684 おじさんにはもう解らない
人をね、よく知りもしない人のことをね、勝手に決め付けて苦しめるのはよくないですよ。
たもっちゃんのは決め付けると言うよりは、ただただぱっと見で間違えちゃった感じではあるが。
悪気だけはなかった。本当に悪気だけはなかった。若い子のファッションがおじさんにはもう解らない。
たもっちゃんは必死でそう言い訳し、繊細な心を傷付けてしまったマーガに対して土下座して、許してもらえるまで一歩も動かじと言う強硬な姿勢で「もういい」とギリギリの許容を勝ち取った。
しかしそこにはなんとなく、謝罪を押し付けて困らせてむりやり許すと言わせた雰囲気もあったように私は思う。
よくない。よくないですよなんとなく。
それは貴様、許しを強要しちゃったら貴様。またちょっと話がおかしくなるんとちゃうんかい。
「被害者側が加害者からの謝罪を受け入れ許すかどうかは被害者の自由意志に基づくべきであり、そこにはいかなる圧力も存在してはならんやろがい。おうメガネ。反省してんのか」
「そうよね。許すも許さないも本人の自由よね……それはそう……。俺が悪かったし言ってる事も解るんだけど、もうリコの姿勢がチンピラなのよ……」
反省と誠意を示すためだろうか。
ふかふかこんがりと焼き上げた夢のように厚いホットケーキをバターとハチミツ、それから輝かんばかりの色とりどりのフルーツで飾るメガネが手を止めて、めちゃくちゃ引いたような顔で言う。
一体誰がチンピラか。
まあしかし、言うて私もたまたま失言せずに済んだだけの者。たもっちゃんと同類の、若い子のことはもはやなにも解らぬ中年。
正直なところ、うっかり女の子に小僧と呼び掛け傷付けてしまったことに関しては、自分だっていつやらかすか解らぬと身につまされるような同情もある。注意深く生きて行きたい。
ただそれはそれとして、許しの強要はまた別のハラスメントやと思うんや。と、私はメガネにじっくりと絡み、「でも謝罪はしないよりしたほうがいいし、俺だって許されたかったんだもん!」と正直なところを言いすぎたメガネとしっちゃかめっちゃかにもめた。
エキサイトするのにつれてどんどん論点がずれて行き、最終的にはお互いのわざわざ言うほどではないけれど日頃からちょっとだけ気になっていた生活習慣へのいちゃもんでしかなくなってしまう。どこまでも無益。
当事者であるはずのマーガはしかし勝手にもめる大人のことなどもう全然どうでもよくなった様子で、賠償としてメガネが差し出したトッピング全部盛りで輝かんばかりのゴージャスなホットケーキに目を輝かせ、全身でよろこび、ついでに似たようなおやつを一緒にもらったほかの子供らときゃーきゃー騒ぐので忙しそうだ。
強い。やはりカロリーはすべてを解決する。買収とも言う。それか示談。
と、こんな感じで我々はなんだかわっちゃわちゃになってしまった。よくある。
最後のほうには本題についてだいぶ忘れそうになってしまっていたのが、そこはほら。我々には今、できるイケおじ神官長が付いている。
そのイケおじたるバスティアン様は夕食後、使った食器を魔法で洗い片付けるのをみんなで手伝い子供らが率先してふきんで清めた食卓に、小さめの謎の根っこをずらずらと並べてこう言った。
「今夜は、これを懐に入れて眠ってもらいたい」
「この……呪いの釘人形のようななにかを……?」
ついフィーリングだけで呟いた私に、「リコ、それを言うなら呪いのワラ人形でしょ」とメガネから細かい訂正が入るが、ワラじゃないから……根っこだから……。
でも人の指ほどに小さめでカラカラにしなびた高麗ニンジンみたいなおもむきの謎根っこでありながら、なんか夜中に大きな木の下でこれでもかと五寸釘でとんかん打たれてそうなビジュアルだから……。
ひょろひょろ伸びて枝分かれした根っこの感じが人の手足に見えなくもないその物体を前にして、ええ……と引いてる我々にその謎ニンジンを一つずつ配って必ず持って寝るようにと念押しをするイケおじは、物思わしげな、それか難しそうな浮かない表情をにじませていた。
その意味が解るのは翌日。
決して新しくも豪華でもない神殿の、けれども清掃の行き届き居心地よく整えられた宿泊室で一晩すごして朝早く。
我々は、朝食の準備を手伝ってマーガを始めとした子供らにいいところを見せようと張り切り誰よりも早く起き出したメガネの「ひぃいえぃあ!」と、なかなか特殊な悲鳴で飛び起きた。
びっくりしすぎて一回ベッドで飛び上がったものの、その悲鳴の発生源がメガネだと解るとなんとなく「なんだよ」みたいな気持ちになって、私は再び自分の体温がいい感じになじんだ寝具の中へとのろのろ戻る。
「たもっちゃん、自分だけ早起きするのがおもしろくないからって奇行で人を起こすのはよくない……」
「違うから……ほんとにびっくりして声出ちゃっただけだから……そんな捻じれた嫌がらせ考えてないから……」
やめてよお。俺の人間性の問題にすんのやめてよお。
たもっちゃんはめそめそ無実を訴えて、違うのこれなのと我々が宿泊に使わせてもらった一室の古びた床を指さした。
そしてそこに点々といくつも落ちている物体が、なにか。それを理解した瞬間に。
出ましたね。悲鳴。ひえいあ、と。
すっかり腰の砕けた我々が、あわわわと。
神殿の奥、恐らく部外者が入ってはいけない区画に位置する神官長の部屋の扉をばたばた叩き、助けを求めて少しのち。
手早く身支度を整えたためか通常よりも整いかたが気持ち甘めのイケおじが、むしろ少し乱れているためにそこに実在する生命としてのイケてるなにかをかもし出し、それでいてあくまでも真剣に。
執務室の応接セットのテーブルに、我々の宿泊室から回収してきた「それ」を並べて深刻に言った。
「恐らく、呪われているのだと思う」
「やだぁ……」
なにそれ……やだあ……。
イケおじたる神官長と相対する格好で、応接セットのテーブルをはさんでソファにぎゅっと腰掛けた我々は静かに心を沈ませた。
それはちょっと想定してなかったですね……。我々は恐らく、イケおじの実在に感謝を捧げている場合ではなかったのだ。呪いて。
「やだぁ、俺、やだぁ……」
「私も。私もやだあ……」
「昨日から、薄く気配だけは感じていたのです。だが、確証もなかった。御人徳でしょうか……恩寵スキルを得る程の。あなた方の身の回りは明るい。光にでも包まれている様です」
「えっ……あざす?」
真剣に、そして深刻に、一つ一つ積み重ねるような神官長の言葉を受けてとりあえずおどおどとお礼などを言ってしまった。
あれよ。人生で明るいとか評された経験がなさすぎて。
よく考えたら別に性格が明るいとかでほめられた感じでもないのだが、我々はだいぶ混乱している。
普段よりラフに、神官服を簡単に身に着けただけのバスティアン様は思い悩むようにして眉をひそめた表情で、まだ櫛も通しておらず、しかしこれはこれでなんとなく様になっている寝ぐせまでもがイケ散らかした髪の毛の、額に落ちる前髪をさっと片手でかき上げてイケてる紳士のポテンシャルを見せ付けた。
なんだか呪われているらしい我々。
恐らくそんな場合ではないのだが、イケおじの存在を世界に感謝してしまう。
圧倒的これだけでごはん三杯いける感。
明るく光に包まれているのはバスティアン様のほうではないのだろうかと私が疑念をいだく中、イケおじ本人はそんなことには構わずにあくまでも真剣に話を続けた。
「常ならばその光にて御身が守られているのでしょうが、今回は、却って呪いの気配を不明にさせていたのやも。この――メンシュの根は、神殿も儀式に使用しますが、呪術師もまたよく用いる。多くは魔力や体の一部で本人に似せ、身代わりとして仕立てるのです」
メンシュの根とは昨日イケおじから配られて、言われるままに一晩スヤアと懐に抱いてすごした謎の根っこを指すようだ。
それは厄災を逃れるための代理であり、またはその逆に身代わりを痛め付け呪いたい相手に災いを移す儀式にも使うのだと言う。
その説明に、思わずぽつりと呟いたのは私だったか、それともメガネか。
「思ったより全然呪いの人形で合ってた……」
なんかそれっぽいだけかなと思ったら、用途もだいぶ呪いのワラ人形だった。
なるほどねと大体の感じで納得し、またそれはそれとして我々を案じて寝起きで対応してくれているイケおじの真摯な姿をよこしまな気持ちで見詰めてしまっている件は私も一応反省はしている。




