685 心の中の乙女を隠し
イケおじのイケおじによるごはん三杯はいけるフェロモン的な作用によって、なんか全然話が入ってこなかった我々。
我々と言うか主に私のような気もするが、色々と幅広く教養を鍛えすぎているメガネもあとになってこっそりと「何か俺、ドキドキするぅ……」と心の中の乙女を隠し切れなくなっていたのでイケおじのフェロモンは人類に効く。
で、異世界の呪い人形らしきもの。
メンシュの根がどうしたかと言うと、昨日、我々に持たせて眠らせたことでイケおじは我々にうっすらまとわり付いているよくないなにかをしっかり確認したかったようだ。
その結果、これです。
イケおじが神官長を務める神殿の、執務室で向かい合う我々の間でテーブルに乗せられたメンシュの根っこはねじくれていた。
昨日、眠る前はこうではなかった。
割と素直に育ったニンジンのように手足を伸ばした状態で、それが朝、いつの間にかに懐からこぼれ出て床に落ちたそれらの根っこはまるでもだえ苦しむかのように胴体をよじり、手足を縮め、それでいて助けを求めるように細い根っこを天へと伸ばす。
なんかの地獄絵図とかで見たような、助けを求めてのたうち回る苦しみの造形。
恐かった。
しかも、そうして苦悶にねじれたいくつもの根っこがころりころりと床に転がり、宿泊室のなぜか一ヶ所に集まっていたのだ。どうして。
我々の寝ている間に一体なにがあったと言うのか。
そうして一晩ですっかりねじくれた謎の根っこを回収し、執務室のテーブルに並べてイケおじが難しい顔で見下ろしていた。
「呪い――なのでしょう。恐らくは。身代わりとなったメンシュの根がこうなっている以上、穏やかでない力があなた方に向けられているのは確かです」
憂い深く、そして気遣わしげにバスティアン様はそう語る。
なお、王都でも神殿にチラっと行って若い神官と話もしたがその時になにも言ってくれなかったのはどうしてなのかと思ったら、こう言った超自然的な方面のことは神官ならば誰にでも解るってものでもないらしい。
だとしたら、大体の感じでイケおじのところへやってきた我々、めずらしく適切な判断だった。
「ありがとね……根っこ……」
「我々の代わりに……ありがとね……」
詳しいことはよく解らんが我々の身代わりでよくない呪い的なものを受け、苦悶の感じでねじくれてしまった根っこ人形にもなんとなく感謝。
ねー、呪いってねー。なんでだろうねー、こわいねー。
などと言いながら、まだぐんにゃりとした白い毛玉のフェネさんを腕にかかえているテオや、もう起きてると言い張りながらまだ全然寝てるじゅげむを抱っこしたメガネ。それから、起き抜けながらに重ための食事を要求してくる金ちゃんに頭をぼよんぼよんと連打されている私。それから完全にひとごとのレイニーが、原因も解って一安心。みたいな空気をなんとなくかもし始めたその前で。
バスティアン様は神妙に、恐れるようにこう言った。
「呪いを受けているのではなく、放った呪いを返されている可能性もありますが……」
まあ、それは人を呪ったことがないのなら心配する必要のないことです。
えっ、ないよね?
――と、一応の確認であるように、または急に不安になったみたいに顔を上げ、視線を向けてくるイケおじに、我々は「それかあ」と思わず天井を仰いだ。
人を呪わば穴二つ。
昔の人も、なんかうまいこと言ったものである。
そんな言葉が生まれるほどに人類は他者を呪ってきたのかと、ほの暗くひやっとする思いもちょっとだけある。
なにやらイケてる神官長であるバスティアン様の解説によると、どうやら我々の最近の不運は呪い、または先にこちらが放った呪いが返されたことでふんわりと降り掛かっていた可能性があるらしい。
この指摘を受け、我々にはじんわりと思い起こされるできごとがあった。
「そう言われるとあの根っこの変わり果てた姿もどことなく強めの残尿感がずっと続いてトイレから離れられない上にくり返す尿路結石でのたうち回る姿に見えなくもない」
「リコ、やっぱ俺その呪いの内容酷いと思う。改めて。改めてね。酷い」
なるほどね。ほーん。それかあ。
と、呪い返しと言われると完全に身に覚えのあった我々は、まあまあまあ、それはね。まあまあ、色々とね。ありますよね。こちらも。
みたいな感じで急にそわそわ話をそらし、とりあえず朝食にしようと厨房と隣り合う神殿の食堂へと場所を移した。
そしてすでに朝食のパンやスープを用意していた料理担当の神官を手伝い、みんな育ち盛りなんだからもっと食べていいのよとじゅげむのほかにはまだ子供のいない食堂でひとり言をこぼしながらに自前の料理を備蓄の中からそっと出し食卓に紛れ込ませるメガネと共に、呪いのあれこれの身に覚えと納得についてぼそぼそと話し合っていた。
かつて、我々は人を呪ったことがある。
砂漠の民たるハイスヴュステのおばばに頼み、諸般の事情で絶対許さないけども致命的にひどいことになる前に某皇国出身で当時追い詰められた状況にいたエレルムレミを連れ出し逃げることができたので、逆に罪に問うのが難しいその地の地主とその取り巻きたちを、だ。
なおこれは取るに足らない誰も気にしない些細で些末で余分な話ではあるのだが、むかつきのまま呪いをおばばに依頼したのは私だった都合の悪すぎる記憶がものすごくある。
でもね。ほら。こう言うのはね、ほら。一蓮托生みたいなところがあるじゃないですか? ミンナズット一緒ダヨー。
また、これも細かい話になるがどうやら返されてしまった呪いがそのまま膀胱と尿管に直撃せずに、ふわっとした運の悪さとなって現れたのはイケおじの言うところの我々の光に包まれたかのような加護によりかなりレジストされているのではないかとのことだ。
今ほどあのざっくりとした天界に、心からの感謝をいだいたことはない。理屈としてはよう解らんけどなんか結果サンキューやで。
そんな話をしたりしなかったりする内に、ばたばたキャーキャーと子供たちも起きてきてみんなで食卓を整えた。
中でも、神殿に身をよせる子供としては年長者であるマーガが特によく気を回し、てきぱきと働く。有能。助かる。
もうすっかりメガネと和解してくれている彼女だが、そこにはスイーツによる買収があった。本当はまだはらわたが煮えくり返っているのに、ムリしてなんでもない顔をさせているのではないか。
ふとそんな心配が浮かび、このメガネのことならちょっとしたフライパンなどで多少強めにムカつきをぶつけてもいいのよと朝食の席で伝えてみたところ、マーガはメガネが紛れ込ませたメガネによるベーコンエッグをフォークで刺して思い切りよく口へと運んでもぐもぐとじっくり咀嚼しながら考え込んだ。
そして、自分は自分であるだけなのに女が女らしくないと言う理由であざ笑っていいと勘違いしている人間を許すつもりがないだけで、そうでないなら別にいい。昨日は反射的に腹を立ててしまったが、よく考えたら間違えられたことそのものはそんなにムカついていないと思う。と、しっかりと語った。
「自分の気持ちをちゃんと言葉にできててえらい……」
最近の若い子えらい……。
あとなんか、思ったより根の深い感じのやつが出てきて私はちょっと動揺している。
そんな学びある朝食を終え我々は、雰囲気、実力共にイケ散らかした神官長による呪いのようなものをなんとかする効果がなくもない祝福の儀式を受けさせていただく運びとなった。
どうであっても儀式をするのに変わりないなら一晩掛けて呪いの存在を確認しなくてもよさそうなものだが、一口に祝福と言っても手順や作法で色々と種類があるらしい。
だって――と、いつもよりひらひらとした儀式用の神官服に身を包み、イケおじは言う。
「どうせなら、訪れた時よりも元気に帰ってもらいたいでしょう? 原因があれば突き止めて、適切な儀式を行うのは大切な事です」
異世界のイケおじ、なんかイケてるだけでなくサービス精神のかたまりだった。
こうして地方のさびれた神殿ながら、元は王都で結構えらい神官だったと伝え聞くバスティアン様から念入りな祝福を受けた我々。
心なしか肩こりや目のかすみが軽減されて宝くじが当たりモテモテになりそうな晴れやかな気持ちで、そう言えば実害が出てる金ちゃんやテオには悪いけど本当にじゅげむになにもなくってよかったねー! とか言ってたら、その後、なんとなくたまには整頓しよっかとじゅげむの大事な背負いカバンをひっくり返してみたところ底のほうから忘れ去られたプリントさながらぐしゃっとひしゃげた物体が出てきた。恐怖。一体これはなんなのかと思えば、以前砂漠の村でおばばと作った身代わり呪術人形を大事に残していたらしい。




