683 ちょっと念入りに
ええんやで。バスティアン様はなんも悪うないんやで。
でもなんか王都の神殿で門前払いを受けた感じがなくもない我々を少しでも憐れと思うなら、ちょっと念入りに祝福を掛けてくださっても全然こちらは構わないです。
と、言うような余計な話をまじえつつ、神官長たるイケおじに色々聞いてもらっていた結果、実際に祝福の儀式を受けるのはさらに翌日と言うことになった。
儀式となるとさすがに準備が必要になるらしく、それに我々もちょっと遅めの夕方近くにきてしまった。
いや、この神殿には前にも足を運ぶ機会があったので、たもっちゃんのスキルでドアからドアで直接これないこともなかった。
しかし、ここは地方ながらにそこそこの街だ。そこそこの街には防壁がある。街を守る壁があると言うことは、門を通るのにお金が掛かり、街の中に直接くるとそれを踏み倒すことになる。よくない。
諸般の事情であわてて必死な時とかは仕方なく、そう。やむを得ず仕方なくシカトすることもあるのだが、そう言う時はあとからでもどうにかして帳尻を合わせるなどの隠ぺい工作を図ったりはしている。隠ぺいって言いかた、人聞きが悪い。
今回の遠回りについても、我々なりにそこら辺に配慮してのことだった。
それで一回フェネさんの本体を神として祀るマーモットの村へとフェネさん本体のいる洞窟にさりげなく設置した自立式ドアでおジャマして、在庫のダブついている人工岩塩をお供えしたり村へおりると「おっ、またきたのかい」とわらわら出てきたもったり丸っこいげっ歯類の姿を持った村人に囲まれ、我々よりも小柄な彼らの小動物のようなつぶらな瞳に見上げられおみやげとしてちょっとしたおやつを巻き上げられてたらなんか時間が溶けていたのだ。やだ、不思議。
マーモット、もちっとした顔でにこっと笑い「悪いね。いつもありがとね」とか言って、集団で見上げてくるので全然悪い気がしない。手の平で転がされている感覚はある。
まあ、そんな感じで時間が微妙なこともあり、イケ神官長のバスティアン様は自らが預かる神殿に泊っていいと我々に提案してくれた。イケおじは気遣いができるのだ。
けれども、宿泊を勧めてくれたのには目的もあったようだ。
「少し、気に掛かる事が」
懸念に表情を曇らせて、バスティアン様は確認のために一晩時間が欲しいのだと言った。
こよみはすでに秋である。
豊穣の大森林が我々を呼ぶ声がだいぶ聞こえてはいるものの、一晩くらいなら誤差の範囲だ。
我々がね。本気を出したらそんなもんじゃないですからね。一ヶ月だって余裕の一瞬で跡形なく溶かせる。本当になんの記憶もない時とかある。恐ろしい。
そんな諸般の事情と気遣いに甘え、我々は神殿で一晩お世話になることに決まった。
これはもうお寺みたいなものなので夜寝る前にはふとんにくるまり恐い話を順々にして行く流れだが、ただ泊まるだけは申し訳ないとメガネがそわそわ張り切ってお夕飯の準備に名乗りを上げた。
特には料理が得意ではない我々もイモ的なものが任され、あっつあつに蒸した凶悪なイモから皮を取り除きほどほどに潰すなどの作業に挑むことになる。厳しい戦いだった。
そんな、神殿の厨房でお手伝いと言う戦列に、共に挑んだのは普段から料理を担当しているらしき中年の男性神官、神官見習いの少年。――料理担当の神官はお腹周りがふっくらとしていて適材適所の印象が強い。
それから、頼れる身内がないなどで神殿に身をよせる数人の子供たちだった。
この子供らはイケおじが転任してきてから預かることになったのだそうで、まだ言葉のつたない幼児から、背丈だけなら大人とそう変わらない年かさの子もいる。
異世界は子供が子供でいられる時間が短い。
恐らくはそうしなければやって行けないのが最も大きな理由だが、この世界では子供への教育が義務とされてないからだ。
親のあるなしに関わらず貧しくなるほど学校に通う機会がなくなって、ある程度の年齢になったら働きに出るのが一般的となっているらしい。
この神殿に今いる中で一番大きな子供についてはすでにその年頃で、普通ならもう神殿を出されていてもおかしくはなかった。実際、神殿に身をよせるまで街で色々と雑用をこなし、日銭を稼いでいたようだ。
たもっちゃんがあれもこれもと思い付くまま段取り悪く頼む用事をてきぱきと処理する有能さを見せたのは、その経験を活かしてのことだったかも知れない。
たもっちゃんは、この臨時の助手が有能であることに感激した。
普段、いっぺんに言うんじゃねえよ忘れるだろと文句しか言わない私などを相手にしているからなのか。
あまりにも打てば響く年若い助手に、「小僧、いい目をしている」と自らの持てる技術を適当に授けようとすらした。
が、その段になってこの子が男の子ではなく女の子だと判明。
確かに、その子の体格はがっちりと頑丈そうに大きく、髪はぼさぼさと雑に短く切ってある。正直男の子と言われてもそうかなと思うし、女の子と言われたらそれはそうかもと思う外見だ。
しかし、だからこそ彼女の、踏んだ瞬間炸裂するタイプのえげつない地雷を踏んでしまったのだろう。まだやわらかく繊細なその心を傷付けて、たもっちゃんはあっと言う間に力いっぱい嫌われた。
酌量の余地もあるにはあるような気はするが、多分メガネがなにもかも悪い。
そうよね。なんかこう、よう解らんけどジェンダーかなんかの押し付けよね。
と、レイニーや私はなけなしの女子感を振りしぼり、大体の感じで繊細な女の子の心により添った。我々はあの無神経なメガネとは違うアピールである。
そのかいあってかメガネ以外は割とあっさり許されて、複雑に絡み合う愛憎かなんかにまみれたり別にまみれたりせずに仕上がったポテトサラダ的なものと神殿の料理担当神官が用意したメインのおかずで夕食となった。
まだ怒ってるかなチラッチラと女の子の様子をうかがいながら料理を取り分けたりどこからともなくふかふかのパンを出したりとせっせと働くメガネは全然許してもらえてなかったが、小さい子供もまじえての食事はもはやなんらかの競技。
パニック状態の大騒ぎすぎて誰もそれどころではなくなって、食卓を飛び交ういいから食べなさいの叫び。これ虫の味! やだ! と、衝動のまま投げ付けられるグリーンピース。なぜか山盛りのポテトサラダから手のひらサイズの聖人像が発掘された時の、イケおじ神官長の悲壮な顔が本日のハイライト。
私がなんとなくで味付けに挑戦したポテトサラダは主に干し肉片手に比較的おとなしく待ってくれてた金ちゃんの胃袋に消えたが、こちらは一応食べてくれるが飲み込むまでに異様に時間が掛かる一方、たもっちゃんが仕上げたポテトサラダはなにも言わずにもりもり食べると言う昭和の寡黙な頑固オヤジみたいなリアクションが全てを物語っていた気もする。ポテトサラダはマヨネーズでびたびたにすればするほどおいしくなるかと思った。
じゅげむは「だ……だいじょうぶ! おいしいよ!」と気遣いのできる男ぶりを見せ、しかし様々な観点から心配の尽きないメガネとテオがささっとお皿を取り上げてその健康を守るなどしていた。
レイニーは最初から手を付けず、フェネさんにいたっては「我、自分が納得したものだけ食べていたいの」と意識高く拒絶。飽食のイヌ科。
そうこうしながら話を聞くと、この神殿が預かる孤児としては年齢的に大きめの女子――この子の名前をマーガと言うが、本来なら神殿での養育を終える年頃の彼女は神殿に養われる孤児と言うよりほとんど小間使いのような存在のようだ。
神官たちの雑用や小さな子供の面倒を請け負って、その代わりに寝食の提供を受けていると言う格好らしい。
いや、それだけならばこれまで通り神殿に頼らず街で細々とした仕事を探して暮らすこともできた。なにしろマーガは有能なので。
が、どうも、そうは行かない事情が彼女にはあるらしい。
イケおじ神官長が困ったように少しだけ語る。
「街で容姿をからかってきた者を投げ飛ばし、負傷させてしまってね……。相手は大の男だし、責を問われるべきはあちらだと思う。けれど面子が立たないと逆恨みして、筋の良くない仲間を集めて探し回っている様で……」
「容姿を……」
その話を聞かされた瞬間、我々の注意は自然と、ある一点へと集まった。
今しがた似たような感じで少女の不興を買ったどこかのメガネを見た気がするが、大丈夫だろうか。もっと必死に謝ったほうがいいのではないか。
私も完全に無関係のひとごとながら心配になり赤の他人の幼馴染のいるほうへそっと視線を移してみると、そこには食堂のテーブルをすでに離れて四角く切り出した石のタイルを敷き詰めた床で土下座の姿勢をぴしりと取ったうちのメガネの姿があった。必死だった。




