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68 真夏のアスファルト

 大森林は鬱蒼としている。

 どこを見ても葉っぱや草がおいしげり、視界一面むせ返るような濃厚な緑。あまりにも緑の勢いがすごくて、葉っぱの色がにじみ出て空気が葉緑素で染まっているみたいだ。

 夏の森は暗かった。ぶ厚く重なる枝葉の屋根で、森の中を歩いている限りは直射日光を浴びると言うことがほとんどないのだ。

 しかし、我々が今いる場所は別だった。

「あっつい」

「溶ける」

「これはもう人が生きられる環境ではありません。帰りましょう」

 私とメガネの元々少ないやる気がほとんどマイナスになったところへ、レイニーが大森林からの撤退をささやく。

 えー、そう? そうしちゃう? とか言って、我々はぎりぎり森の端っこに生えた太い木の幹にしがみ付く。この木陰から一歩も出たくないでござると、私の全身が訴えていた。

 軟弱を絵に描いたようなその様を、逆に新鮮みたいな感じでターニャとその仲間、しれっと付いてきた薬売りの男がちょっと笑いながらに見ていた。

 こんなんでこの先大丈夫かと心配そうにするのはテオで、トロールはどうでもよさそうにその辺で木の実を拾って集めて遊んでた。

 湿度が高く影の濃い森の中、もっさもっさと草をかき分けたどり着いたのはぽっかり開けた場所だった。

 緑の濃い広大な森に、いきなり大きな穴が空いたみたいにも見える。

 そこにあるのは黒い地面だ。

 いびつな円を描きながらに森が途切れて、草木の生えた森のふちから一歩でも出れば足元は固く黒いざらざらしたものにおおわれている。それはなんだか、真新しいアスファルトに似ていた。

 真っ黒で平らな地面には、草も木も生えていなかった。多少はでこぼこしていたが、本当に舗装した道路みたいになにもない。

 なにもないと言うことは、太陽をさえぎるものもないと言うことだ。

 黒い地面にうっかり立てば、容赦なく灼熱の直射日光が我々をこがした。あわてて森の中へ戻っても暑い。黒い所に近いとダメだ。

 真夏のアスファルトが熱を持つみたいに、黒い地面がもんもんと熱波を放っている気がする。木に抱き着いて木陰にいても、じわじわ蒸し焼きにされているかのようだった。

「ここは休息地からも近いし、外縁部の割に実入りが良いんだ」

 だから初心者だけじゃなく、中級くらいの冒険者にも人気のスポットとなっている。

 ターニャはビキニアーマーに短パンと言う軽装で灼熱の黒い地面の端に立ち、菜の花色の髪の毛を強い日差しにぴかぴかさせてそう言った。元気だ。

 彼女は森で拾った木の実を手に持ち、仲間の魔法使いを振り返る。

「ミンディ、障壁を!」

 ターニャは声を張り上げて、木の実を高くぶん投げた。完全に返事は聞いてない。

 その指示に、急いで仲間の女の子が障壁を張る。それは我々もカバーする大きさだったが、薬売りの男はちょっと離れた場所にいた。油断である。

 木の実は硬く、つるりとしていて、サイズはソフトボールくらいだろうか。さっきから、トロールが集めてるのと同じ実だ。

 木の実を投げて、ターニャは素早く障壁の中に避難した。思いっ切りあわてた顔で薬売りが駆け込んできたのも、ほとんど同時のことだった。

 その間に、高く放り投げた実は空に向かってぐんぐんと上がる。そして一度上がり切り、それから文字通り放物線を描いて落下した。

 ターニャのピッチングはなかなかだった。

 木の実はがたがたといびつに丸い、広場みたいな黒い地面の真ん中に落ちた。

 ガコッと小さく硬い音がして、次の瞬間。

 木の実の落ちた辺りから、アスファルトみたいに硬い地面がめきめきと割れた。

 そしてひび割れた隙間から真っ赤な物を見せながら、平らな地面が盛り上がる。ねばつくように、ぐんにゃりと。ひび割れながら地面が限界までふくらんで、真っ赤にとろけた溶岩がどぱっとあふれて吹き出した。

 一瞬にして、周囲の温度が明らかに上がる。

 むわりと息苦しい熱風が、障壁を越えてこちらまで届いた。

 とろけて噴出した溶岩は辺り一面に飛び散って、黒い地面にびちびちと貼り付く。そして急速に色彩を失い、周囲の色に同化した。

 溶岩の噴出はすぐに治まり平らになったが、広場の中央はまだ赤い。黒い地面の割れ目から、真っ赤なマグマがぐるぐると対流しているのが見えた。

 それを見て、やっと私は理解した。ぐるりと森に囲まれた、大森林に穴が空いたみたいなこの場所は、溶岩に焼かれてできたのだ。

 がたがたといびつに円を描く地面は、飛び散り固まった岩石だ。そんな気がするだけではなくて、ホントに黒い地面からもんもんと熱波が出ているのだろう。

「やるならやるって言っといて欲しいっすねー!」

 薬売りの男が、キレ気味に叫んだ。気持ちは解る。我々も、できれば説明しておいて欲しかった。

 ここは実は溶岩の池で、真ん中目掛けて木の実を投げると真っ赤なマグマがぶわーっときて、びちびちーって飛び散ると。できれば。先に。言っておいて欲しかった。

 いやー、ごめんごめん。とか言って、ターニャの謝罪は軽かった。

 事前に障壁は張っていたし、ケガ人はいない。ただ、ものすごくびっくりしただけだ。

 釈然とはしないが、こんなものなのかも知れない。

 なにこれこわいと震え上がる我々に、彼女は今投げたのと同じ木の実を見せながら言う。

「ブルッフの実って言うんだけどさ、硬いだろ? これを溶岩の池に投げ込むと、香辛料が採れるのさ」

「なるほど、解らん」

 たもっちゃんと私は、声をそろえた。

 そもそも、マグマを噴出させたブルッフの実はすでに影も形もないような気がする。

「とるっつっても、燃え尽きちゃってない?」

「大丈夫、ロルフが拾いに行ってるよ」

 言われてみればターニャの仲間、剣を持った男がいない。結構してからぜえはあ言って戻ってきたから、私にも解った。こいつはパシリにされてると。

 ブルッフの実は、そのままでは石みたいに硬くてどうにもならない。では溶岩に投げ込むとどうなるかと言うと、ぶわっとなる。パンパンと破裂するみたいに結構な音をさせながら、膨張してはぜるのだ。

 つるりと硬い実が強い熱で弾けると、実が薄いピンクに変化してレタスくらいの大きさにふくらむ。このピンクの部分も食べられるのだが、ぱさぱさしてておいしくはない。

 だから大事なのはこの実を割ると真ん中にある、形も大きさもクルミみたいな小さな種だ。これが貴重な香辛料になるらしい。

 ちょっとだけ困るのが、ブルッフの実が弾けるとその勢いで空高くすっ飛んでしまうことだった。そして森のどこかに落下する。まあ比較的この近辺ではあるのだが、草をかき分けて探さなくてはならない。

 ロルフは森の中を駆け回り、すっ飛んだブルッフの実を探し出して戻った。そしてその薄いピンクのかたまりを手に、ぼう然とした。

 ムリもない。そこにはすでに、同じものが山積みになっていた。

 ターニャは言った。

 ブルッフの実からとれる香辛料は、そこそこ高い値段で売れると。

 我々は、張り切った。

 森にちらほら落ちているつるりとしたブルッフの実を拾い、真っ赤なマグマ目掛けてぽいぽいと投げる。適当な棒で打ったりもした。ワーンターンメーン! とか言って。

 しかしこれが結構難しく、うまくマグマの所まで届かない。まんがで読んだ知識だけでは、プロゴルファーにはなれないようだ。

 そんな中、意外なことに強肩を見せ付けたのはトロールだった。コントロールもいい。トロールだけに。……今のは忘れて。

 やけに慣れてる感じもしたが、トロールは大森林の暴れ者と呼ばれる。もしかすると、自由な頃はこの辺にいたのかも知れない。

 我々は一巡目で彼を指名した。我が球団のエースだ。私は、隻腕のトロールに木の実を送球するだけのマシーンとなった。

 弾け飛んだ実を回収するのが手間ではあるが、我々は知っていた。これによく似たポップコーンと言うものを。

 ロルフが息を切らして戻ってきた時、溶岩の池は巨大な障壁ですっぽりフタがされていた。その障壁は気球みたいに上部が大きく、下のほうがすぼまった形だ。

 障壁の一番下側は内に丸く折り返したようになっていて、弾け飛んだ実が落ちたところを受け止めた。

 返しは滑り台のように傾斜してるから、ころんころんとピンクの実が勝手に転がり一ヶ所に集まる。全自動回収システムである。

 異世界よ、これが誰もが一回はあったらいいなと考えるけどコストを考えると割に合わないから実際にはやんないことをしれっとやってしまう日本人だ。ごめん。嘘。多分、日本人は関係ない。ただ走り回るのが嫌すぎただけだ。

「そりゃーないよ!」

 巨大な風船みたいな障壁と勝手にころころ集まってくるブルッフの実に、ロルフは打ちのめされて地面の上に両膝を突いた。

※ただし異世界に限る。(溶岩でマシュマロを焼いてはいけない)

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