687 世界平和
しばらくねりねりに作業を続け、異世界の豆の関係でオレンジ掛かったトロピカルな様相のあんこを練り上げた二人。
たもっちゃんとマーガは、熱いあんこの入った鍋を神殿の厨房で最も安全と思われる場所へ避難させると素材を人質とした子供らを呼び、今度は甘いあんを包むためのこだわり生地の製作に入った。
僕もお手伝い、僕もお金稼ぐ、と妙な使命感に燃える子供らに砂糖や小麦粉を量ったり、割った卵をまぜる工程を手伝ってもらう。
そのかたわらでメガネがどこからともなくアイテムボックスから取り出したのは、鉄板に、祝! 叙勲! と刻印された直火用のホットサンドメーカーである。
同じサイズ同じ深さの鉄板を上下からぱたんと閉じて密封するタイプのホットサンドメーカーに、もたっとした生地をのばしてあんこを載せてさらにもたっと生地ではさんでこんがり焼いたものがこれじゃ! と、ぽいぽい焼いてぽいぽいできあがったそれが、試食だ試食だと子供たちに配られた。
ホットサンドメーカーが食パンに合わせたデザインなので四角く焼き上がったその生地は、少しふわっとしていながらに表面はさくっと焼き上がり、かぶり付けば中のほうから甘いあんこが顔を出す。
この感じ、私はよく知っている気がする。
「これは……大判……」
「リコ、異世界にいらぬ争いを持ち込む事はないって俺は思うの」
反射的にその名を口走ろうとした私の声をさえぎって、たもっちゃんはものすごく凛々しい顔をしていた。そしてさらに、こう続けた。
「そこで俺、一計をあれしました。魚の形した焼き型作ってたい焼きにしたらどやろかって」
「それはそれで頭から行く派と尻尾からじゃないとかわいそう派と半分に割ってあんこをよく味わう派で争いが始まるじゃん」
「えぇ……じゃー……どうする? 己の尾を噛むウロボロス型とかにする?」
丸いし。ウロボロスなら完全な丸ですし。始まりも終わりもない完全なものですし。
そんな話をする我々のそばでは、なにこれなにこれとホットサンドメーカーで作った四角い……大判でもたい焼きでもないもの……に、勢いよく噛り付く子供たち。そしてそこにいつしかまざる、厨房の神官だけでなく神官長のバスティアン様もいた。
気合を入れた儀式となると、疲れてしまうものらしい。そのためバスティアン様は昼食を軽く取ってから、自室で休んでいたはずだった。
ちょうど復活してきたタイミングなのか、それとも甘い匂いに誘われたのか。
食堂に現れたイケおじは、四角いたい焼きをほかほか割って手づかみながらにどこか品よく口へと運ぶ。
「これは、中々」
そしてその、小さな声で呟いてほほ笑みに目を細めると言う、どことなくよろこばしい様子になんかこれは売れる気がすると変な確信と自信を我々に持たせた。
これがなんだかんだでおやつの時間をとっくにすぎた、夕食直前のことである。
あんこを煮るのに思ったより時間を取られてしまった。
そのため、ごはんの前に甘いもの食べちゃったね……と、子供らや規律正しき神官を含めてちょっぴり悪い子の空気を共有。
たもっちゃんの備蓄からお野菜のスープやパンにいい感じのお魚をじゅわっと焼いたもので軽く夕食として、ついでに神殿でもう一泊させてもらうことにした。
夜になってもメガネがごそごそしてんなと思いながらに明けて、翌朝。
たもっちゃんはイケおじ神殿のそう広くはない裏庭で、ざらざらと砂岩のようにざらついた大きめのブロック状の物体をいくつも並べた前にいた。
まるで砂漠の砂でも固めたみたいなそのベージュ色のかたまりは、まさに昨夜こっそりとドアで出掛けた砂漠の砂でせっせと作った鋳物の型であるらしい。
「前にさ、砂漠でたこ焼きの型作ったじゃない? 鋳造としてはあの方式よ」
魔法、便利。
黒ぶちメガネの奥に隠れたもはやほぼ開けられてない目をしょぼしょぼさせて、たもっちゃんはそんなふうに語った。
思い付いたいい感じのアイデアはすぐに吐き出さないと気が済まないオタクは、このために夜を徹してはあはあと砂漠をさまよっていたようだ。
砂漠の都市のシュピレンで以前関わった異世界たこ焼きの鉄板は、魔法でぐいぐい砂を固めて鋳造のための鋳型を造形し、技術ではなくほぼ力技で量産されたものだった。なんとなく、そんな記憶があるような気がする。
今回もその方式を踏襲したそうで、ならば砂漠に行かねばならぬとシュピレン近郊にドアを設置するためだけに作った小屋サイズのピラミッドへと移動。大体の魔法で砂を固めてごりごり作った鋳型を持ち込み、シュピレンの鍛冶屋でとろけた鉄を型に充填してもらったと言う。
「シュピレン眠らない街でよかったですぅ」
鍛冶屋も火を落とさずに夜をすごすため、急にやってきた溶けた鉄を求める客にも割とすぐ対応してくれたそうだ。
たもっちゃんはなぜか反射的に鋳型を作るために砂漠へと行ったが、多分ほかの場所でも作れたと思う。普通に。
しかしシュピレンが鍛冶屋すら眠らない街であることを思えば、結果として正解だったのかも知れない。深夜料金とかしれっと上乗せされてそうではあるが。
「それで今はなにを待ってんの?」
「鉄が自然と冷えるのを待ってますね……強引に冷やすと何かよくないみたいな話をうっすら聞いた様な……あれ……違ったっけ……逆だっけ……速く冷やしたほうが硬いんだっけ……」
「たもっちゃん、とりあえず寝な?」
中年に徹夜はムリなのよ。
年を同じくする幼馴染として私はなけなしの優しさからそう勧めたが、一旦はおとなしく寝に行ったメガネも気になることがあるとあんまり眠れないあれなのか一時間ほどで起きてきた。
それでなんかもう待てんとか言い出し、結局は魔法で砂の鋳型ごと製品の冷却を試みた。
オタク、アニメやマンガの続編は執念深く何年でも待つが一方でこう言う変に気の短いところある。
そうして安全な温度まで冷却ののち壊した砂型から出てきたのがたい焼きの――……いや違うわ。なんか丸い……己の尾を噛むヘビのような……。
「たもっちゃん……マジで焼き型ウロボロスにしちゃったの?」
「完全な丸は世界平和だから……寝ぼけててよく覚えてないけど」
崩した砂型から出てきた鋳造品の鉄板の群れは、魚ではなく完全にウロボロスの感じの円形のなにかだ。
たもっちゃん製作のホットサンドメーカーと同じく上下に鉄板を組み合わせパタンと閉じて焼く方式のそれは、できあがりの形状がシンプルな円盤型で名称に諸説ある例のあんこ菓子を焼くやつに似ている。
しかしその焼き型の底には、丸く、己の尾を噛むヘビの意匠が施されてあった。
これこそ始まりも終わりもないパーフェクトワールド。
たもっちゃんはなにやら、まだ午前中なのに深夜のようなテンションで語った。まだだいぶ寝ぼけているようだ。
ウロボロスの焼き型は小さめの円形である本体と、細長いハンドルが一体化した状態で鋳造されている。たもっちゃんは最初、このハンドルに木の持ち手を付けようした。が、すぐに思い直してやめた。
長く伸びたハンドルが焼き型と一体化してるので、変に持ち手を付けてしまうと二枚合わせて使用する焼き型がぴったり閉じないことに気が付いたらしい。
代わりに手持ちの素材をちくちくと加工し、焼き型を閉じた状態で上下二本のハンドルをまとめて固定できる筒状のカバーを縫い出した。
細長い鉄の棒であるハンドルをまとめ、先端にこれをかぶせれば二枚の焼き型がぴったり閉じて固定できるし熱に強い素材を選んでいるのでそのまま火にも掛けられる。しかも、カバーの上からならば素手で持っても熱くない。天才。あまりにも天才の仕事。
たもっちゃんはあとから思い出して羞恥にのたうち回りそうなテンションでそんな自画自賛をまき散らし、ウロボロス焼きのためのハンドルカバーをせっせと大量に縫った。
そう、大量に。なぜならばウロボロス焼きの焼き型が、なんかいっぱいあるからだ。
いや、私もね。なんか鋳造用の砂型がなんか何個もあるなとは思っていました。
ぱかりと合わせて二つでワンセットなので最終的な完成品は思ったよりも少ないが、それでも二十セットあまりある。
「商売にするなら数があったほうがいいと思った。俺は詳しいんだ」
日本で飲食業を営んでいたメガネはキリッとこう言って、焼き型のためのハンドルカバーを縫うのと同時に焼き型を火に掛け焼き入れもこなした。鉄製の調理器具はなにやらそうするものらしい。忙しそうだったので私も手伝おうかと思ったらやめろ壊すなと拒絶され、一方でマーガと厨房の神官だけが焼き型に触れる許可を得ていた。私は傷付いた。




