682 バスティアン様
自称神たるフェネさんとテオが伴侶になるやならんやでどうのこうのと騒ぎになった時、ついでに発覚した不正の街の神殿のあれ。
あの件もよくよく思い返してみると、神殿だけの問題でなく街ぐるみであれやこれやしてた話だった気もする。
だとしたら先日の悪魔後妻業の一件の前に我々は、思っていたよりもう一つ多く街を潰していたのかも知れない。うっかり。
いや、でも不正の街の時はテオのお兄さんとかいましたし。主体となって捜査したのは王都の騎士さんとかですし。
人員入れ替えなどの方法で街が生まれ変わってるとしても、我々がやったんじゃないので恐らくセーフ。セーフだと思う。もうセーフでいいのではないか。
そんな感じで我々は、そう言えばクレブリも最初はエルフ救出作戦の一環かなんかで行くことになって今ではすっかり孤児院の院長先生然としているユーディットが所属していた街を管理する城主の家がなくなったりしてるけどあれも街を潰したやつにカウントされるんやろか。
などとふんわり思ってしまいそうになるのを、まあまあまあそれもこれも全部すぎたことですし……と深追いせずに過去へと埋めて我々は、王都みやげの菓子折りと寄付金として用意した高額硬貨の詰まった袋を捧げ持つように高々と掲げて地方の街の少し古びた神殿の扉をゴンゴンと叩いた。
「きちゃった!」
「……御元気そうで、何よりです」
出てきたイケおじ神官の、バスティアン様の対応力。さすがだなって。
高級菓子折りが効いたのか、それとも大人ってこうなのだろうか。
なんか急にきた我々を、イケおじ神官は割とすんなり歓迎してくれた。ちょっとだけ戸惑いも隠せてなかったが。
この不正の街よりだいぶん先に神殿の腐敗が発覚していたクレブリに、神殿を立て直すため王都から派遣されたイケおじは今ではこの元不正神殿へ転任してきていた。
クレブリのほうの神殿がなんとかなってきたのもあったのだとは思うが、有能な人間が仕事をがんばればがんばるほどに、おっ、だったらこれもいけるやろ。と、面倒な仕事が増やされて行くのだ。
仕事ができると逆に貧乏くじを引かされる仕様。特に上がやべえとよくあると、インターネットで識者が叫ぶやつである。
そんな感じで理不尽に、恐らく神殿上層部の意向に都合よく振り回されていながらに、けれども神官服に身を包むイケおじ――なんとなく都落ちっぽい状況の今も心正しき若い神官からの尊敬を集めるバスティアン様に、腐った様子は見られない。
突然の我々にいくらかの戸惑いとおどろきをにじませたものの、自ら応対に出てきた神殿の扉をさらに開いてどうぞと中に招いてくれた。
現在はこの地の神殿長である人に案内されて足を踏み入れた神殿は、ちょっとさびれた地方の施設っぽさのある建物だ。
富と権力がうずまいていると勝手に偏見を持っている王都の中央神殿とはやはり、規模も豪華さもとてもじゃないが比べ物にはならない。
でも、なぜだろう。
決して新しくも絢爛でもないのに、神殿のあちらこちらにあたたかみのようなものが宿っているような気がした。
以前、神官による不正バイトをとっちめるためゴリゴリに張り切っていたテオのお兄さんやその部下たちと一緒にチラっと訪れた時には、こんな印象ではなかったと思う。
神の、となるとどんな感じが正解なのか私には全然解らないのだが、家と言う意味でなら今のこの神殿はすごく居心地がよさそうだった。
「これが癒し系てやつ……?」
「リコがまた訳解んない事言ってるのに体感としては何となく解る……」
イケおじ神官長のあとに付いて歩きつつ、思ったことがぽろりとこぼれてすかさずメガネが同意した。余計なコメント付きである。
素直に同意してくれてもいいのだが、それはそれとして完全にイケおじのかもすフェロモンかなんかでさびれた神殿がほんわかといい感じの雰囲気になっている気がする。イケおじのフェロモンがほんわかしてるものなのかは知らない。
礼拝堂と言うのだろうか。
神殿の正面にある扉を入ると、すぐに広い空間がある。
天井は二階ほどの高さの吹き抜けで、屋根を支える梁などの見られるシンプルなつくりだ。広さはバレーボールのコートより、いくらか余裕を持たせた程度だろうか。
この真ん中を通路が通り、左右に祈りを捧げる拝礼者のための長いベンチがいくつも並ぶ。そしてその通路やベンチの前方に、少々簡素な、それでもどこか特別な、祭壇らしきものが大切に整えられていた。
それらを照らし、礼拝堂のあちらこちらに灯るのは魔石のランプや祈りのために灯されたロウソクの明かりだ。
一つ一つは小さく弱く、しかし全体を見ればやわらかに神殿を浮かび上がらせる。
その空間を少し歩いて案内されて、入ってきたのとはまた別の、神殿の奥へとつながる扉の中へと招かれた。そこは神官の生活空間だったようだ。
「今日はまた、どうして?」
イケおじ神官長たるバスティアン様は神官長のための執務室らしき場所へ我々を通し、まだ子供のように若い神官見習いの少年にお茶をと頼んでからそう言った。
バスティアン様はにこりと笑い掛けていた。
神官長への来客はここで応対することもあるのか、執務室には二台のソファを向かい合わせに設置した応接のためのスペースがあった。
そこへぎゅうぎゅうに腰掛ける我々の正面。
同じく腰掛けたソファの上でその人は、にこやかに返答を待っているのだ。
なぜだろう。イケおじの笑顔は優しくおおらかなようでいて、さっさと吐けとうながしているかにも思われた。
まるで、なにかのっぴきならない用件でもなければ我々がくるはずがないと確信でもしているかのように。
ひどい。理不尽な転勤で不慣れな土地に放り込まれて苦労してないかと心配し、ただバスティアン様の顔を見にきただけかも知れないじゃない?
違うけど。大正解ですけど。
我々、完全にのっぴきならない用事あってきてますね……。
もうバレてるし、そもそも嘘をついても仕方ない。
我々は大体の事情と、イケおじ神官長なら平民の飛び込みでも祝福の儀式的なものをしていただけると聞いてきましたと正直に、菓子折りと寄付と言う名の現金をずいっと差し出し頭を下げた。
当方、そうなる身に覚えも多々あるものの、それにしてもなんとなく運の悪さが続いております。
そのためお祓いはみんなで受けたほうがいいのだろうとメガネや私やレイニーやテオなどの人類の大人だけでなく、この場にはじゅげむや金ちゃんやフェネさんもいた。
金ちゃんにはおとなしくしてていただくために、あらかじめメガネが各種の総菜パンを差し出してあった。今はイケおじの執務室で床にどかりとあぐらをかいて、いっそ泰然とした様子さえかもしてそれらを胃袋に消して行くのに忙しい。
一方、じゅげむと白い毛玉のフェネさんはソファに座るテオのお膝を分け合って、抱っこで確保された状態だ。
そこから大人の様子をはっと見て、一緒になっておねがいしますと頭を下げるじゅげむ。多分あんまり解ってなくて、大体の感じで合わせているだけだろう。でもそんな空気は読まなくてもいいのよ。
また、自称神たるフェネさんはフェネさんで謎の鷹揚さを出して、「この子らもなんか大変なのよ」みたいな感じでイケおじに、ここは一つ、ねっ? などと、目上の者がとりなすみたいなことを言う。
まるで我々が人の言うことを全く聞かず、わがまま放題の子供かのようなこの感じ。ひどい。ちょっと否定はしにくいけども。
どうしてフェネさんはそんな、まあまあ本人も反省していることですし。みたいな立ち位置をかもし出すのか。神だからなのか。自称だが。
あとよく見たら我が家のレイニー先生も我々と共にソファに腰掛けながら、マジでそこにいるだけで別に頭は下げてなかった。
この、人外どもの自分は関係ないけども一応いてあげる感。なんかさすがだった。
こうして、なんとなくお祓い受けときましょっか。くらいの、軽い気持ちでいたはずが王都の神殿で結果として祝福拒否されて途方に暮れた我々は、じゃあいいよやってくれる人のとこに行くもん。と、イケおじ神殿長であるバスティアン様を頼って訪ねて頼み込み、どうにか祝福の儀式を受けさせてもらえることになった。
神殿の通常業務であるはずの祝福を頼もうとしただけで、別に料金踏み倒すつもりでもないのにどうしてこんなに苦労するのか。日頃の行い的なあれだとしたら、それはごめん。
大体の事情を聞いたバスティアン様にも、神殿の派閥がややこしくてごめんねみたいな申し訳なさそうな謝罪をさせてしまった。




