我々の行き当たりばったりに人様の事情に首を突っ込みのっぴきならなくなった辺りで公爵を始めとしたえらい人に丸投げしてなんとかしてもらってきた数々のあれを思い浮かべていいように解釈してくれているような気はするのだが、その実態は完全にどれもなりゆきなのと一身上のわきの甘さとお財布事情で地球の知財権をうっかり勝手に私的流用してるために必死で徳のポイントをためねばならぬ特殊な事情をかかえているのでもう全然「なるほど……」ではないのだ。
テオはあれだな。自分の徳が高いから人も同じくらいの倫理感を持ってると思い込みすぎるところがあるな……。助かる。ちょっと良心が痛むのと同時に、そのまま誤解していて欲しさもだいぶある。
そうこうする内に異世界小麦の色合いで、ミントブルーの生地の内部にオレンジ掛かったあんをたっぷり秘めているウロボロス焼きがどんどんできあがってきた。
聞いてもないのに悩ましそうにうんうん語るメガネによると、生地に使う材料やあんこの豆はほぼ本決まりになっているそうだが問題は砂糖をどうするかと言う点らしい。
「やっぱ白砂糖なのよ。味はね。俺が慣れてるからかも知れないけど。でもダンジョン産で手に入りにくいからさー。花の砂糖もいいけど、花の砂糖! って味になっちゃうんだよね。香りとかで。それにやっぱ高いし。そこを考えるとまだお手頃な黒糖かなって思うけど、ちょっと癖があるよね。黒糖。好みが別れちゃうとさー、売り上げにさー」
「我ね、我ね、ハチミツもよいと思う!」
「ぼくもすき」
「ぼくも」
ご婦人が紳士に「どっちの服が似合うと思う?」とたずねるのに似た正解の見えないメガネの苦悩に全然構わず意見を出すのは試作ウロボロスをもりもり食べる小さきものだ。
それを聞き、神官長のイケおじとほかの神官などの大人らが「養蜂……始めるか……」とうっすら覚悟を決めている。判断が早い。




