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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
たたみ掛けるトラブルと全てを解決するカロリー賛歌編
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686 身代わり人形

 あれは、忘れもしないだいぶ前。

 ちょっとこう……いつだったのかすぐには思い出せないけども。

 砂漠の民たるハイスヴュステの水源の村で、今は亡き前族長の娘であると同時に現族長代理の姪であるクラーラがいよいよ結婚となり、しかし結婚式当日は参加できない我々のため前倒しで宴会を開いてくれたことがある。

 その流れでと言うか、呪術の得意におばばによると村人の無事を願って節目節目で製作すると言う、村の貴重な食物繊維の大きなフキの食べられない皮の部分を利用した身代わり人形を作るお手伝いをしていたのだ。

 どうやらじゅげむもその時にお手伝いに参加して、ごわごわに乾かしたフキの繊維をもしゃもしゃに絡ませ手足を付けて人の形に似せて作った身代わり人形を手掛けていたようだ。ちなみに、私が作った人形は手も足も付けられず、ただただいびつな球体だった。

 それで、あれの本来の用途としては最終的に災いを持って行ってくれと願って燃やすものだった気がするが、じゅげむは自分で作ったお人形を大事に、燃やさず持っていたらしい。

 そして今、じゅげむの宝物がいっぱい入った背負いカバンの奥底で忘れ去られていた人形は、ものすごい感じで食物繊維をねじくれさせていた。

 元々ごわごわの繊維を絡ませ合ったワイルドな人形ではあるのだが、その様はさながら今日の朝、起きると同時に我々の精神になかなかの負荷を掛けてきた謎の根っこ人形の呪いを受けた成れの果てにとても似て見えた。

 カバンの底からかさかさと出てきたその物体を前にして、我々はしばし動きを止めた。

 そして床に転がるそれを見詰め、かすっかすの声をしぼり出す。

「……たもっちゃ……」

「リコ、言葉にしないほうがいいって事も世の中にはちょびっとだけなくもないと思うのよ俺は……」

 なんとなくではあるものの、このハイスヴュステの身代わり人形のねじくれた様子。

 すでに身代わりとしての役割を立派に果たしたあととちゃうんやろかと、うっすらとした予感がすごい。

 いや、決して。

 決して、もしかしたらじゅげむにもすでに呪いは降り掛かっていて、しかし運よく身代わり人形が装備されていたことでギリギリなんとかなっていただけではないか。みたいな、限りなく事実に近そうな予感とは全然関係ないのだが、なんの気なしの出来心でめずらしくじゅげむのカバンを整頓しようと思い立った我々はそのままそっともう見る影もなくねじくれた食物繊維の人形をカバンの底へと埋めるように戻し、じゅげむを含めて神殿の裏庭で遊んでいる子供らにみんなで食べなさいと山盛りのおやつを渡したし、やたらと頭をなで回してしまった。

 私は今、全然関係ないと言ったな。あれは嘘だ。

 めちゃくちゃ悪い意味でドキドキとしている。


 子供に対する保護責任者のようなものとしての我々の、全然保護できてなかった部分をどうにかうまいこと弁解したい気持ちはあるが、どう考えてもムリだった。あまりにも有罪。

 じゅげむが無事でいてくれたのは、ただただ運がよかっただけにすぎない。

 我々はそうと気付きもせぬ内に、小さきものを危険にさらしてしまっていたのだ。頻尿と尿路結石とかの。ひどい。

 なにそれこわい。呪い返しこわい。

 そもそも人を呪わなければ呪いを返されることもないのだが、なんの罪もない一番弱いところに影響出るのが非道すぎると思うの。ただむしろ、そう言った理不尽こそが呪いの本領と言うような気もする。

 たもっちゃん私も、そのことに泣いた。

 ギリギリ回避はしたものの完全にやべえとこだったのをあとから、純然な事実としてねじくれた身代わり人形の形で突き付けられて、ひんひんと泣いた。

 そうして恐怖に泣いた我々はバスティアン様にお願いし、神殿では常にストックしてあると聞く呪いの謎根っこをいくつか譲っていただいた。じゅげむの服と言う服の、ポケットと言うポケットにねじ込むためだ。

 テオやレイニーは最初はなにを始めたのかと困惑気味の様子ではあったが、我々の懺悔に近い泣き言で大体の事情をじわじわ知るとめちゃくちゃ真顔で手伝ってくれた。わかる。悪い意味でドキドキとしている。

 ――さて、そんな反省の二文字しかない我々が、ありがたい祝福の儀式を終えてなおいまだ神殿に滞在しているのには理由があった。

 午前の内に儀式を終えて、やいやい言ってお昼を食べて、じゅげむ危機一髪の発覚を乗り越えてもまだ午後のおやつの時間にも早い。

 その中途半端な、しかし調理を含めておやつの準備をしようとするならちょうどいいかも知れない時刻。

 たもっちゃんはやたらとキリッとした顔で、神殿の厨房に陣取っていた。

 私は確信する。

 だいぶ恐い思いをしすぎてて、ちょっと現実を忘れたい時の顔をしていると。

 そして不都合な現実をかなぐり捨てて今、なにをしているかと言えばブルーメではどこの街でも市場などで手に入る、よくある豆を砂糖で甘くねりねりに煮ている。

「いいかい、マーガ。餡子はね、餡子作りはね、戦いだよ」

「はい!」

 かっぽう着のような袖の付いたエプロンに、頭や顔を隠して目だけを出した白い布。

 かまどに載せた大きな鍋を前にして、完全防備の出で立ちの二人はうちのメガネと神殿の子供であるマーガだ。

 マーガはどことなく幼さを残していながらに、背丈はもはや大人とそう変わらない。

 まだメガネのほうが背が高いのでよく注意すれば見分けは付くが、でも、なぜだろう。

 完全防備で鍋に向き合う二人を背後からうかがっていると、一瞬どちらがどっちか解らないような錯覚を起こした。

 その奇妙な親和性をかもし出す二人の、一方は船をこぐオールみたいに長い木ベラでふんふんと一心不乱に鍋をかきまぜ、もう一方はちょっと背中を丸めるように鍋やメガネの様子を覗き込み熱心にその作業を見詰める。

 鍋の中ではやわらかく潰れた豆が煮詰まって、時折、ふつふつと気泡をふくらませ粘度の高い甘いあんこをぴちぴち散らして爆ぜていた。

 これが熱い。あほほど熱い。もはや凶器の勢いらしい。

 長い木ベラを両手で持って熱い鍋に立ち向かい、たもっちゃんが必死で叫ぶ。

「逃げちゃいけない! 逃げちゃいけない! かき混ぜる手を止めちゃいけないんだ!」

「はい! 先生!」

 隣で熱心に答えるのはマーガだ。

 私は、その心身共に熱い感じのやりとりを厨房の入り口辺りから眺め、なんだかじっくりとした感慨をいだく。

「先生になっちゃったかあ……」

 たもっちゃんそうやってすぐ弟子作る……。

 熱いあんこが凶器に近く厨房には立ち入りを禁じられているものの、厨房と食堂をつなぐ戸口には「ぼくだっておてつだいできる……」と悲壮な覚悟をにじませたじゅげむが小麦粉の入った大きなボウルを両手でかかえてスタンバイしており、ほかにも神殿に身をよせる子供らが「ぼくだっておかねかせげる……」と、ごねにごねて仕方なく預けられた卵や砂糖などの素材をまるで人質のように抱きしめて今か今かとメガネらが練り上げるあんこの完成を待ち構えていた。

 それで、なぜ急にメガネがマーガを助手としてあんこを練っているかと言えば、まさにお金を稼ぐためである。

 きっかけとしては、お昼ごはんを食べながらほんとお世話になりましたと再度お礼を言ってそろそろ失礼する雰囲気を出した我々が帰り支度を進めるついでにじゅげむのカバンをひっくり返して震え上がっているところへ、一応冒険者としてやっている大人にマーガがアドバイスを求めてやってきたことに始まる。

 じゅげむの服と言う服に謎根っこ人形を詰め込みながらに話を聞くと、彼女はすでに神殿を離れる年齢になっているのに仕事ができなくて困っているとのことだった。

 神官たちは親身だが、彼らもこの街に赴任して日が浅い。人脈が薄く、神殿から出した孤児たちを任せられるツテがないのだ。

 マーガにもこれまで日雇いの仕事で世話になった店主などはいるが、今はちょっと事情があってそこを頼ると迷惑が掛かる。そもそも神殿に隠してもらっている状態だ。外に出るのはリスクが高い。

 かと言っていつまでもこのままとは行かないし、冒険者にでもなって街を出ようかと思っている。どうだろう。

 相談の内容としては、そう言った話だ。

 ではそもそも、マーガはどうして外に出られず神殿にかくまわれているのか。

 それは街のチンピラに容姿をからかわれ、ついぶん投げてしまったからだ。その話はメガネがマーガの怒りに触れたくだりでチラっと聞いたが、ぶん投げて逆恨みされただけでなく付け狙われてもいるらしい。

 そこで、メガネは考えた。

 こう、あれよ。なんかで見た外国の修道院とかでやってた、小さい壁の穴から顔を見せずに手と商品だけ出して受け渡す方式でお菓子でも売ったらええやんけ。と。

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